穏やかな不穏 前編
ナイトメア達による襲撃事件は結局、起こってみれば一日足らずで収束した。
首謀者のエデル含め、その他合計20体程出現したナイトメア達は全滅。事情聴取か尋問のために何体か生きたまま残しておこうとした部隊もあったらしいが、エデルの絶命と共に全個体が苦悶の声を上げて溶けだし、そのまま核ごと自壊してしまったらしい。死因はおそらく核痙攣――人間で言うところの心臓麻痺であり、ショック死のようなものではないかと鑑定した者から報告される。
感応死、とナイトメアに詳しいという一人がその現象を説明した。
ナイトメアの子は親に絶対服従。彼らの関係は、他の種の親子関係とは全く異なる。ナイトメアは元々同種感で精神的なネットワークを組み情報のやり取りをしているが、親子は特に最も深い関係を築いて時には精神共同を行い、魂から深いつながりを持っている。子は親の分身、親は子の神に等しい。だから親が死ぬと、そのショックに耐えきれずに子も生きてはいられないのだ、と。
では子が死んだら親も深く嘆き悲しむのか? 邪眼はとてもそうは見えなかったが。
ふと疑問を抱いたらしい騎士がそう尋ねると、説明者はどこか悲し気に目を伏せて首を振る。
子は親に絶対服従とは言ったが、親は子に対してそうではない。彼らには明確な上下、主従関係が存在する。それはヒト種の社会が作り上げるようなものよりももっと強固で本能的なものであり、覆ることはあり得ない。
親の死は、ほぼ子の死に直結している。だが親がどれほど擬似的な愛情を子に見せることがあっても、親が子の死を心の底から嘆き悲しむことはあり得ない。親は王であり、子は労働者。ああ手足を失ってしまったな。その程度の感慨で、次の自らの分身を作りだす。それのみである。
今回の事件による死者は総勢37名。過半数は短命種であり、次いで獣人、魔人と続く。大半はどうしても複雑な裏路地系を業務の関係上通行せざるを得なかった、あるいは抵抗力や察知力が弱い者、つまりは召使や平民階級の身である。また戦闘力の低い素人が目立つが、中には恐らくパトロール中に遭遇し、そのまま餌食となったらしい白薔薇の団員も含まれていた。さらに貴族の魔人も2名ほど殺されている。
その全てがエデルに旧区画まで連れ込まれ、拷問の末殺害されたようだ。結局エデルの手の物だったらしい大量のナイトメアによる同時多発襲撃では、早急な対処のおかげあってか負傷者のみで済ませることができた。だが、最初に襲われた者は命こそとりとめたものの、心身共に疲労も損傷も激しい。表面上の傷は比較的すぐ治るとしても、襲われた時の傷を完全になくすためにはそれなりの時間がかかるだろう、と医師は言った。身の奥深くに刻まれた恐怖によって城内での勤務に支障を来たす可能性もあるとされ、今後の生活にも慎重な配慮が必要とのこと。
その他にも、直接襲われてはいないが逃げる最中に怪我をした、あるいは凄惨な事件現場を目撃した結果ひどく精神的にダメージを受けた、等の二次災害系や精神変調、ごくごく軽度の怪我まで含めれば、被害者数は少なくとも数百名を下らない、とのことだ。
敵が壊滅したことにより事態が沈静化するかと思えば、むしろ見えない脅威に怯えピリピリしていた時よりも城内は混乱と阿鼻叫喚の様相を呈している。
まず貴族たちは今回の事件に対して、日ごろ自分と敵対するものに対し責任を追及する気でいるようだ。彼らにとっては当然享受されるべき安全を脅かされたのだから感情が怒りに染まるのも無理ないことであるし、また隙あらば自分たちの権益を拡大しようとする特有のずる賢さも見受けられる。
文官たちはこれを機に湧き出る不満の対処に終われ、あちこちで連絡が飛び交い誰かが走り回る音が絶えない。日常業務に加えて非常事態業務が追加され、連日の残業で疲労が見えない者がいない。いつ誰が過労で倒れてもおかしくない状況の割に、さすがに頭が回る人材が多いためかなんとか今の所壊滅的な被害は出さずに済んでいるようだ。
その他の使用人たちにも全体として暗い顔の者が多い。何せ彼らからの被害が一番大きかった。ただ、他の層に比べれば幾分いつも通り、落ち着いているようにも見える。これが逆に危険なのだと医務官たちは警鐘を鳴らす。
彼ら曰く、この層――いやそれだけでなく、城が二極化している。被害が実際に出たエリアと、そうでないエリアの格差。城は広い。同じ城内で暮らしつつも、実際にはほとんど被害に遭わずに済んだ者も中にはいる。そういったヒトビトは、特に変化なく今までの日常通りに生活する。
そしてまた、近衛たちとて混乱の渦中にある。確かに迅速にナイトメア達が討伐されたのは賞賛されるべきことなのかもしれないが、そもそも城内に侵入を許してしまったこと、再三の犠牲者――死人すら出してしまったこと、首謀者含め拘束できず殺してしまったこと、そして首謀者の死によって、真相が半迷宮化しそうなこと――。不平不満は一気に湧き出し、降りかかる。
戦いを終えたティアに降りかかったのは、賞賛よりむしろ罵声の方が多かったぐらいだった。




