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旧区での戦い 中編

 正面に相手をしっかりと見据え、視線を逸らさぬようにしたまま身体を捻る。大きく息を吸い、スピードと回転の力、さらに自分の体重を突きだす拳に乗せ、吠え声と同時にこれでもかと叩きつけた。生粋の戦闘民族である竜の身体は戦闘を意識するとそれ用に更に変化し、今やティアの片手は人のそれから鎧を突き破って漆黒の鱗に覆われ、破壊をもたらすための大きな竜の片腕となって動いている。衝突の勢いは激しく、叩きつけられた床は割れ、辺りはたちまち風と土煙に覆われた。軽い爆発でも起きたかのようだ。


「馬鹿野郎!」


 崩れた床――いや床どころではない、壁にも大きな穴が発生している――そこから伝わる、もはや地震のような域まで達している振動のせいか、視界の悪化に対しての悪態か、それとも正々堂々過ぎてもはや無策とすら言えるやり口にか、どこからか味方リリエンタールの罵声が聞こえてくる。ティアはそれには構わず、すぐに次の手に移ろうとする。手ごたえが微妙だったからだ――この感覚は、かすりもしていない!


「はっ、遅い遅い」


 案の定、土煙の中からちらっと怪しい虹色の光が見え隠れし、どこか靄がかかったような不気味な距離から歌うような声が聞こえてくる。

 挑発的に誘いをかけ、交戦する気満々であるとは言えど、さすがの邪眼も黒龍の一撃を受け止めるつもりはないらしい。逆に考えれば、避けたと言う事は当たりたくない――当たれば効く、ということか? ナイトメアの急所は体内の核、それ自体はおそらくそこまで頑丈なものではない。幻術等の状態異常で散々妨害を加えるのも、素で戦ったら圧倒的に不利だからそうするしかない――。

 ティアの頭の片隅にはエデル攻略のための肯定的な考えがよぎるが、何にせよ当ててみない事には話にならない。心を込めて一発ぶち込め。考えるのはそれからでいい。偉大な師父もお馬鹿な弟子のため、シンプルにそうアドバイスした。正確には、「ない頭で考えても無駄だし、そもそもお前はどれだけ舐めプレイをしたところで普通の奴には負けようがない」だったか。

 ただしこの場合相手にしているのは邪眼――何千年も魔界の住人たちを悩ませ続け、本来戦闘は苦手なナイトメアの癖にことごとく修羅場を生き残ってきた化け物中の化け物である。油断はするべきではない。もちろん、最初からしているつもりもないが。


「こっちに来いよ、のろま野郎!」


 声と気配が遠のいた。エデルは笑いながら、崩れた壁からあちら側に移動したらしい。


「くそっ、味方のフォロー全部こっちに投げやがって――つかそもそもあれは絶対忘れてるだろ――ったく、封じられた旧区画だからって、狭い城内なんだから暴れるにしても少しは考え――おいこら、だから見え見えの挑発に乗る奴があるか! 暴走するな!」


 後ろ側から懸命に呼びかけてくる声を、聞いていないわけではないのだが、半ば聞き流しつつティアは誘われるまま後を追いかけていった。

 そうは言っても先輩、追わないわけにもいかないではないか。暴走しているわけではない。突進しているだけだ。

 脳筋はそのように適当な自己正当化でも浮かべつつ、直感に従って突き進んでいく。



 先ほどまでいたのは廊下だが、誘われた先はそれなりに大きな部屋らしかった。一瞬、ティアは黄薔薇の騎士たちが使う中会議室を思い出す。

 しかし入った瞬間、思いっきり顔を歪め、思わず鼻を腕で覆うことになった。

 血。汚物。体臭。腐ったもの――それらあらゆる悪臭が混ざって醸し出す名状しがたい不快感。恐らく壁を壊すまで閉鎖空間だったせいもあって、溜まりに溜まっている。人より嗅覚に敏感な竜には辛い。ここにはあまりにも濃い死がこびりついていた。

 誰に言われなくとも一瞬でわかる。犯行現場だ。そしてエデルの遊技場。あちこちに黒ずんだ邪悪な玩具が転がっている。


 ティアが硬直している間に暗がりから現れたエデルは、翻弄するように周りをぐるぐると回る。どろりと歪んだ顔面のひしゃげた笑顔がいくつも目の奥にちらついて――いや、こんなにいくつも残影が見えるか? 幻覚攻撃だ! それをティアが認識し対処しようと動き出そうとした瞬間、


