はやる気持ち
見事御前試合を勝ち抜いた勝者に与えられる、王族との会食――晩餐会。
そもそもの始まりは、先代魔王の時代にまでさかのぼる。
退屈しのぎに闘技を主催した先代魔王は、まあ命がけなんだし立派なものをもらえないと釣り合わないだろうということで、勝ち残った者には好きなものを与えると宣言し、有言実行した。
取り立ててほしいと言った人物にはそのようにしたし、奴隷の身分を脱却して静かに暮らしたいと言ったらやはりそのようにした。
ただし、唯一どの勝利者によっても叶えられることがなかった望みがある。それは王の死だった。
王はそれを望まれるといつでも嬉々として応じた。多くは闘技の相手として降り立ち、自らは何をするでもなく挑戦者の刃を受け続けた。
そしていつも決まって最後には、やっぱりお前もか、と失望した表情になり、死ぬかあきらめるかした挑戦者を見捨て、玉座に悠々と帰っていくのである。
先代はそう言う男だった。
当代魔王は即位と同時に、先代の残した蛮行を正そうと努めた。
彼は闘技にはルールを設け、殺し合いではなく互いの力を高めあうスポーツに変えた。
その頃には国王主催の闘技は民の娯楽の一つとしてすでに定着してしまったので、いきなり廃止するのではなく、娯楽の種類を変える方向に持って行ったのだ。
蛇蝎のごとく父の全てを嫌っていた王だったが、坊主憎ければ袈裟まで、を感情のままに実行してしまうほど愚かでもなかったのだから。
また、闘技の安全性を高めると同時に、勝者への報酬も会食の場で自由に発言を許すと言う形に変えた。
さすがに父のように相手の言ったことをそのまま叶えてやると言うのはリスクが大きすぎたが、個人的に意見を聞くと言うことであれば、無理なことは無理と断れるし、可能なことならもちろん協力は惜しまない。
何より、大事な民の一人の言葉を直接聞いてみたい。
――そのようなことから、今の仕組みは出来上がった。
ちなみに、もともとは王があくまで個人的に勝利者を労い、二人で杯を交わすと言うものだったが、王が三人目の王妃――つまりリリアナの母親を迎えてから、王妃も同席するようになった。
リリアナの母親は公私ともに王を支えた人物だったので、いつの間にか自然と一緒にいるようになっていたし、王の思いもよらないやり方で勝利者の要望に答えられることもあったのだ。
その名残か何かか、現在は皇太子であるリリアナも同席することになっている。
――噂によると、彼女はあまり乗り気ではないようだが。
どうも、一度勝利者にそれとなく口説かれたことがあり、それがよっぽど嫌だったらしい。
その時は王が笑顔三割増しですぐに話題を変えたし、相手も分をわきまえていたのか深入りはしなかったようだが、明らかにその後のリリアナの機嫌は悪く、ついでに晩餐をともにすることを渋るようになったらしい。
そんなこんなをエッカから聞いたティアは、とりあえずその口説いた勝利者とやらに出会う機会があったら二度とリリアナの前に出て来られないように顔を潰しておこう、そう心に誓っていた。
口説いたと言っても、女性服がさぞかし似合うだろうに何故着られないのですか、そう言っただけみたいだけどねー、とエッカはフォローしたが、それは煽り立てる言葉でしかなかった。
リリアナが嫌がってくれてよかった。
これで頬を染めたなんて話だったら、再会した瞬間どこかに連れ去って行ってしまうかもしれなかったから。
彼女をそういう目で見る男がいるなんて、許しがたい。
お前たちよりずっとずっと前に、俺がもうその言葉をかけたことがある。
俺が言ったって嫌がったのに、俺以外の誰かが言って、それでリリアナが従ったら――。
彼の無言の闘志に、大体の事情を察したらしい妹は、やっぱり兄上ってへんたーい、と手の届かないところまで走って行ってから囃し立てた。
今度は窮屈な服を着させられようが、いろいろおめかしをさせられようが、ティアは全く気にしなかった。
リリアナにもう一度出会えると言う大事に比べれば、そのような些事、取るに値しない。
「兄上ー、変態の思考が顔に出てるよー」
妹が横から声をかけるが、反撃は訪れない。
彼女は兄の前で手を振ってからため息をついた。
「すごーい。なんだろう、読心術とか全然なくってもさー。兄上が今、お姫様といちゃいちゃしてる光景を全力で繰り広げてるんだってこと、僕すっごくわかるよ。こんな幸せそうな兄上、久しぶりだもん。
ねー父上? すごいよねー、この顔」
話題を振られたテュフォンの顔色は明らかに悪く、なぜかひどくげっそりとした趣である。
というか、やつれている。
「エッカ、お願いだから儂の頭痛をこれ以上ひどくしないでおくれ……」
