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初代魔王という男 前編

「あっ、おい、黄薔薇! 逃げるのか!」


 今まさに今日の分の自己ノルマを終え、訓練場を出て行こうとしたタイミングで聞き覚えのある声に呼び止められてしまった。ティアは条件反射的にこめかみのあたりに青筋を浮き立たせながら振り返る。がばりと口を開けたが、結局何も言わずにそのまま停止した。


「…………」

「なんだ、黙ったままで。今日は俺とまだ勝負していないだろう。ほら、一試合やっていけ」


 と言うのも、予定調和に喧嘩を受けようとしたが、相手の見た目に対して若干引いたから勢いが削がれたのである。


 練習用の防具をフル装備した上で立ち合い用の剣を二本それぞれ両手に握りしめ、赤薔薇の花形近衛はやや紅潮した頬でさあ一本さあさあ一本、とまくしたててくる。これは一体どうしたことか。


 ちなみに注釈しておくが、顔が赤らんでいるからと言って、ティアに対して何かこう怪しい感情を抱いているとか照れているとか、断じてそういうことはない。はずだ。万が一にもあったら二度と関わらない。寒気がする。単純に若干体温が上がっているから、色白のリリエンタールだとこんな見た目になってしまうのだろう。ティアにふっかけてくる前から、別の騎士と何度も汗を流しながら打ち合っている姿が目の端あたりに見えていた。


 つまり運動量は足りているんだし、別に相手は俺じゃなくてもいいだろう。

 と、さっき自分が言おうと思った台詞を思い出すが、やっぱり喉のあたりにつかえていてうまく出てこない。きりりと顔を済ませている美貌の男の上から下まで視線を行ったり来たりさせているだけである。


 浅黒い色合い、ついでに体つきも顔の輪郭もごつく太いシルエットのティアと異なり、リリエンタールは男の割に細身で色白の中性的な部類だった。口げんかをしてかっと頭に血が上るとすぐに顔に出るので、損と言えば損な体質だ。下手をするとその辺の貴婦人よりも美しい顔を薔薇色に染めているのを見ては、竜族ならきちんと脱皮で雌雄に成長し分けられただろうに、どうしてこんな中途半端な事になってしまったのだろう? などと他人事のティアは失礼極まりない感想を抱いていたりもする。


 ともかく、某新人花形騎士がこのように執拗に絡んでくるようになったのは、言うまでもなく邪眼討伐以来のことだった。いや、その前から顔を見合わせれば口げんかやらその延長の殴り合いやらをかましている二人の仲だったのだが、リリエンタールの絡んでくるテンションの種類が若干変わったというか。


 強いて言うなら、必ず打倒するべき敵から良きライバルぐらいに思われているのではないかという疑惑がある。前と目の輝きが違う。あれはそう、何か勘違いをして謎の信頼を積み上げている者の目だ。――たとえばほら、ニコを彷彿とさせる感じの。


「シーグフリードさーん!」


 と目の前の赤薔薇騎士が晴れやかな笑みでこちらに手を振り、駆けてくる幻覚が頭をよぎった。

 ぞわっ、と背筋が寒くなった。


「俺は、今から行く場所があるんだが」


 昔だったら、こういった場合ティアは無言で応じるか、不機嫌に半眼になっていただけだったろう。今はすっと半歩引いて、お断りです、とでも言うように手のひらを向け、顔は真顔である。


 ちなみにティアからの方の評価自体は特に変わっていない。向こうがなんか一方的に好感度(?)を上げてきているだけなのである。


 黒龍はそろりと視線を外し、次いで周囲にちらほら見えるほかの騎士達に向けてみる。

 一斉に野次馬が目をそらす、「ざっ」と言うむなしい音がした。まったくひどい輩達である。少し前までどう見ても暇人達だったのに、ティアが誰か助けてくれないのか、と目を向けた瞬間にすさまじい勢いで仕事や鍛錬を始めるなりわざとらしく用事がある旨を口にしながらどこかに行ってしまったりする。


 ティアはなおもうるさく言っているらしい赤薔薇騎士に適当な生返事を返しつつ、さらにきょろきょろとあたりの様子を見回した。

 何度探しても、うずうずと待機して、待ちきれないとばかりに駆け寄ってくる短命種の青年はどこにも見当たらない。ヒューズが戻ってきて以来ふさぎがちだったニコは、前ほどここに姿を見せない。いてもどこか元気のない様子で、ティアとしてはそこそこ居心地が悪い。


「ほっときなさい、拗ねてるだけだから。そのうちまた元に戻りますよ」


 と余裕の態度で会長は言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか。あれから一向に好転する気配がないのに、なぜあんなにも適当な感じなのだろう。


 変わってしまったのは近衛騎士達も同様だ。なんだか少しだけ、距離を置かれるようになった気がする。それは元から疎遠気味だった別部隊のヒトだけでなく、黄薔薇たちからも。そのあたりの理由はもしかすると、ヘイスティングズ団長もコーベット副団長もいまだ謹慎中であることにも関連しているのかもしれない。




 赤薔薇騎士への対応の適当さに信頼のあるティアは、ぐいぐい押しつけられる練習用武具の扱いもそこそこに思考を飛ばし続けている。




 邪眼の事で荒れた城にセオドア=ヒューズが帰ってきてから、飛ぶように時が過ぎていった。依然としてどんよりした雰囲気と浮き足だったような空気が混じり合っている城内だが、一見すれば前とあまり変わらないように見える程度には復旧作業が進んでいる。


