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晩餐会

 ティアが案内されたのは、王城の中の特に奥の方にある一室だったようだ。

 というのも、幼いころにリリアナに引っ張られて歩いた辺りに近い場所に、侍女に導かれてやってきたからである。


 おそらく王族のプライベートな空間なのだろう。最終的に案内された部屋も、昔見たことのあるところと似た作りをしていた。


 ただ、今回は部屋の中心に長方形の机が置かれ、彼は既に座っている魔王の向かい側に誘導されて腰掛ける。

 互いの間は物をやり取りするにはそれなりに振りかぶってから投げて受け止める――つまり、キャッチボールの必要がある程度に遠い。椅子が10個くらい並べられそうだ、彼は目算でちらっとそんなことを思った。

 それくらい広いのに、並べられているのは人数分の三脚のみである。


 リリアナも王のすぐ近く、王の斜め右前、彼から見て左側に座っていた。

 やっぱりこんな時も変わらず男装で、つんと取り澄ました、つまらなそうな横顔が見える。


 椅子10個の距離は遠いが、それでも会えないよりはずっと近い。

 彼はそう自分に言い聞かせて沸き上がる不満をなだめた。


 机の周辺には蝋燭ろうそくがともされているが、そのほかの部分は全体的に暗く、背後で数人が動いている気配がするが顔ははっきりとは見えない。

 竜の特性を使って目を夜型に変えればそこそこ見えるのだろうが、別にそうまでしなくても、せいぜいこの場にいるのが給仕と必要最低限の近衛だけで、事前に聞いていた通り本当に公式行事にしては相当ささやかなものなのだなと感じるくらいだ。


 ただまあ、当然と言うか少数精鋭だからか、この部屋に集まっている脇役たちは結構な手練れが多そうだった。

 武術大会の優勝者を招くのだから、万一があっても大丈夫なものだけが集まっているのかもしれない。


 ――ふと、前に感じたにおいを察知して、彼はふっと目を細める。

 しつこく睨みつけていると、給仕の一人がびくっと肩をはねさせて、こっちにしぶしぶ目を合わせる。


 ――怒らないでよ、何にもしないって。ほんとだよ。追い出されたら、僕パパ上に絞められちゃうんだから!


 頭の中にそう響いた後、そそくさとその一人は部屋の隅っこに引っ込んでいった。彼もそれ以上は追わず、用意ができたらしい王がしゃべりだしたのでそちらを向いた。



 王の勝利者へのねぎらいの言葉とともに、晩餐会は始まった。


 見たこともない料理の数々が、次から次へと運ばれてくる。

 そのどれもが、複雑で繊細な盛り付けで、割ったらさぞかしいい悲鳴が聞こえそうな気合いの入った皿に鎮座している。


 ティアは今こそ訓練の折に叩き込まれたテーブルマナーを思い出し、最大限感謝していた。

 あの夫妻はすぐにティアがあまりものを考えない方だと理解したから、頭ではなく体に覚え込ませてくれた。

 音を立てず、皿を上げず、適切にたくさん並べてあるナイフだとかフォークだとか、そういったものから使うものを選んで食べる――そういったことを。


 実は今までにない種類や量の多さに、最初の料理が出された時点で茫然ぼうぜんとしたのだが、食事前の挨拶が終わった途端にリリアナがお腹空いた、的なことを呟きながらさっさか動いてくれたので、それを慌てて真似まねた。


 彼女は慣れた手つきで小さなフォークとナイフを手に取り、ゆっくりと前菜をつついた。

 上品な皿に鎮座している、これまた上品で繊細すぎて全く以てどう扱ったらよいのか見当がつかない三つのかたまりの上をふらっと彷徨さまよっては、少しずつ、少しずつ口に運んでいる。

 即座に目で動きをコピーして全能力でもって同じく挑む。

 細長い皿の右端のピンクの塊を口の中に運ぶと――オイルと酢をかけた魚の刺身だったらしい。それの味が口いっぱいに広がって、ようやくちょっと落ち着く。


 もしかして庇ってくれている……! のかと思って目だけでハートマークを飛ばしてみるが、気のせいだったのだろうか、彼女はけしてこちらに向こうとしない。

 無心で自分の皿をつついている。が、ティアが食べ始めると少し食べ方がスピードアップした気がした。


 そしてなぜだろう、ふと視線をそらすと魔王の表情がやっぱり渋い。

 娘をなんだか悲痛な目で見ている。

 当然のように、リリアナはそれをスルーしている。



 そんな少しだけヒヤッとしたことはあったけど、出された品目の数々はさすがに皆美味しい。

 彼は雑食だし特に好き嫌いもないので、全部きちんと食べきっている。

 強いて言うなら新鮮な生物なまものの方がずっと美味しいのに、なんでこんな手間暇をかけるんだろうとぼんやり思う程度だ。



 ちらりとうかがったリリアナの料理は、自分や魔王に比べると半分ほど、随分と量が少ないようでちょっと気になったが、そういえば彼女はかなりの小食だった。

 課題をしながら一緒にお昼をつまんだことを思い出す。

 用意された皿の上に積まれた色とりどりのサンドイッチから、彼女は厳選して2つだけ選ぶとそれでもう満腹になっていた。


 ちなみに残りは全部彼の胃袋に収まったのだが、実は大部分を彼女が手ずから与えていたなんて知ったら、あの頃ならともかく、今の父は確実に泣くだろう。本人の感覚としては、雛鳥に餌を与えているようで面白かったからなのだが。

