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閑話:晩餐の準備

 ヒューズが部屋に入ると、既に先に集まっていた者たちがこちらを向く。


「会長、遅いっす」


「君と違って多忙なんですよ」


 にぱっと白い歯を見せる若者に答えてから、ヒューズは自分の席に着き、おもむろに考え込むような両手を組んだポーズをとってみせる。


「さて、諸君。我らが同胞どうほうたちよ。ゆゆしき事態だ」


 そこで区切ってから、ぐるりと丸い机を囲む知り合いたちを見回す。ごくり、と誰かがつばを飲み込んだ。


「先日、御前試合で勝ち抜いた勝利者のことは、皆もう知っていると思う。明日がその報酬である会食――晩餐会ばんさんかいの日、なのですが……」


 ヒューズはきらり、と大真面目な顔をして目を光らせる。虹色に光るそれに驚くものはこの場にはいない。

 全員、彼の正体は知っているか察している。


「まず間違いなく何かが起こりますので、みんな覚悟しておいてね」


 にっこりと微笑んでから言うと、一斉に机の面々はため息をついたり同じような笑顔になったりと、先ほどまでの緊張はどこ吹く風、各自が好きなリアクションをとった。


 一番酷い者は机に脚をかけてすらいるが、それに対して茶化ちゃかすように軽く声をかける者はいても、とくに気にした風はない。基本的には皆が皆好き勝手にふるまうし、あまり他人を気にする者もなかった。


 ――例外としてスペンサーはさっきからぴくぴくと蟀谷こめかみを引きらせていたが、どうせ彼が口うるさく言っても聞く相手ではなし、むしろ騒ぎを起こしたスペンサー本人がヒューズにいろいろ言われるのが落ちなので、今は大人しく黙っている。

 後でフリータイムになったら絡む気満々なのであろうが。


「会長ー。っていうか、本当なんすか? そのヒトがリリアナ様の昔の知り合いって」


 先ほどの男がぶんぶんと手をふって言うと、控えめに向かい側の女性も言う。

 ――彼女は女性にもかかわらず、近衛の証であるよろいとマントを身に着けていた。


「我々の中で最も早くリリアナ様に召し上げていただいたのは、ほかでもない貴殿ではございませんか」


「前から思っていたけど、あなたは是が非でも僕を会長と呼ぼうとしないですね。もう決まったことでしょうに。何をそんなに意固地いこじになっているのやら、近衛のフィリスどの」


 呼ばれた女性はぴくっと肩が跳ね上がる。


「私の事をなれなれしく呼ぶのはやめていただきたい、ヒューズ殿。それに私は、貴殿が会長だなんて認めないからな!」


「あーはいはい。スペンサーと言い君と言い、なんでそんないつも全力なのかね」


「僕のことはどうでもいいです、会長。お願いですから放っておいてください」


「そっすよあねさん。そんな怖い顔しないで、せっかくの美人が台無し! 笑って、ほら笑って!」


「――誰が姐さんだ、馬鹿にしてるのか!」


 向かい側の男は、女近衛がだん、と机に両手をつくと、ひっと身をすくませる。その隣の落ち着いた風の男が声を上げる。


「落ち着け、キャロル殿。ニコ、お前も煽るな」


 男の風貌ふうぼうはその毛むくじゃらの容姿から顔立ち、そして勇ましい体躯たいくにそれを包む重厚な鎧に至るまで、いかにも威圧感たっぷり、確実に何人か手にかけているといった様子だが、眼だけはアンバランスに人畜無害な光を宿している。トラの顔に子猫の目を張り付けた、といったかんじだろうか。


 一方、さーせん、と答えた男は一見すると誰よりも普通に見えるが、被っている召使めしつかいの帽子を取れば、彼もこの場に交じるには随分と特異な外見をしている。

 ヒューズと似たような外見だが、彼の場合耳が丸い。つまり彼は短命種だった。


 そう、この広い円卓を囲む種族は、魔人を初めとして獣人、ナイトメア等の長命種――それらは純血もいれば混血もあり、はては短命種まで混じっているのだ。

 男も女もいれば、リリアナと同じくらいの随分若いもの、ヒューズのように年齢不詳なもの、トラ男のようにそこそこ落ち着いた年のものまで、ありとあらゆる種類の人物がいる。


