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災いの足音

 地震騒ぎから約一月半――下働きの短命種数名が忽然(こつぜん)と姿を消した。

 それも()()()で。



 確かに城の内部はかなり複雑に入り組んでおり、数百年数千年住んでいてる長命種だって油断すると迷ってしまうほどの魔空間ではある。

 魔術も魔法も使用できない短命種ならなおさら、迷子になるのはもはや恒例行事ですらある。


 けれど、流石にそんなことで死者が出ても困るし、その対策くらい当然講じてある。



 魔王の庇護ひごを受けて生活している魔界の住人は、短命種であれ長命種であれ、成人すると役所で術式証明書カードを作成することになっている。

 これはてのひらに収まるくらいの大きさの軽くて四角い金属板であり、紐を通して首から下げられるように小さな穴が一つ空いている。


 金属板には所有者の所属や氏名などの基本的な身分が記載されている。

 正当な所有者本人が名乗りながら提示すると、術式証明書カードの文字は金色に発光する。

 そうすることで、善良な国民の身分証明が行われる。


 入城する際の審査でも術式証明書カードの提示が求められる。初回の場合は確認後いったん回収され、首から下げた時に右下に来る位置に銀の紋章が新たな魔術式回路と一緒に掘り込まれる。


 この魔術は城内での自分の居場所を管理区に知らせるもので、本人が管理区に発信するほか、管理区からの逆探知も可能である。


 だから城内で迷子になってどうしようもなくなったら、術式証明書カードに迷子の救難コードを打ち込めば、持ち主の居場所が管理区に発信され、直ちに近衛が迎えに来てくれる。

 そんな仕組みが現在では確立されていた。



 けれど、行方が知れなくなってしまったものが現れた。


 初日に3人。これは文字通り前兆もなくふっといなくなってしまい、一日が終わって彼らの担当部署から捜索願が出されるも、術式証明書カードのみが普段使用されていない区画に打ち捨てられていた。