 意地悪に目の前で上に下にほれほれと振って見せられ、ティアはそのたびにぴいぴい鳴いてねだったものだった。そしてリリアナは満足するまで彼の鳴き声を堪能してから、ようやく一切れだけくれる。


 今思うと結構ひどい。それとも、とってこい! と投げられなかっただけ良心的だったのだろうか。



 彼は一応自分が正常にふるまえているようでほっとする。

 今のところ、特に険悪な空気にはなっていない。


 あまり他人のことを気にかけるのは得意ではないが、リリアナのことなら別だ。

 賢い彼の父親は、ほかは気にしなくていいから(というか気にしろと言っても息子ができるとは思えないので)リリアナの機嫌だけは把握しておけ、そう言い含めた。

 姫君が眉をひそめるようなことがあったら、すぐに何か無礼があったか聞いて改める。そうすれば、多少の間違いはあってもなんとかなるだろう――と。


 彼は自分の一挙一動に気を払いながら、同時に全力でリリアナの空気を感じ取っていた。

 それだったら昔もやっていたことだし、大して問題はない。


 彼女は相変わらずの無表情で、彼にはとてもまねできない優雅な仕草で食事をとっていたが、最初のころは厳しくこちらをうかがっていた気配が多少和らいでいる。


 しばらく横で課題ができているか見張っていて、大丈夫そうだと判断した時と同じだった。

 だからたぶん、これでいいのだ。



 本来なら和やかに会話が弾むはずの晩餐、しかし王からティアにかけられる言葉は少なく、しばしば周囲にとって気まずい沈黙の時間が訪れた。


 王は確かに、昔ほどではないにしろティアの事をよく褒めるし、料理は口に合うか、その強さの秘訣ひけつはどこから、などと無難に勝利者への言葉をかけているが、ティアはきちんと父親に散々言われたとおり、簡潔に短くしか答えなかった。



 とてもおいしいです。それと父親と特訓しました。

 そうか。特訓とはどのような。

 ひたすら殴られたり術をかけられたり切られたり――。

 そ、そうか。それは、その――痛かったのではないか。

 まあ多少は。

 嫌にはならなかったのか。

 立派な男になりたかったので、その程度の事は問題になりませんでした。

 さ、さようか……。



 もちろん失礼にならないようには彼なりに気をつかっていたが、言われるまでリリアナの話題は絶対に出すな、お前からも声はかけるな、でないとせっかく会えてももう二度と会わせてもらえないぞ、父のその一言は大きかった。


 先ほどの質問も、本当に正直に答えるなら、立派な男になってリリアナに褒めてもらいたかったので、とか、リリアナの事を考えたらまったく痛みなんて気になりませんでした、などと、順調に王を真顔にさせるようなセリフになるわけである。


 なので、彼は王に簡潔に答えると、黙って咀嚼そしゃくしながらリリアナをじっと見つめる。

 そんな彼に咳払いして魔王が何か質問する。

 何度かそんなことを繰り返し、あらかた食事も片付いた時だった。



 まったく会話を膨らませる気のない彼の返答のせい(もちろん膨らませたらすぐボロが出るからに決まっているのだが)か、そろそろ王は彼にかける言葉もだいぶなくなってきていて、いったい何を話そうか、そんな風に考えている。


 ――そんな時、今まで二人の会話を聞いているのかそうでないのかもわからない、ただもくもくと食べ物を片づけていただけだったリリアナが声を上げた。


「お父様」


 彼女の声は相変わらず凛として良く響く。

 どこかとがめるような調子のそれに、王は目を見開き、直後視線を泳がせる。


「姫や。我は一通りの話はしたはずだが」


「一番重要なことをお聞きになっていないでは御座いませんが、それもわざと」


 そっけなく、しかしちゃんと仕事しろと明らかに圧力をかけているリリアナの言葉に、王は少しだけ抵抗したそうな顔をしてから、すぐにため息をついてティアの方に向き直る。


「――勝利者よ。なんぞ、我に望むことはあるか。叶えられることならかなえよう」


「本当に、言ってもいいですか」


 彼はエッカのアドバイスに従って一度確認を取る。

 周囲の空気が若干揺れ、王が警戒するような顔になった。


「――叶えられることなら、であるしな。最大限その言葉は尊重させてはもらうが、無理なこともある。それはわきまえていてほしい」


「では、俺の望むことは一つです。そして、それをかなえられるのはあなたではない」


 空気が変わった――具体的には室温が下がった気がするが、彼は一気に最後まで言い終える。


「リリアナ様。お約束通り、戻ってきました。御前試合も勝利して、俺は立派な男になりました。あなたが望むなら、竜の姿だってすぐに見せましょう。ですから」


 金の瞳が今こそしっかり彼を見つめたのを確認して、言う。


「ですから、あなたのお側に。――あなたの一番側に。それが今も変わらない、俺の望みです」

その頃、会場から送られてくる実況放送を見ている野次馬たちの感想

「すげえあいつ真正面から行ったぞ」

「わーい修羅場修羅場」

「はしゃいでないで準備しろ」

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