 彼らこそ、皇太子リリアナが各地から集めてきた拾われものたちなのである。


「それで話を元に戻すとですね。君だって見ていたでしょ、ニコ」


「そうですのよー。リリアナ様ったらなんて大胆なのかしらー。勝った瞬間、お席を飛び出して行かれてしまいましたのよー」


「言葉を交わしたのは一瞬だったが、どう見ても知己ちきだろう、あれは。我々の誰一人見たことのない相手だったが、お二人は互いによく知る間柄だったようだ」


 ヒューズに続いて席のあちこちから声が飛ぶと、短命種の青年ニコは目を輝かせた。


「それじゃ、秘密の花園伝説は本当だったすか……!」


「ニコ、その名前が定着したと知ったら、殿下は泣くぞ」


「あれっ、ダメっすかね?」


「本人の前ではやめて差し上げろ。またグレて引きこもるかもしれない」


 トラ男の言葉には、眼鏡をかけた魔人の女性がのんびりと答える。


「殿下が引きこもっても、私はあまり関係ありませんけどねー。本の整理で御一緒致しますしー」


「ズルいぞこの文官め。お前あれだろ、この間殿下がうっかり寝ぼけたところにも遭遇したって話じゃないか」


「おすすめの最新作に夢中になって徹夜して、おねむでしたのよー。お目目をこすって、だあれ? って、うふふー。もう少しで抱きしめて撫でまわしてしまうところでしたわー、その前に覚醒されてしまいましたけれどもー、チッ」