「あっ、兄上が笑った! 何その顔気持ち悪い! わかった、今、不健全なこと考えたでしょ。ダメだからねー、相手はまだ未成年なんだから」
「ジーク、嘘だと言ってくれ。そんな目で姫君を見るなど――。
いや、無理なことは無理だな。わかった、言わんでいいから、口にも行動にも出さんでくれ。
せめて姫君が成人するまで待て、な? ――後生だから!」
「でも、ダメダメばっかじゃ、なんだかなあ。父上、逆にセーフなことってないわけ」
期待をこめた息子の眼差しに、テュフォンは目を泳がせてから、しどろもどろに答える。
「……許可を得たうえで、手をつなぐとか、かの?」
「何そればっかみたい。そんなんじゃいつまで経っても進まないじゃん」
エッカがばっさりと切り捨てるが、父親は一瞬だけ傷ついた顔をしたのち、立ち直っていつもの厳めしい顔になる。
「エッカよ、我々竜とは違うのだぞ。彼らには彼らの掟がある」
「大体念入りに慣らさなきゃ入らないっていうのも、面倒な構造だよねえ。
――え、何、兄上。その方がいちゃいちゃできるから、それは全然かまわないの? むしろ楽しみなの? わー、さっすがー、僕、あっこがーれちゃーう。
あ、うん、ピンク色の計画については、口にしないで頭の中だけで反芻してもらえるとありがたいなー。大体やり方教えたのは僕なんだから、それ全部僕だって知ってるし。感謝してよねっ。
――ま、兄上の変態は放っておいてさ、父上。ヒトってさ、なんでそんなに経験の有無にこだわるんだろうね? 減るもんじゃあるまいし、そこまで大騒ぎしなくてもいいじゃんか」
「……彼らは減るのだ。何か、大事なものが」
あまりに直球な娘と息子の会話からの自分に対するフリに、一瞬答えを放棄しかけたテュフォンだが、一応最後の一言にだけは返しておく。
ふーん、とエッカが声を上げる横で彼もぼんやりと首を傾げる。
竜と言う生き物は一般に、丁寧に言うなら多夫多妻、ぶっちゃけると乱婚社会だ。
雌は受け入れるまではかなり厳しく雄を品定めするが、一度受け入れてしまえばその後も要求に応じる。
また、一人に純潔を捧げるなんてこともない。
気に入った相手が複数いれば、当然その全員と平等に関係を持つ。
子どもができたら、父親の方は母親が適当に心当たりのある相手から指名する。
余談だが、指名される雄が必ず実際の父親であるとは限らない。
種をもらうならあいつ、子育てを任せるならこいつ、のように完全に雄を分類して使っている雌もいる。
エッカが幼い頃、雄になるなら強いか気配りができるかのどっちかに長けていなければ伴侶が得られないと兄に語って聞かせたのはそういうことなのである。
それではどうやって実際の関係を見分けているのかという話だが、なぜか実の親子同士は互いをそうと感知する。兄弟もまたしかりだ。
エッカはその辺の事情を近親相姦予防センサーと呼んで兄に説明し、慎み深い父親から大いに顰蹙を買った。
元祖魔法生物ゆえか、謎の多い生態である。
ただ、より多くとの関係が推奨されるのは未熟な若いころだけであり、一度でも子どもを作った経験があるか、ある程度年を取った後なら、その後の人生の過ごし方は自由だ。
誰かに一途だろうが無関心だろうが、相手が異種族だろうが同性だろうが、まったく文句は言われない。
さすがに未成年相手だけは竜の倫理としてもアウトなのだが。そもそも子どもの竜はできる作りをしていないので、よっぽどぶっ壊れた頭をしていなければ、大人が未成年相手にその気になることはない。
ついでに言うと、竜にとっては童貞だとか処女だとか、経験人数はあまり気にされない。申告すれば相手が多少行為に及ぶときに気をつかってくれる、その程度である。
父親経験か産卵経験は重要視されプラス要素となるが、別段未経験がネガティブな意味を持つことはない。
だから魔人が経験のあるなしで大騒ぎするのが、彼らにとっては理解しがたい。
エッカのように、童貞処女の一つや二つ散ったくらいで何も減らないじゃん、と言う感想を抱くのが大体だ。
ティアの方は、エッカの仕入れてきた怪しげな無駄知識を自分なりに解釈した結果、要するにリリアナの初めての相手が自分で最後の相手も自分で、一生自分だけなんだと幸せな結論に至ったので、その後は全く思考していない。
――ちなみに、そんな風にいろいろと貴重なお話を聞かせてくれる、優秀な竜であるところのエッカの経験についてはお察しだ。
彼女の子どもの父親になりたい雄はいくらでもいるので、成人を済ませてからこちら、相手に困ったことはない。たぶんこれからも一生困らないだろう。
「どいつもこいつも、ねちねちねちねち責めるんだからもー、僕疲れちゃうよー。噛むのはしょうがないけどさー、噛み痕で競わないでほしいよねー? 同じとこにみんなして上書きするんだから、うー」