 持ち主の足取りはその後つかめなかった。


 身分証明となる術式証明書カードの紛失はけして褒められたものではない。

 再発行は可能だが、術式証明書カードが提示できない間、その人物の身柄は保証されなくなる。

 だから自分から捨てるとは到底思えないのだが――。


 そんな風に担当者が悩んでいると、二日目にさらに5人が消えた。

 すぐさま捜索隊を出すと、そのうちの2人が術式証明書カードのほかに、もぬけの殻の服まで見つかった。


 この段階で行方不明者は何らかの事件に巻き込まれたものだとされ、近衛たちの巡回がより広範囲に、より多くに増やされた。

 魔術による警備システムも、緊急点検と強化が行われた。

 短命種たちは一人で出歩くことを禁じられ、城内にどことなく不穏な空気が漂い始める。


 それにもかかわらず三日目に新たに9人が消息を絶つ。

 しかも今度は相変わらず打ち捨てられている術式証明書カードに、無理やり引きちぎられたような形跡の残る紐がこびり付いていた。

 更に捜索を進めると、ゴミ箱の一つからきっかり9人分、赤い染みがびっしりとついた服だけが発見される。


 夜にはすっかり城内の中に異様な空気が立ち込めていた。

 王からくれぐれも一人で行動しないようにとの命が下ったほか、文官たちが、近衛たちが、殺気だってあちこちを行き来する。

 短命種たちは次は我かと身を震わせ、貴族たちも眉をひそめて不安を口にした。




 警備強化の甲斐あってか、四日目に新たな行方不明者は現れなかった。――新たな行方不明者は。



 室内の壁や床が緑系統の色で塗られているため、緑の間と通称されている下働きたちの部屋がある。

 特徴が比較的わかりやすく、短命種がよく使用している控え室の一つだった。


 四日目の朝。

 若い短命種の下働き3名が、怯えと警戒を浮かべながらその部屋に入り――数拍置いてから、城内にこだまする悲痛な叫びを上げた。


 部屋の中央には、行方不明者の数と同じ計17名分の頭蓋骨が綺麗に積み上げられていた。

 頭部以外の部位は見当たらない。また、積み上げられている犠牲者の頭部はきれいに骨以外の部分がない。

 彼らの額には本人の術式証明書カードのIDと同じ数字がひっかくようにして彫られており、すぐ近くの壁にも同じようにして文字が残されていた。


『たんめいしゅ すぐしぬ つまらない あじも うすい まずい』


 妙に子どもっぽい筆跡でそう書いてある。さらに、その少し下に視線を向ければ、


『これでは たりない もっと もっと!』


 と、挑発まみれの続きが刻まれていた。




「――以上が、今回の行方不明事件、および死体遺棄事件の概要になります」


「御苦労、アーマンド」


 近衛騎士たちの顔は一様に暗い。

 それは、常ならば笑顔と喧騒の絶えない黄薔薇騎士団でも同じことだった。

 副団長が話し終えるとしんと静まり返る。


 ヘイスティングズは団員たちを前にため息をついた。


「さて、今副団長が話してくれた通りだが――我々がいながら、城内で死人を出してしまった」


 団長はいつも通り飄々(ひょうひょう)と、だがどこか穏やかならぬ声で部下たちに告げる。

 ――静かに聞いているティアは、師父のいつもとは違う覇気を感じ取っていた。


「しかも次回予告つきだ。確かに今のところ我々は完全に後手に回ってしまっているが――随分とまたコケにしてくれたものだ」


 首をすくめつつそう言った団長に、副長が控えめに声をかけた。


「しかし、相手が只者ではないことは確かです。

警備システムの点検で異常は見られなかった。一体、どうやってあれらの網を掻いくぐったのやら――」


 ヘイスティングズが黙っていると、団員たちは互いにささやき合う。


「……遺体は頭部のみだったんですよね。それも、骨だけ」


「犠牲者の中には、まだ20行かない奴もいたってさ」


「なんてこった……ただでさえ短命だってのに、そりゃあ短すぎる。せっかくお城勤めなんてできたのに、無念だったろうなあ……」


 ため息交じりに犠牲者についての話を進めるうちに、一人がぽつりとつぶやいた。


「しかし――弱小の短命種相手とは言え、今回の件は明らかに常軌を逸しています。そもそもなぜ、どうやって、これほどのことをしでかす者が城内に入れたのでしょう?」


 それを契機として、あちらこちらから声が上がり始める。


「そうだ。少なくとも、犯人は遺体の首を白骨化し、遺棄している。

こんな危険な魔術を使うか行動するかする奴が、入口の審査に引っかからないはずがない」


「前科持ちか、術式証明書カードの非正規所有者か、そもそも所有していないか……」


「……今まで大丈夫だったのが、いきなり気が触れたとかいう可能性は?」


「だったら、今現在大急ぎで城内の奴ら――特に事件関係者から優先に、精神鑑定メンタルチェックにかけてる。そこでひっかかるんじゃないのか?」


「それで終わるなら万々歳だ。……まずないだろうけどな」


精神鑑定メンタルチェックねえ……。正直、やばい奴ばっかなんじゃないのか。第一発見者は今も要注意状態なんだろ」


「そりゃなあ……三日前まで一緒に働いてたやつの頭蓋骨が積み上げられてたところ見ちゃったら、なあ……」


「城内育ちは死に慣れていないのが多い。おまけに短命種はもろいが、数はそれなりにいる。――フォローしきれるのか?」


「できるのか、じゃない。するのさ。だろ?」


 様子を黙って聞いていた団長は、彼らの話が一段落するのを見て取ると口を開いた。


「城内への侵入か――確かに入口は厳重だが、一度入ってしまえば城内の警備に穴がないと言い切れるわけではないぞ。たとえば、旧区画の中」


 団員たちが黙り込む。


 旧区画――初代魔王の時代には使われていたが、当代の時代になって閉鎖された幾つかの場所。

 閉鎖の理由は簡単。その空間が危険な場所だったからだ。

 区画の魔力場――魔力の流れは極端に乱れており、魔法や魔術がうまく使用できない。

 おまけに区画内の時空が歪んでいて、一度入ってしまえば非常に脱出が困難である。

 術式証明書カードの場所探知が城内で唯一出来ない場所として、接近すると強い警告を受けるほか、許可がなければ立ち入れないように魔術の障壁が張り巡らされている。


 ――しかしその性質故、内部には警備システムが届いていない。