 それまでほんわかふんわり喋っていた彼女の語尾に、一瞬だけ場違いな舌打ちがはさまれた気がしたが、きっとそんなことはない、聞き間違いだと大方は結論付ける。

 拾われものたちのスルースキルは平均的に高い。


「あっ、ずるいっす! どうせ抜け目なく魔術式撮影機カメラ使って記録済みのはずっす。おれっちにも殿下の寝ぼけ顔見せるっす!」


「だめですのー。本当は秘蔵コレクションですけど、特別に女子会員一同だけにお見せしますのですー。男はだめですー」


 眼鏡の文官がんべっと舌を出すと、部屋のあちこちから女性たち――一部男性も混じっている気もする――彼女を称賛する声が上がる。


「さすが天才の文官! よくやった!」


「キャー文官様素敵!」


「殿下の無防備な顔が見られるなんてうふふふふ……」


「あらいけませんわそこのお嬢様、お顔が怖いですわよあははははは……」


 中には不穏なものも混じっている気がするが、やっぱりそんなことはない。

 スペンサーだけが何か言いたそうな顔をしているが、以前に下手に口を出して女子一同から総攻撃を受けると言う痛い目を見た過去を思い出し、そのまま黙っている。


「くうっ、おれっちも会長のように自在に性転換できるなら……」


「ニコの野郎はだめですー、口の軽い男は仲間に入れてあげませんー」


「そんなあ、文官様……」


「ところで会長は女子にカウントされるのか?」


「会長は会長ですからー。どうせ隠しても無駄でしょうしー」


「賢明な判断ですね。さすができる女」


「――あなたたちは、さっきからいったい何を言い合っているのですか! まったく、もう少し殿下を敬いなさい!」


 ついに耐え切れなくなったらしいスペンサーが言い放つと、彼らはきょとんとした後、口々に言いつのる。


「だって可愛いものは可愛いんですのよー」


「スペンサー殿、私は殿下を心から敬愛しているぞ、もちろん」


「いやあ、結構きついことびしばし言ってくるっすけど、地味にそれを気にしてて、何でもないふりして様子うかがいに来るところとかもう、最高っす。

ま、ねぎらいに来てくれたのかと思ったら、仕事持ってきただけのこともありましたけどね、えへへへへへ……はあ。殿下マジスパルタ。鬼か。

たまにうっかり見せてくる笑顔にやられてなかったら、おれっちとっくに倒れてるっすよ」


「ああ、そうそう。うっかりいつものノリで殿下について語る会になってしまうところでしたね。まあ皆様いったん御静粛ごせいしゅくに」


 ヒューズが声を上げると、いったん場は静まる。


「まあ、なんと申しましょうか。いろいろ思うことはあるでしょうが、我らが殿下が楽しみにしていらっしゃる晩餐会。

ですが十中八九何かが起こる――いえ、荒れることが予測されます。

というか確実に陛下が不機嫌になります」


「不機嫌で済めばいいのですよー」


「いやだって、話を聞く限りどう考えてもアウトだろう……あの陛下だぞ。絶対心中穏やかじゃないだろ」


「最悪、晩餐会が真っ赤に染まりますね」


「いやいやいやいや、相手はテュフォンの義理の息子で、黒龍だぞ? 一応陛下もそこまで危険なことは」


「普段があれだから忘れているかもしれないが、陛下はれっきとした王家の男だ。つまり、半分はあの先代の血を引いている」


「かっとなった時の陛下は怖いですのよー? この前の事件の事、もう忘れてしまいましたのー?」


 文官の一言に全員が黙り込む。



 彼らの主たるリリアナは300歳を過ぎた。角も生えてきたし、身体は小さくて細いが顔立ちは大人びて、少しずつ色っぽくもなってきている。


 王族にとっての300歳は、一応まだ成長途中ではあるが、大人とみなせない年頃でもない。


 ――要するに、ある穏やかな閣議かくぎの最中、頃合いを見て一人がそろそろ殿下に嫁入りの準備を、と言ったのがいけなかった。

 とはいえ、別に一人の意見ではなく、臣下たちの空気を読んで代表して、その男は犠牲になったのである。



 わかりやすく結論から言うと、魔王は激怒した。


 どのくらい怒ったか具体的に言うなら、閣議があった午後から、城下に三日三晩突然の大嵐が訪れた。

 普段の城下は穏やかな天気が続き、雨が降るときも適度にさらさらと降り注ぐため、住民たちは一体上で何が起きたのかと家に閉じこもって震えあがった。

 著しく天候が荒れるとしたら、彼らの頭上の王が怒り狂っているのであろうから。


 温厚で有名な王がそこまで怒るとはいったい何が起きたのか。事情を知らない哀れな一般人はすっかりおびえきってしまっていた。


 原因が親馬鹿であることを知らないのは、彼らにとって幸せなのかそうでないのか。


 ちなみに嫁入りの準備とやらがもし軽い内容だったら、魔王は議題をスルーしただけでここまで怒らなかった。

 初夜のための準備をそろそろさせた方がいいのでは、との内容が、彼の逆鱗げきりんに触れてしまったのだ。



 当代魔王の生い立ちは、先代程ではないにしろ、けして穏やかなものではない。

 彼の母親については謎が多く、王の特別なお気に入りだったということくらいしか一般には伝わっていないが、どうも壮絶な片思いだったらしい。


 むしろ母の方は自分を産ませた父親を憎んでいた。当時まだ皇太子だった王のその認識は、母が亡くなった後の父の言葉によって益々(ますます)強化された。


 初代魔王はことあるごとに、息子のゼブルに言って聞かせたものだ。


 お前の母はけして自分を愛そうとしなかった。

 お前のことも望んで産んだわけではない。自分が強いて産ませた。

 だから身体を壊して早死にした。

 自分が殺したも同然だ――。


 そんな歪んだ言葉を聞かされ、さらに女漁りの激しい父親の背中を見て育ったことは、成人した皇太子がしばらく女性とまともにねやで過ごせなかった原因の一つだろう。

 彼には根強い、男女関係に対する不信感があった。


 もう一つの方は、ほかならぬ父親であった先代魔王が、息子が今のリリアナと同じくらいの年になった折、お前もさっさと女を知っておけと、あろうことか自分の側女(要するにいったん手を付けて飽きた女)に夜這いをかけさせたことだ。