と兄に文句を垂れながらも、雄竜が甘い声で呼びに来ると、よっぽど機嫌が悪いか体調不良の時以外、エッカはほいほいくっついていく。
なので、まあそういう奴なんだと兄も流している。
相手も妹も楽しそうだし、勝手にやっていてくれ。
そう思いつつ一方で、自分も早くリリアナとあんなことをしたいと横目で窺っていたこともある。
エッカは開放的な性格なので、まあいろいろとオープンと言うかなんというか、兄が隅っこでじーっと自分達の様子を観察していても全く気にせずお楽しみなさっていた。相手の竜も、修行中なんだとエッカが説明するとあっさり受け入れた。
竜の社会は自由で大らかなのである。
絡み合う影の動きを頭に叩き込みながら、彼は自分の時をシミュレーションした。
噛み痕を残したら、やっぱり彼女は嫌がるだろうか? ――なぜだろう、想像したら胸がどきどきしてきた。是非、やってみたい。それで、やっ! とか言ってほしい。
そんな妄想に勤しんでいる彼を熱っぽい目で見つめ、周りをちらちらうろついていた雌たちはさっさと脅かして追っ払った。
リリアナの事を考えているときに、邪魔をしないでほしい。
気持ちが一気に冷めるから。
――そんな風に、彼は順調に自主訓練を重ねていったのだった――。
ティアがもわもわと頭の中で過去を振り返っている一方。
妹から変態変態、と称される義理の息子を、テュフォンは複雑な思いで眺めていた。
確かにシグムント、お前の息子だとわかって嬉しかったし、お前に似た雄に長じたこともそうだ。
だが、なぜそこまで継いだ。
というか、変態箇所ばっかり似ているんだ。
むしろ、異種族相手に未成年の時からずっとと言う点では、息子の方が上級者と言う気がしてきた。
これは父親が生きていたとしても、文句を言うレベルなんじゃないか。
シグムントだって、例の北部の雌に入れ込む前は、それなりに経験があったはず。
そういった思いがふっとテュフォンの頭をよぎり、新たな頭痛を与える。
それともあれか、これは母親の方に似たのか。
母親も母親で、弱い男と番うくらいなら死んでやるとシグムントに会うまで男を知らず、番ってからはシグムント一筋だった変わり種と聞く。
それとも、珍しくやる気を出したからと、ついついこっちも本腰入れて鍛え上げたのがいけないのだろうか。
あの時一笑していれば、こんなことにはならなかったのか。
いやしかし、それではとてもこんな立派な雄には脱皮しなかっただろうし、そもそもの間違いは王城に上がったことなのでは――。
重たい頭で考え事を続けていると、エッカが兄に何か吹き込んでいる声が聞こえる。
「兄上、だからさ。Aはオッケー、Bは微妙、Cはアウトってことみたいだよ」
「……エッカ。これ以上変な知恵をジークに授けてくれるな。
そしてジーク、この子の言うことを真に受けるでない!
まったく、最近のお前ときたら、儂よりエッカの話ばかり聞きよって。
なあ、ジーク。お願いだから、よく姫君と話をして、彼女の言うことを聞いておくれ。最低限、それだけは守っておくれ。
いいか、他の事はもう仕方ないから、姫君の言うことだけはちゃんと聞くのだぞ!」
彼がその部分をきちんと聞き届け、こっくりとうなずくのを見て、テュフォンはおお、と宙を仰ぐ。
「ああ、晩餐に出席の権利があるのが、優勝者ただ一人ということが悔やまれる……。
いいか、ジーク。昔のように、なるべくしゃべらないで陛下の話を聞いておるのだぞ。今回は儂が助けてやれん。くれぐれも、余計なことを言ってくれるなよ。
――そこでそのぼっとした顔になるのは止せ、お前のために言っているのだ!」
普段はしっかりどっしりしているテュフォンだが、なぜだろう、今は油断すると目から涙が零れ落ちていきそうである。
対して元凶は涼しげな顔をしている。
「大丈夫だよ、父上。兄上がポカしても、姫様が守ってくれるって、兄上の事、まだ好きでいてくれるんならね」
「だからエッカ、もう何も言うな。お前が何かしゃべるたびに儂の頭痛の種が増えるのだよ、先ほどから」
案の定、妹がしゃべった瞬間に不穏な顔立ちになった息子――たぶんこれは、絶対に大丈夫だから余計なことを言うなとエッカを脅す顔だ――と、普通の感性を持つ生き物なら間違いなく怯むところを、笑って流し、なあに兄上? と怪しげに眼をきらめかせる娘。
そして無情にも、ご用意ができましたのでこちらに、と呼びに来た侍女。
頑張ってねー、兄上ー! といつも通り気楽に送り出すエッカとは逆に、どうか何も起こしてくれるな、と切に願うテュフォンだった。
そしておそらくその願いが打ち破られるのだろうな、と言うことも予想して、彼は最悪の事態を覚悟した――。