「ほーら、がらあきだ!」


 ガキン、と硬い音がした。

 ティアは顔をしかめ、邪魔なものを退けようとでも言うように腕を大きくふるう。太く逞しい右手に打撃等を食らう前に素早く飛んで逃げたエデルは、グロテスクな見た目の拷問器具らしきものの一つの上に器用に降り立った。

 攻撃をしてきたらしい彼の片腕は子竜と同様、人の形のものから鎌のような刃物の形に変形している。しかしエデルは一瞬その手を元の人型に戻すと、ぶんぶん振って顔を顰めた。


「いってえ……いやどんだけ硬いんだよ、ふざけてんのか」


 疑問符を頭の上あたりに浮かべながらさすっているティアの右手を恨めしそうに睨みつつ、エデルはぼやいた。どうやら手を落とそうとしたらしいが、魔界一の防御力を誇る鱗には全く歯が立たなかったらしい。エデルの肉体変形では硬化はできないのか――いや、倒れている赤薔薇の騎士たちの中には鋭利なもので切り裂かれたらしい傷で倒れているものもいる。単に硬化してもティアの天然鎧に敵わなかった、それだけの事だろう。

 当たり前だ。何せ脳筋以前のぼんくら子竜時代から、「あいつの頑丈さは異常」と他でもない次期魔王からすらお墨付きをもらっていた程度にディフェンスには定評がある。


 ともかく、自力では腕を落とすことはできないと悟ったらしいエデルは、ティアに目を向けたまま、ふっと細めた。途端に虹色の両目が怪しくちらちらと光を放ちだし、ティアは頭が揺さぶられるような感覚を――揺さぶられるどころか、自分の脳がまるで蛹から羽化する虫のごとく、頭を割って外に出たがっているような錯覚を覚えそうになる――。


 しかしティアはぶんぶんと頭を無理矢理振り、吐き気と眩暈、頭痛を抱えつつもエデルに突進した。またも攻撃は外れ、ひらりと身軽に飛んで避けながらエデルが悪態をついている。


「膝すらつかないか、面倒な奴」


 ティアはぐるりと首を回し、エデルを睨んで吠えつつ突進を続けた。

 完全な不意打ちなら、幻覚攻撃もかなり効くのだが――事前に心構えができていれば、気合いで堪えられないことはない。そして子竜時の修行時代、一体何のために倒されても倒されても立ち上がる訓練を積んでいたと言うのか。もしエデルの目論見通り膝をついたのなら腕を使ってでも。倒れこんだなら這ってでも。身体が使えないのなら牙を剥き出しにしてでも。一度闘争心の芽生えた雄竜の勢いはすさまじいものがあった。


「本当に、面倒な奴――」


 ティアから受ける猛攻をかわし、時折幻覚攻撃や変形した自らの身体を使っての物理攻撃をかけながら、エデルは舌打ちをした。互いに攻撃の手は止めないのだが、状況は少々硬直気味である。何せ、ティアは何度も拳をふるっているが、幻覚等の妨害があるせいか未だに相手に一撃も満足に食らわせられていない。一方、相手も相手で物理面の攻撃は硬い鱗のせいで阻まれ、幻術を使ってもあまりめぼしい効果がない。いやひょっとすると効いているには効いているのかもしれないが、期待した程にはできていない。エデルは明らかに苛立ち、そして――そして、飽き始めていた。その一瞬の隙に、どれだけ身体の状態を崩されようともただただその時を待ちわびていたティアの拳が唸った。


「あ」


 肉が弾け飛ぶ音とともに、エデルは間抜けな声を上げた。すっかり見切ったつもりでかわした身体に、ティアの爪が届き、右の肩口から左の脇腹にかけて斜めにざっくりと線が入る。ティアは唸り声を上げつつ、エデルをそのまま背後の床に突っ込む勢いで押さえつけ、とどめの一撃を入れようとして――。


「なるほど。まあこの程度はできるわけだ」


 そして、余裕に満ちた虹色の目を至近距離で直視した瞬間、例えようもない悪寒に襲われた。

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