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戻ってきたあいつ 前編

 竜の柄のタペストリーをめくり上げ、左右の竜の像に呪文を唱えて壁の中の道を開く。毎回作りが無駄に凝っているという感想を抱く入口から、リリアナの拾われ者たちが集う秘密の部屋に入った。談話室にたむろしていた先着はティアとニコの侵入に気が付くと一瞬だけ黙ってから、各々リアクションを取る。


「お帰りなさいであります!」


 と喜色満面に出迎えてくれるバニー姿のウサギ獣人と、


「あっ、ああ……ひ、久しぶりだな! まったく顔を見なかったから、どこに行ってしまったのやらと思っていたぞっ!」


 と微妙に歯切れの悪い、けれど言葉はかけてくれる博士。


 それから無言で、少し待っていると形式的な挨拶を交わし、そのまま部屋を出て行ってしまう者たち。

 ただ、一番最後に関しては、元々子羊たちの中でもティアに対して友好的な態度ではない連中だ。リリエンタールのように顔を見ると一々喧嘩を吹っかけてこず、むしろ自分たちがさっさと場を譲ることで、トラブルを避けようとしている感じもあり、同時に接触を避けてくると言う事はかなり強い拒絶の態度のようにも思える。


 ティアは基本的にはリリアナだけが気になって、リリアナ以外から何を言われようと気にしない派だが、見習い時代にその辺を徹底し過ぎて彼女を泣かせ、師父からお説教を食らった記憶がしっかりインプットされている。軽いトラウマだ。なので、自分に対する周囲の反応に多少は気を配る、自分がどう見られているか意識する……とあれから心掛けてはいる。心掛けてはいるが、何せ元がぼんくら気質ののんびり屋、コミュニケーション何それ妹や父親が勝手にやってくれるから知らない子ですね状態。中々に成果は劇的ではなく、努力は空回りしているようにも思える。何が駄目で何がいいのかわからない。たとえば愛想をよくすればいいぐらいは分かる気もするが、そうは言ってもニコのように笑顔ではきはき誰とでも会話できる領域には辿りつける気がしない。前回の不覚は取らぬよう注意した結果、悪意を隠して近づいてくる相手をなんとなく見分けて適当にやり過ごすことができるようになっただけでも上出来なのかもしれない。

 少なくとも子羊たちの中でティアに悪意を持つヒトは――陥れようとする傾向や、不幸、損を狙って近づいてくるヒト種は存在しない。


 黒龍がちらほらと適当に理由を言いながら部屋から出て行く連中を見ていると、ぽふん、と頭に何かが当たる感触がする。


「まったく、なにをしているんですのー」

「うわわっ――なっ、なにするっすかあ!」


 投げられたのはクッション。杖を操ってふわふわ攻撃をしてくるのは、眼鏡と水色の服、それからどこか間延びしたゆっくり口調がトレードマークの女文官、セシリーである。どうやらニコに背後から襲いかかり、大きいぬいぐるみを取り扱う要領であやしている。


「ふああー……こっちの台詞なのですー。仮眠を取っていたのに、だーれかさんのせいで目が覚めてしまいましたわー」

「ちょっ、やめっ、どこ触ってるっすかっ――ひゃはははは!」

「えーい、こちょこちょこちょー」


 どうも彼女はソファーのクッションに埋もれるようにして寝ていたが、ニコは気が付かずに腰かけてしまったらしい。罰として愚かな短命種の脇腹を弄びながら、セシリーは眠たげな眼をティアに向ける。


「あらー。しばらく見なかったと思いましたけどー、ようやく来たんですのねー。お帰りなさいですよー」


 少しだけ驚いたような顔になっていたティアは、自分が何に驚いたのかそこで気が付いた。

 お帰りなさい。博士の助手もセシリーも、当たり前のようにそう言ったのが――なんだか自分を、不思議な感覚にさせたのだ。それは心の中をわずかにざわつかせはしたが、けして不快なものではなかった。


「何をぼーっとしているですのー? お疲れですかー?」

「だったら助手がお薬を用意するでありますよ!」

「竜族に市販のものを出しても効きやしませんよー」

「効くと思えば多少は効くかもしれないのであります!」

「やっやめっ、脇の下は本当に許して――ひゃああっ!?」

「ふーっふっふっふ。貴重な睡眠を潰した罰は重いのですよー。その身体で払ってもらうのですー」

「たーすけてー、シーグフリードさーん!」


 助手はせっせと机の上にティア用の茶を用意し、ついでにがさごそと怪しげな箱を漁る音がする。中身はまた博士お手製の怪しげな新品だろうか、それとも助手が定期的に買いあさってる健康シリーズの何かだろうか。一方、ソファーではセシリーに相変わらずおもちゃにされているニコが、ティアに向かって半泣きで助けを求めている。

 ……なんだかこうしていると、前と同じ、何も変わらなかったように思えてきそうですらある。


 ティアは出されるまま茶をすすり、自然な動きで処方箋を助手に向かって投げ返し(助手は「やめるであります! 助手を殺す気でありますか!」と豪速球をかわしながら叫んでいた)、セシリーからニコを引っぺがす。ティアに泣きついている短命種の頭を適当にわしゃわしゃやっていると、眼鏡の奥の視線と目が合った。


「近衛は皆、今が一番辛い時でしょうからねー。今回の事件では、犠牲者を出してしまいましたー。邪眼を討ち取った功績は大きいですがー、特に貴族階級からも死人を出してしまったのは明らかな失態ですー。フィリスは全くここに顔を見せませんー。あなた以上にお忙しいのでしょうねー」