「確かに、あの中で何か起きたのなら確実に真相は闇の中だ……だが、本当に犯人があの場を利用したんだとしたら――自殺行為だ」


「だと思うさ、普通は。だが、そもそも城内で殺人をやらかすような奴が相手なんだ。普通じゃないんだろうよ」


 ヘイスティングズが再び声を上げる。


「旧区画でないにしろ、警備システムに穴があるような場所はあるだろう。犯人はそれを利用している。

その辺りのことに関して詳しいことはまだわからないが、城内への侵入についての方に私は心当たりがある。……一月半前の揺れだ」


 ティアをはじめとして、確かにそんなことがあったがなぜ今その話を、と言う顔になる団員がいる一方、副長含めた何人かはすぐにはっと顔を強張こわばらせた。


「そうか――あの揺れの際に、一時的にだが魔術回路が切れ、それに伴う装置が停止している。警備システムも、一瞬とはいえ――全停止、している」


「ですが、すぐに復旧したはずです。それに、魔術回路が切れたからには、入城だって制限している」


「だが復旧は場所によって時間差があった。中枢部は確かにほとんどタイムラグなく予備に切り替えるか生き返るかしたが、末端は半日以上停止したままではなかったか」


「警備システムがゆるんだと言うことは、城の外側の防御も緩んでいる。――あの時に限っては、正規ルート以外から入ることもできたかもしれない」


 団長はうなずき、室内を見渡した。


「恐らくあの時――何かが城に紛れ込んだ。この一月半の潜伏理由は謎だが、今後明らかになるかもしれない。

ともかく、我々黄薔薇騎士団のなすべきことは、犠牲者を最小限にとどめ、一刻も早く城内の安全を取り戻すために努めることだ――」




 団長の指示を受け、各自散り散りになった先輩たちを余所に、ティアは呼ばれるまま師父の後について歩いていた。

 ついてこい、とだけ言った師父は静かである。鱗がピリピリするような気がした。


 ヘイスティングズは不意に右に曲がったかと思うと、小さな部屋の扉を開けて中に弟子を招く。

 そこは倉庫のような埃っぽい場所で、師父は四隅に何か術を――と言うところまで把握して、盛大な既視感デジャビューを彼は味わった。無意識に背筋が伸びる。


 いかん、心当たりがあるようなないような――駄目だ思いつかない。知らないうちに何かやらかしていただろうか。直近だと――やはりリリアナを怒らせたアレだろうか。師父にも伝わってしまったのだろうか。

 だらだら冷や汗をかきつつ必死に思考をめぐらせていると、師父は彼に適当に座るように促してから切り出した。


「さて、ジーク。お前、今回の事に関してどう思う」


「――どう?」


 いきなり漠然と聞かれてティアが間抜けな顔になると、有翼魔人は笑って見せる。――しかし、目は笑っていない。


「今回の殺人事件のことだが――その前にお前、一月半前の事は覚えているか」


「揺れの事ですか」


 それならもちろん覚えてるしさっき話していたことと同じでは、と言いかけると相手は否定する。


「いや、その前の事だ。――パレード中に、妙なものを見たと言っていただろう?」


 言われて即座に思い出す。そう言えばあれも一月半前――ちょうど、揺れの直前のことだった。

 ティアが思い当たった顔になると、師父は頷いて見せた。


「お前の話によると――おそらくパレード中に幻覚魔法をかけられたんだろうな。他の団員たちは気が付かなかったと言うことだし、お前だけやられた」


 そこでいったん区切る。師父の瞳の奥がきらりと光った。


「単刀直入に聞こうか。ジーク、お前、ナイトメアと言う生き物についてどのくらい知っている」


 ――本当に、言葉通りだった。

 ティアが呆気にとられてから、どう答えたものかとちょっと困った顔になっていると、不意にヘイスティングズの雰囲気が柔らかくなった。


「別に、知っていても知らなくてもお前を責めるつもりはない。お前の身内が不利になるようなことなら言わなくていい。お前は私の弟子で黄薔薇騎士の一人だが、それだけではない。


前に信じられる相手とそうでない相手をかぎ分けろと言ったな。話さなくていいと思うことは話すなとも教えた。だからそれに私があてはまるか、その逆だったのなら、その通りに行動するんだ。


ただ――私が今聞いたことについて何か知っていて、なおかつ協力してくれると、大いに助かるんだが」


 ティアは注意深く壁にもたれるようにしている師を見守り、慎重に言葉を紡いだ。


「――今回の事件に、ナイトメアが関わっていると?」


「今のところ私の推測にすぎないから、あの場では言わなかったがな」


 ティアは間を置いてから、そっと目をそらした。


「――俺の知り合いは――胡散臭いし、気に食わないし、殺してやろうかと思うようなこともありますが――そんなことする奴じゃないと思います」



 ティアはあの男と気が合わなかったし大嫌いだったが、リリアナがあの男を信頼して、そしてそれに足る人物だと言うことは理解しているつもりだった。


 リリアナの雑多な拾われものたちをまとめられるのは、あの男くらいしかいないだろう。

 自分には、子羊たちを束ね管理する力はない。

 あの男のように、なんだかんだ言いながらも信頼され頼りにされるようなことはできない。

 先を見通し、それぞれの適正と状態を把握し、指示を出すなんて芸当できない。



 ――ティアは短気だし嫉妬深いし深く物事を考える性質ではないが、直感には多少自信がある。

 そして、それなりに子羊たちやあの男、その息子たちと接触して感じたこともある。


 ヒューズは、今回の事件を起こすような男ではない。

 というか、あれの犯行だったらきっと自分がもっと早く気が付いている。

 すでに匂いも気配も覚えた仲なのだから。


 そんな風に、思った。



 今度はヘイスティングズがいったん虚を突かれたかのように停止し、まもなくああ、と声を上げて微笑んだ。


「お前の言っているのが例の彼――彼女――彼の方が正式なんだろうか? ともかく、あれのことなら、私も犯人であるとは思っていないよ。……あいつだったらこんな無駄な犠牲は出さないし、もっとうまくやるだろうさ」


 真っ直ぐにティアを見つめ、師父は言った。


「今回の事件を起こしているのは――邪眼、と私たちはそいつを呼んでいる」

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