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王城

 ばたん、ずこん、どっしーんと景気のいい音がした。


 上のレリーフに夢中になっていたら、段差に気が付かずに足を踏み外した。

 こけた拍子に、豪華な階段をごろごろと下まで落ちることになったが、転びなれているおかげか派手な音の割に痛みはない。


 彼はしばしの沈黙の後、苦労しながらなんとか立ち上がる。



 父親に連れられてやってきた王都は、すさまじい量のヒトであふれかえっていた。


 見たこともない物の群れ、聞いたことのない音の嵐、嗅いだことのないにおいの渦……。



 そういった王都の刺激に目を回している間に、あれよあれよと城門まで連れてこられた。


 次は、空に浮かぶ、まるで一つの巨大な島のような城の雄大な姿にボーっとしていると、いつの間にか中まで連れてこられた。


 それから、内部の凝った装飾の数々に目を奪われていたら、唐突に父親にここから先は一人で行けとほっぽり出され、突然の危機的異常事態に、彼はしばらく完全に思考を放棄した。



 そのうちふと見上げた天井のレリーフの中に竜を発見し、しげしげと観察する。

 複雑な魔法だか魔術だかが施されているそれらは、石造りだが命を持っているかのように動き、あちらへあちらへと天井の装飾の中を飛んで行ってしまう。


 それで、面白くなって追いかけていたら――やらかしていたのだった。



 起き上がって少し身構え、周囲の様子をうかがってから自分の様子を見てみると、一応ヒト型は保てているようだった。


 というか、戻りたくても元に戻れない魔法を、父親にかけられてしまったようなのだ。


 一生懸命ヒト型を保つ練習をさせたのに、最終的に無意味だったんじゃないかと彼は思ったが、父親には父親の考えがあるのだろう。弟のセリフの受け売りの言葉だが。



 ――そんなことはどうでもいい。


 ヒト型はいちいち挙動が慣れていなくて、たいそう動きづらかった。いつもなら、竜の恰好をしていても、服を着なくても怒られないのに。



 彼は顔をしかめて、着飾られた衣装を引きはがそうとしたが、寸前で、王城ではこれをつけていないといけないのだと父親に言われたことを思いだした。


 でないと、魔王様にお叱りを受けるぞ、どうなってもしらないぞ、と。


 魔王というのは恐ろしいヒトだと聞いていて、それに叱られるというのはあまりいい気持のするものではない。


 それに、いつも彼に好きにさせてくれ、彼をかばってくれる両親がいない上に、ここは魔人のテリトリーなのだ。出がけの弟の嫌なセリフがよみがえる。


「アウェイだよ、アウェイ、兄上! 変なことしたら、竜肉にされちゃんだからね!」


 ――想像して思わず背筋がぶるっと震えた。


 首を振ってその幻聴を追っ払い、引き裂こうとしたシャツをなんとかして元通りにし、もぞもぞと窮屈な服を直しながら、彼はようやく問題解決のための思考を始める。


(……へんなことする前に、なんとかして父上のところに戻らないと)


 竜肉は絶対嫌だ。


 しばらく考えた後にその結論にまで達すると、ふわりと目を閉じてあたりの気配を探った。


 聴覚、嗅覚、触覚、そして超感覚を駆使して彼は父親を探そうとする――。




 ――と、彼はようやく、自分が妙に静かな場所にいるのだと知った。静かすぎるのだ。


 さっきまであんなにヒト、ヒト、ヒトのごった煮だったのに、この近辺には、城門などで見かけたいかにも身分の高そうな魔人も、城内のそこらじゅうに畏まっていた召使風の獣人も、誰一人として出てくる気配を見せない。


 そういえば、派手な音を立ててずっこけたのに、見張りだとか下働きだとかがまったく飛んでくる気配がなかった。


 このあたりの空間だけ、特異的にまったくヒトがいないのだ。随分城の奥の方だから、もしかして使っていない区域にでも迷い込んだのか――。





 ――いや、少し離れた場所に、誰かいる。


 それを感知した瞬間、首筋がざわりと逆立った。本能が警戒を促す。



 ……なんだろう?