 フィリス、女近衛が忙しいと言う事は、必然的にリリアナもそうであるということだ。顔を曇らせたティアに、セシリーは心得顔で頷きながらそんな事を言うと、ぴっぴと愛用の短杖を振りながら続ける。


「そーそー。全然話は変わりますけどー。いえ、今していた話と関係ないわけではないんですけどもー。知っていますかー? このお城はですねー、実はー、あえて一部が欠陥建築になっているんですのよー」


 何の気なしに彼女が言うと、向こうでガタガタと何か物が落ちる音がした。ティアが顔を上げてみれば、珍しくすっかり空気化するほど大人しくなっていた博士が、何やら動揺している様子。助手がさっさと到達して、軽く声をかけながら落ちた物たちの片づけに励んでいる。


「ウ、ウッドマン! その情報は――」

「別にいいのではありませんかー? この人ですものー」


 博士はセシリーが話すことを止めたがっている風もあったが、彼女は特に気にしていない。堂々と続けると、向こうもそわそわした動きのままそれ以上は妨害等しようとはしない。落ち着きのない博士の方に疑問の眼差しを投げかけながら、ティアの耳はセシリーの言葉を拾い続ける。


「そうですねー。旧区画がもっとも典型的でしょうかー。あれは初代魔王の御代に造られたものですー、ご存じですよねー。ではー、どうしてあのようなものが、まだ残っているんだと思いますかー?」


 建築に全く興味がないティアにはさっぱりである。いつの間にか博士の世話を終えてこっち側に移動してきていたらしい助手も、ティアの横でニコと二人並んでちょこんとクッションの上に腰かけ、仲良く同じく疑問のマークを飛ばしている。セシリーは生徒たちに講義を続けた。


「あれはですねー、あえて作られたー、よどみの箇所なんですのー。この城はー、いわば違法改造建築の権化ですー。魔王陛下の魔力で無理矢理接着していますがー、本来ここまで自由に設計してしまったらー、建物としての負荷が大きすぎてー、さすがに崩れてしまいますー。なので初代様はどうもー、先によどみを受け入れる場所を作ってしまう事でー、負荷のバランスを保てるように設定したらしくー、この魔術方式はー、他の部分にも応用されているそれなりに合理的な構造でしてー……」


 聡明な女文官は聴衆が若干眠気を感じ始めているらしい気配を敏感に悟り、ショートカットしてわかりやすく結びに入る。


「つまりですねー。初代魔王の作り上げたシステムにはー、何一つとして完璧なものが存在しないのですー。必ずどこかに穴がある、そしてそれは長く使い続けていくためには結局の所必要な犠牲のようなものでしてー。要はー? 警備システムを完全にすることはー、事実上不可能なのですー」


 何となく文官の言わんとしていることがわかってきたティアは穏やかではない心持になる。ニコと助手はゆっくり話すセシリーの喋り方のせいもあるのか彼より少し理解が遅いらしく、未だ目を丸くしてぽけーっと話を聞いている。


「特に対ナイトメアのー――」

「セシリー!」


 女文官が言いかけた言葉に対し、今度こそ博士が鋭い制止の声を上げた。のほほん口調の文官はソファーの中に怠惰に沈みつつ、不満げに振り返る。


「博士ー、何を隠そうとしているのかは知りませんけどー、それぐらいならちょーっと察しのいい人達はー、みーんなもうわかっているのですー」

「だ、だが、あの事は、その……慎重に扱うべき事だと思う」

「えー、でもー――」


 そのまま口論が始まるかと思いきや、室内に警報が鳴り響き、全員が一瞬で緊張する。直後、侵入者を知らせるシステムのアラートだと知ると弾かれるように素早くティアは動き出す。


「非戦闘員、早く奥へ。シーグフリード、あなたは前に。僭越ながらこのセシリア=ウッドマン、後方より援護させていただきます」


 セシリーは今までのおっとりした雰囲気はどこへやら、てきぱきと指示を出す。ティアは入口に向かって既に駆けており、他の者はあたふたと奥へ向かって駆けこんでいく。

 侵入者の影が談話室入口に見えた瞬間、ティアは勢い良く振りかぶって拳を下ろし――かけた危ういすんでのところで、急停止した。


「まったく、なんですか。しけた面さらしてやがりますね、どいつもこいつも」


 眼前ギリギリで止められた拳によって発生した風圧で、男の赤い髪がぶわっとなびくが、今しがた自分の顔を粉砕しようとした一撃の割に男がそれを気にした様子はない。怠惰な気配ただよう碧の目の瞬かせ、ひょいっとティアの拳をどかし、すっかり我が物顔で談話室の中に入ってくる。

 セシリーが絶句したまま、一気に緊張してそれがまた直後一気に霧散したせいなのか、がっくりと膝から落ちる。聞き覚えのある声と入口の面子のリアクションの様子が気になったのか、恐る恐る顔を出したニコが、あわわわと口をわななかせた。


「かっ、かかかかかかか――」


 文官の服に身を包んだ、悪っぽい顔立ちの美形はぐるりと部屋を見渡し、腰に両手をやった不遜なポーズのまま、不敵にニヤッと笑って見せる。


「会長!?」

「はいどーも。皆元気してましたか?」


 呼ばれると適当に手を振って答える。唖然としている周囲を順に見渡し、最後に先ほどとは別の意味で渋面になっているティアに向かってくいっと口の端を吊り上げてみせた男は、行方不明になっていたはずのセオドア=ヒューズその人だった。

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