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阻む

 いつのまにか口調がほとんど子供のころに戻っていた。

 リリアナはティアの言葉に瞬きし、それから眉根を寄せる。


 ああ前にもこんなことがあったような、とティアは思い、口元がみるみる緩んでいった。


「念のために確認しておくけど、お前はまだ、私と結婚したいと思っているのか?」


「もちろん。そのために俺は今ここにいるから」


「……でも、お前、その――」


「なに?」


 リリアナは一度黙ってから、ありったけの期待とほんの少し不安をこめた彼の顔に、しぶしぶ口を開く。


 これも前に見たなあ。ティアは知らず知らずのうちに幸せですっかりだらしない顔になっていたが、如何せん本人からは見えていない。


「だから。結構いい感じに脱皮したんだから、モテるんだろ? 引く手あまたなんだろ?」


「えっ」


「いや、そのリアクションはおかしいだろ。だって、黒龍だし、雄だし、御前試合で見たけど結構強いし、私が雌だったら絶対放っておかない。さぞかし子どもがほしいと思っている相手はいっぱいいるんじゃないのか。そういえばテュフォンの跡継ぎは雌になったそうじゃないか。

――だから、そういうことなんだろう。わかってるから」


 心なしかリリアナの機嫌は悪い。

 彼は一体何がそんなに気に入らないのかと内心首をひねると、その顔を見てリリアナがはた目にも苛々しながら捕捉した。


「だから。昔と違ってちやほやされるようになったんだから、里で雌たちの相手をしなくてもいいのかって」


「なんで?」


「なんでってそりゃ、お前は竜だし」


「竜だから、何?」


「何って、まだわからないのか!? 私なんかより相応しい相手がいっぱいいるだろうし、どうせもう色々済ませてるんだろってことだよ!」


 叫ぶように言ったリリアナの目は気のせいだろうか、うるんでいる。

 一方のティアは、困惑した顔から一転、晴れやかな笑顔に戻った。


「なあんだ、リリアナ、俺の貞操を疑ってたのか」


「――いや待てちょっと言葉がおかしい」


「正しいよ。ねえ、リリアナ、約束したじゃないか。

俺の伴侶は死ぬまで――いや、死んでもリリアナただ一人。他の雌なんて全然気にしないから。あ、もちろん雄もだし、なんかそういう定義に当てはまらない奴もだから。

安心して、俺がそういう気持ちになるのはリリアナだけだよ。リリアナにしかときめかない、その気にならないから!」


 リリアナは強烈な違和感を感じる。


 なぜだろう。奴が言ってることは小さなころと同じで、とても嬉しいことを言われているはずなのに、一方でここは突っ込みどころな気がする。一体何がおかしいんだろう。

 待てよ、そういう気持ち? どういう気持ちだ。ときめく――ときめきのことか? いやときめきってなんだ意味が分からん。


 と、彼女が一生懸命考えている間にも、ティアは続ける。


「大丈夫、確かに時々声をかけてくる奴はいるけど、全員断ってるし、力ずくでって奴はみんな静かになるまで返り討ちにしてるから。何も心配はいらないよ」


「あ、うん――いや、それはどうなんだ、ちょっと待て! 静かになるまでってどういうことだ!」


「普通は威嚇いかくすれば帰ってくれるんだけど、まあ、あんまりうるさいとちょっと噛みついておとなしくなってもらう必要があるから――あ、心配しないで、死人は出してないから!」


 は、ってなんだ。全然大丈夫な気がしないが、こいつの家族はどうしているんだろう。昔ならともかく、今のコイツのちょっとって一般人の重傷に値するに等しいんじゃないか。今度家族に会って話してみる必要があるな、とリリアナが考えている間に、ティアは再びしっかり彼女の手を握っていた。