 しかも抵抗できないように一服盛った上で、ついでに種類も覚えさせておこうとの()()()から複数名向かわせたらしい。

 おかげで初夜の儀は一応(とどこお)りなく済んだものの、皇太子ゼブルはしばらく女性不審におちいった。



 彼はその後王になって妃を迎えても、側室も取らない代わりに寝所にもあまりやってこなかった。


 事情を知っている臣下たちは、無理強いすれば間違いなくトラウマ発動になるので言うに言えず、二人の妻とはそのまま死に別れた。


 三人目をめとった段階でようやく大きな進展があった。


 もう親子以上に年が離れていると言うことで王はまったくその気がなかったのを、王妃の方が泣きながら、お願いですから務めを果たさせてください、いや王妃落ち着け、私にそんなにも魅力がないのですか、いやそういう問題では待てこれ以上泣くな頼む、ではお情けを、いやほんとうに勘弁してくれ! と言ったやり取りの末、迫って押して引いて迫らせて、彼らは正式な夫婦となった。


 だから、二人に子どもが授かった時、臣下たちはほとんど全員が泣いた。

 主に、王妃のその涙なしには語れない努力を思って。


 悲しいかな彼女はリリアナを産んですぐに亡くなってしまったが、王は彼女とその忘れ形見を一身に愛した。

 ――そこで終われば美しく完璧な物語だったが、落ちに超のつく親馬鹿が付いて現在に至る。



 王が娘に対して、その権力や魔力を総動員させて大人の知識を規制しているのは、皇太子を除いた周囲の大人たちが皆知っている事実。


 おかげで彼女は必要最低限、自分の月のさわりなどについての知識はあるが、具体的子作りの仕方なんて一切知らない。

 下手をすると、未だにキスすると出来るだとか鳥がゆりかごまで運んでくるだとか、そう言う神話を信じている可能性すらある。

 確かめると首が飛ぶので確かめられないのだが。


 しかし、いつまででもそれでは、後に苦労するのはリリアナの方なのだ。

 臣下たちは、彼女の事を思えばこそ進言し――立派に、勇敢に、玉砕した。



 親馬鹿は言った。


 ――大人になるまでそんなこと知らなくていい。むしろ結婚するまで知らなくていい。


 いやでもそれでもやっぱり苦労するんじゃ、もう一応結婚可能な時期に差し掛かってるんだし、実施なんて言わないからせめて座学を、と食い下がった勇者には、般若の笑みで答えた。


 ――結婚相手はリリアナの好きにさせる。彼女が選ぶなら、強くて頭も良くて優しくてその辺の事情も何も不自由させるはずはないから間違いはない。はい、この議題はこれで終わり。もう二度と口にするな。


 その場の全員が瞬時に悟る。


 ――この目は、最初から結婚なんてさせる気のない目だ。男なんて許す気のない目だ。

 ああなんてかわいそうな殿下、意中の相手が現れたとてこれでは一生報われまい。


 ――まあパパが怖くて余計な害虫ムシが寄ってこないことも確かではあるだろうが。




 そんなことがあったからこそ、ヒューズはこうして晩餐会の前に皆を集めたのだ。


「一応殿下もいらっしゃるから、最悪修羅場にはならないとは思いますが」


「別の修羅場になるんじゃないのかしらー」


「会長ー、それ、おれっちたち、やることあるんすか? ぶっちゃけ、見てるだけでも危なくないっすか?」


 ニコの言葉を受け、ヒューズは皆に見つめられて肩をすくめた。


「でしょうね。なので、ひとまず晩餐会は彼らで乗り切ってもらうしかありません。というかおもにリリアナ様に頑張っていただくしか。

ま、でも、見てるだけでいいんです。いえ、見ていることが我々のすべきこと、でしょうかね。


ねえ、諸君。正直、面白くないと思っている方もいるでしょう? ――我々の前に選ばれていた男が現れた、なんてね」


 室内に怪しい空気が流れる。ヒューズはにっこりと、いつもの笑顔で微笑んでみせる。


「ですから、この目で見極めましょう。会場にはなんとかして僕の息子たちが入り込めるようにしておきますから、彼らから状況報告を。そして各自判断してください。彼が、我々と共にあるべき存在か。リリアナ様に相応ふさわしい男かを。


――それと、万が一の時のために、みなさんちゃんと自分の役目はこなしておいてくださいね。リリアナ様の必要な時に出動できないようでは、お側にいる価値がありませんからね」



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