 あれから変わったもの、変わらないもの、様々だ。

 表向きは元通りを振る舞っている。だが確実に誰もが忙しくなって、前ほど頻繁に交流をしなくなった……全体的にティアが抱いている所感はそういった感じのものである。どこもかしこも落ち着かなくて、ふとした瞬間にピリッと衝撃が走ってきそう。


 ただ、近衛騎士たちは例外として、毒気が抜けたような、牙を抜かれてしまったような顔をしている者が多い。騒動時実際に動いていた者ならそのときの疲労や緊張の持続、あるいは逆にそれが一気に消えてしまったことで腑抜けている。逆に運良く直接戦闘せずに済んだ者は、その分四方八方からやれ責任はどうのといじめられ、憔悴してしまっている気配が色濃い。それは今に至るまで引きずられ続けている騒動の闇に思えた。


 一応は、上の人達で何か話し合いとか意見のまとめ的なものがあったのだろう。上官達が部下にねぎらいの言葉をかけてからこぞって謹慎したのに伴うように、現場で働く末端の騎士達に面と向かって罵声が浴びせられるような事態は激減した。一番大変だったのは騎士達だ、と言ってくれるヒトも確かにいる。その一方で、ことあるごとに冷たい視線を向けてくるような種類のヒトがいつまでもいなくならないことだって確かだ。亀裂は表だって言い合わなくなった分、余計激しくなっているような気もする。


 なお、大人達のお話し合いの結果については子羊たちが詳しく解説をしてくれた記憶もなきにしもあらずなのだが、今度リリアナに教えてもらえばいいやと不真面目すぎる思考でいるティアの記憶にはきちんとインプットされていなかったらしい。




 近衛達はそういったわけで、全体的に元気がない。

 それと、先輩達が前ほど気軽にぶつかってきてくれなくなった理由にはもう一つ心当たりがある。手柄を立ててしまったのが新人二名だったという点だ。


 ティアはリリエンタールとともに、このほど一つ勲章を授かった。邪眼討伐の功績としてつくられたありがたく特別なものらしいが、もらった本人としてはそこまで喜ばしいとは思えない。

 なぜなら肝心の見せびらかして褒められてどさくさに紛れてイチャコラしたい相手がいないからだ。当然だが、リリアナは超多忙だった。邪眼の事件の前後から姿も見ていない。声は手紙で「忙しい」「会いたい」「おすわり」ぐらいはかけてもらっている。貴重なリリアナ成分なのでもちろん枕の下に入れている。

 それはどうでもいい。問題は今回、結果として先輩達の顔をつぶしたような形にもなってしまったことだ。


 すると、仲間達からも浮き気味で、かまってくれる子羊たちもなんだか忙しそうで、必然的に一人で行動することの多くなるティアに、同じく赤薔薇でどうやら浮き気味らしいリリエンタールが同族意識でも感じ取るのか寄ってくるようになるのである。


 なるほど、なんとなく把握した。誠に遺憾であるとしか言い様がない。




「シーグフリード、ちゃんと聞いているのか!」

「……離せ。まったく聞いていないから」


 あまりに露骨に相手にしていない態度にしびれを切らしたのだろう。リリエンタールがティアの耳を引っ張っている。我に返った黒龍が無礼な手をたたき落とすと、痛そうにさすりながら騎士は顔をしかめた。


「聞けよ! いいか、勘違いするなよ。俺はまだお前を認めきったわけではない。だが、この俺と肩を並べ、ともに高見を目指す仲としてはふさわし――いや! 違うぞ! お前は俺の踏み台、引き立て役であってその――おい!」

「言ったはずだ。俺はこれから行くところがある」


 いい加減に面倒になったティアが押しつけられた武具を押し返しながら言うと、朗々と口上を述べていたリリエンタールは一度黙り込み、それから首をかしげる。


「最近多い気がするな。そんなに何が忙しいんだ。どこに行っているんだ」


 お前が最近絡んできすぎなんだよ、と心中でティアはため息を吐いている。が、相手がじっと見つめてくるので口を開ける。


「……図書館」

「ほう、勉強か? それか調べ物でも?」

「……少し」


 渋々答えながら、嫌な予感にはっとした。

 この流れは、まさか! まさか俺も一緒に行くなんて言い出すまいな。いや近頃のリリエンタールの絡みのしつこさには油断できない。そうなったらさすがにこうちょっと生理的に無理というか、本格的に自分の意志を伝えねばなるまいぞ、と身構えたティアに向かって、赤薔薇騎士は納得するようにうなずくと身体を引いた。


「まあ、お前に足りないのは知力だからな。良いことなのではないか」


 適当に相づちを打ちながらじりじりとティアは後退する。いかん、まったくリリエンタールという男が理解できない。するつもりもないが。ともかく引いてくれるならなんでもいい。相手の気が変わらないうちに戦略的に撤退する所存なのである。

 じゃ、と挨拶もそこそこにきびすを返したティアの背後から、晴れやかな声が追ってくる。


「いいか! 遠慮せず文官達を使うんだぞ! それが仕事だからな! お前が賢くなったら俺がテストしてやるからな!」


 ……あいつ実は邪眼に変な術かけられて、そのまんまなんじゃないか。


 ティア=テュフォンは苦い顔をしながら一人鍛錬場を後にした。


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