 それはもう、しっかりがっしりと。


「だからリリアナ、結婚しよう」


「え。いや、その、あれ?」


「それとも、嫌なの? だったらダメなところを言って。すぐに直すから。俺、リリアナの言うことなら何でも聞くから」


 ティアは無自覚だが、瞬間その顔から表情が消え、目が据わる。

 尋常でない気配が漂う雰囲気に、いまさら危機感を覚え始めたリリアナは後ずさりしそうになるが、何分両手を結構強めに握られているのでうまくいかない。


 というか、ほんの一瞬動いただけでちょっぴり空気が冷えた気がしたので、即座にこれはやってはいけないと判断した。


 彼女は目を泳がせながら、問題解決に向けて思考を始める。

 とりあえず、なんか答えなければ。


「いっ――嫌では、ない、けどっ、その。ちょっと気が早いっていうか、なんていうか」


「ああ、まだ未成年だったっけ。……もう十分だと思うけどな」


 そう言いながらティアは、密度の濃い視線でもって彼女の角をじっと見やる。

 普段なら、彼女はそうされることをあまり好まないので文句の一つや二つ言っているところだが、なぜだろう、今は余裕がない。


 ぼそっとつぶやかれた低音に思わず身体がびくりと反応し、リリアナは自分を叱咤する。

 何故震える、しっかりしろ、私。び、びびってなんかないぞ。これはちょっとあれだ、寒かったから身体が。

 誰に向かってかは知らないが、勝手に言い訳まで始めている。


「い、いや、その、まだだろ、外見的にも。そりゃ、角は生えたけど、体形こんなんだし。――身長は少しは伸びたけど、ほら、昔とあまり変わってないだろ?」


「そんなことない。ずっとずっと大人っぽくなったよ。前だって十分だったけど、益々きれいになった。まあ、待てって言うなら待つけど――うん、リリアナのためなら、頑張って我慢するから」


 今度はしっかり鳥肌が立った。

 リリアナはさりげなく奮闘の末に引き抜いた片手で無意識に腕をさする。


 ……おかしい。子どもの頃と言ってることは大差ないはずなのに、何が違うんだろう。これも脱皮のなせる効果なのか? 

 それと、気のせいだと思いたい。なんでこんなさっきから、私の頭の中で危険信号が鳴り響いているんだ。なぜここで、ハイと言ったら碌でもないことが起こるような予感しかしないんだろう。


 微笑んでいるのに目が据わっているティアの顔に、リリアナはひきつった表情になった。



 ――その時だった。いきなりティアが動き、何者からかリリアナを庇うようにして立ち――すぱん、といい音がした。


 我に返ったリリアナが状況を確認すると、頭に何かぶつけられたらしくそこに手をやっているティアと、そして近くに転がる片方の靴、さらに入口の方からつかつか歩いてくる知り合いを見て、何があったか把握した。


 それにしてもあそこから投げたのか、術は感知できなかったしどれだけコントロールがいいんだろう。そしてこいつにはいくつ特技があるんだろう。

 そんなことを考えているうちに、赤茶色の髪の男ヒューズは二人の近くまでやってきた。腰に手を当て、笑顔を向ける。


「はい、そこまでです。時間切れ及びちょーっと調子に乗りすぎかな」


 男の声を聴いた瞬間、ティアの瞳孔どうこうが細まり、竜のそれになる。喉の奥からは僅かながら唸り声も聞こえるし、穏やかではない様子だ。

 リリアナは慌てて彼の横に立つ。


「ティア、大丈夫だ。こいつは私の部下のヒューズ。ヒューズ、わかってると思うけど、こっちがティアだ」


「――ま、そうですね。セオドア=ヒューズと申します。リリアナ様に拾っていただいて、今のところ侍従の一人としてお仕えしています。これからよろしくお願いします、シーグフリード殿」


 竜はひとまず唸るのはやめたが、友好的に差し出された手に対する反応はない。たしなめるように彼女が声をかけると、しぶしぶ、心底嫌そうに応じた。

 その露骨な態度に、男はむしろ楽しげな表情を浮かべている。


「ヒューズ、もうなのか?」


「陛下の警戒かいくぐっただけでもほめて頂きたいくらいですけど。さすがに魔王、異変には敏感ですね」


「無駄なところで勘づくな……」


 リリアナはため息をついてから、ティアに向き直る。きちんと目があって、瞬時にティアもしゃんとした。


「ティア、ごめん。今日はここまでだ。それと、これからもあまり頻繁には会えないと思う。お父様がうるさいし」


「リリアナ……」


 傍らでヒューズがくいっと眉を吊り上げたが、リリアナは一瞬睨んでから、今度は自分からティアの手を握った。


「ティア、もちろん約束は覚えているよ。それに私だって応じるつもりだ。だけど、こうしてもう一度会えたからすぐに結婚できるわけじゃない。――今までもすごく頑張ってくれただろうに、さらに苦労を掛けることになると思う」


「大丈夫だよ。リリアナがいるなら。今度は近衛として頑張ればいいんだよね?」


「そういうことになる。……相変わらずぼっとしてるようで変なところで察しがいいなお前」


「リリアナ様」


 ヒューズが声を上げ、リリアナはそっとティアから身を離した。


「ティア、悪いけど時間がない。ヒューズについて行ってくれ。なんか妙に敵対心抱いてるみたいだけど、私の部下だし、悪いようにはしないから……しないはずだよな?」


 自分で言っておいて不安になったらしいリリアナに言われ、ヒューズは肩をすくめる。


「殿下の仰せのままに。さ、こちらへどうぞ」


 正直、本能がこいつは敵だと告げている相手と行動を共にするのはかなり嫌だったが、他でもないリリアナの言うことなので彼は従う。

 庭園を出ていく間際、最後に一度だけ名残惜しげに振り返ると、リリアナは行け、とジェスチャーしながら言った。


「また、今度」


 その言葉を聞いて、今度こそティアは迷いなく、ヒューズの後ろについて出て行った。

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