 彼は少し迷った後、思い切ってその存在に近付いてみることにした。相変わらず警戒はしていたが、それよりはるかに、行った方がいいと彼の直観が命じていたのだった。



 慣れない二足歩行でよたよたと無駄に広くて長い廊下を移動し、やがて彼は他の場所に比べると随分と控えめな、小さい門にたどり着いた。


 それは大人の魔人が一人ようやく入れるくらいの大きさで、よく見るととげのある蔦をかたどった形をしていた。蔦のところどころには、花びらがいくつもある、特徴的な花があしらわれている。


 ばら、というものだと彼は思い出した。


 エッカが魔人が好む花なんだと前に言っていた気がする。

 とげとげしていて手入れが大変だが、見た目もきれいだし香りもすばらしいのだ、と。


 薔薇はいろんな色をしていた。赤、黄色、白、ピンク、青……。そして薔薇に彩られたツタの門は、入口からアーチの道を作って向こう側へと続いている。



 そっと覗き込んだそちらは随分奥へと続いているようで終点が見えないが、さらさらと何かが流れる音、そしてぽちゃん、と水が跳ねる音がうっすら聞こえた。


 彼はゆっくりバラの門たちの中へと足を踏み出す。トンネルのようになっている花々の下を順番にくぐりぬけ、やがて門の終わりに至った。


 そこはけして広くはない、中庭のようだった。



 見上げた天井は夜空だったが、よく見れば模倣で、偽物の星の光がきらきらと輝いている。

 星々はゆったりと、ある一点を中心に回転しており、時折流れ星がきらきらと走る。


 弟が、魔人は魔法や魔術で面白いものを作るんだ、と言っていた言葉がよみがえる。


 竜からすると、偽物の星空を作って何が楽しいんだという気がしないでもないが、見事だと言わざるを得ない出来である。


 視線を下に向ければ、アーチから続く道は中庭の中心に続いている。うっすらとその終点の部分だけ煙っているが、シルエットと音からして噴水があるようだった。


 ゆっくりと近づいてみれば、噴水の水も星々と同じようにゆったりと回転する様子がうかがえた。


 だけでなく、水はくるくると回りながらその姿を絶えず変えている。ある時は円、ある時は放物線、そして直線……。それらの組み合わせ。

 キカガクモヨウ、これまた弟の言っていた言葉が蘇る。



 さらによく見てみると、噴水が流れ込んでいる池の淵に誰かが座っているようだった。おそらく水の中を覗き込んで、片手をつっこんでいる。


 小さなその人影は、水をすくってはどこへともなく放つ。水しぶきは手から放たれると、そのまま地面に落ちずにふわふわと泡のように漂っている。


 魔法だ、と彼は直感した。


 放たれた幾多の水は、ゆっくりとあたりに浮かんでいる。降ってきた雨を止めたらきっとこんな光景になるのだろう。


 濃い霧とでも形容しようか、それが遠くから見えた煙の正体だった。空中に揺蕩う水しぶきたちは、天井の光を受けてきらめき、まるで星々が降って来たかのような錯覚を覚える。



 思わず彼が誘われるかのように踏み出した瞬間、星々の雨は終わり、きいん、と音がしてたちまち水しぶきは池に戻っていった。


 霧が晴れ、人影がゆっくりとこちらを向く。



 それはおよそ、彼の出会ったことのないようなタイプのヒトだった。



 顎のあたりで切り揃えられている、ブロンドと言う単語のお手本のような見事な金の髪。

 肌の色も滑らかで、うっすらと光沢をはなつ控えめな金色である。

 こちらを見つめ返す、と言うか睨み返す瞳も見事な金色だった。



 それらは薄暗い庭の星々の輝きを受けて、宝石のように燐光を放っていた。


 すごい。


 彼の率直な感想である。


 見た目や恰好からしてたぶん、彼より少し下くらいの魔人族の少年――たぶん貴族――のようだが、とにかくきらきらしい。


 物珍しさに思わずしげしげと眺めていると、これまた見事な金のまつ毛が数度瞬かれ、やはり金の眉が歪む。


「誰だ、お前。なぜここにいる」


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