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彼女の視点:賭けと決意

 あのあとのことはあまり覚えていない。

 たぶん、結構普通にあいつのことを送り出した気がする。

 外面的には私は全く平常通りだった。いつも通り、誰に対してもそっけない。



 けれど誰もいない場所で、私は改めて自分の愚かさに打ちのめされた。



 ……なんであんなこと、口走ってしまったんだろう。

 冷静になってみればそれは、他愛ない子どもの約束としてはあまりに残酷なものだ。


 竜は獣人ですらない。身分違いなんてものじゃない。

 ――彼らは獣だ。どれだけ上手に化けようと、ヒトではないんだ。

 結婚するとかそういうレベルの話じゃない。

 そもそも、ヒトの則の通用する相手ではないんだ。


 もし、もしもティアを伴侶に迎えるとしたら――先代も竜の妾を取っていたと言う前例があるし、彼女は今でもその名が残っているほどの賢妃だった。

 唯一絶対無二の王配、と呼ばれた彼女は紛れもない竜の雌だった。


 だけどそれが許されたのは、先代がもう王の座を息子に譲って引退生活に入っていたこともある。


 ティアが求めているのは、私の正室の座だ。彼女よりも余計ややこしい。

 私だって、あれに愛人生活なんてさせるつもりは毛頭ないけど、本当に可能なのだろうか。


 それに、ここで暮らしていくなら、ティアはヒトにならなければいけない。これは絶対的な条件だ。――大空を飛んでいく翼を、私がこの手で落とすことになるなんて。

 


 ぐるぐると考えていると、しばらく顔を見せなかったティアが、ようやくやってきた。

 その顔を見て、私は悟る。あいつの中ではもう、答えは決まっていた。


 それでもなんだか説得するような風になると、ティアは不安な顔をした。



 違うんだ、ティア。私だってお前の事が好きだ。――大好きだよ。それは嘘じゃない。嘘なんて、思いたくない。


 だけど、その――だって、本当にお前の事は女の子だと思っていたし、そんな風にお前がずっと思ってたなんて、本当に驚きで――。


 そうだ。一緒にいるだけなら、無理に男になる必要なんてないんだぞ。むしろ女になるんなら、その方が一緒にいられるかもしれない。


 ――だけどお前は、あくまでも、私と添いたいっていうのか? それも、伴侶として?



 私が渋っているからか、ティアはぽつぽつと何か話し出した。それは、小さな子竜がさらに幼いころの思い出だった。


 ――そういえばこいつの父親は、数百年前に竜退治で殺されたんだっけ。


 お父様にテュフォンが話していたのを、聞いたことがある。

 とても優秀だったのに変わり者で、一途に一匹の雌だけ愛したらしい。

 テュフォンは若い雄竜を自分の子どもたちと同等にまで可愛がったけど、ただ一点そのことで仲違いして、雄竜は群れを出ていってしまったのだとか。


 ――己の殺戮への欲求を満たすための獣退治なんかで彼を奪われて、どれほど憤ったことだろう。せめて弔ってやろうと探し回ったのに見つけられず、どれほど無念だったことだろう。


 生きている間にかけるべき言葉があったのに。テュフォンはそう、嘆いた。


 偶然とはいえ、その血を引く子どもと出会って、白子だとしてもどうしても見捨てられなかった。父親と同じ色の目で見られたら、連れ帰るしかなかった。

 ――そんな風に、語っていたっけ。



 こいつが生まれる前に死んだって言う話だから、てっきり父親の事は知らないんだと思っていた。

 テュフォンもいつか聞かれたら話そうとは思っているみたいだけど。


 ――そうか。お前にも、一つだけその思い出があるんだな。

 それでお前は、名前も姿も知らない父親に出会ったのか。

 ――父を想う母の方じゃなくて、死んでも想われる父の方に、憧れたんだな。


 ただまあ、私はお前の母親とは違うからな。


 先に死なれるなんてごめんだぞ。

 そんなことされたら禁術使って蘇らせるかもしれないぞ。

 お前を殺した相手なんて、獄舎につないで死なないように調整して完全に気が狂うまで追い込んでから北部の荒くれ者の中に置き去りにするぞ。

 絶対に許さないからな。



 ――しょうがない。


 それじゃティア。ちょっと目を閉じてろ。


 ……。


 全然なってなかったから、今日は翼が通る用の服じゃないんだよな。

 ちょっと改造するのに時間がかかる。


 だけど、いくらお前だからって私の裸を晒すつもりはないからな。

 お前の裸は散々剥いたからちょっとは見たけど、べ、別にいいよな。お前は竜だし。恥ずかしくないだろ? 私は恥ずかしいんだ。だからいいんだ。



 やっぱり翼を見せても、奴はあくまでもうっとりした目をする。だんだん恥ずかしくなってきたので言い訳を口走るけど、あまり気にした様子はない。


 ――ああ、私もようやくわかった。


 獣がどうした。ヒトがどうした。

 この小さな子どもは、初めて私の前に現れた光だったんだ。初めて私が望んだ相手だったんだ。

 輝く瞳で私を映して、私を綺麗と偽りのない言葉で言った。

 この姿を見ても、嫌な顔をしなかった。

 側にいてほしいと思うのは、当然の事じゃないか!



 まあ、一足飛びに伴侶って言いだされたのは、さすがにあれだけど。



 っていうか伴侶って、よく考えたらずっと一緒にいるんだよな。

 食事一緒なのはまあいいとして、寝室一緒で風呂とかも一緒に入るのか。


 ……それって大分恥ずかしいことじゃ? 

 まずくないか私。

 いくらこいつ相手でもできる気がしない。


 というかこいつの無邪気な天然攻撃に四六時中さらされたら耐えられる気がしない。しかもそうだよな。夫婦になるってことは、私いずれはこいつの子ども産むってことになるんじゃ――。


 え。子ども?


 

 ……。



 ば、馬鹿! 私の馬鹿! 気が早い! 

 っていうか竜って卵生だろ、無理だろどう生まれるんだよ。

 卵産むのか私。え、どうやって。


 あ、でも先代が前例作ってるから一応交配は可能だほんとあいつ碌な事しない――じゃなくて、うわああああ! なんでだすっごく恥ずかしくなってきた! そんなことを考えている私自身に! あほか!


 も、もういい行けよティア! さっさと行ってしまえ! もう知らない!





 そんなかんじで、ちょっと微妙な最後だったけど、私は子どものティアと別れた。

 ティアには言わなかったけど、あいつの決意を見て私もちょっと賭けてみることにした。


 タイムリミットは私の成人まで。


 もしあいつがそれまでに帰ってこないとか、戻っては来たけど雌だったとか、脱皮しても私の伴侶になるのが無理そうたったら――私は魔人らしく、相応しい方と結婚して、公のために生きよう。

 二度と自分の気持ちなんて、出さない。


 だけど、もしもその前に、あいつがきちんと成長して帰ってきてくれたら。

 そうしたら、少しだけ素直になってみよう。


 たとえ困難な道を歩み、歩ませることになったとしても、お前をただ一人の夫にすると誓おう。


 待ってるから、ティア。私の隣がお前の居場所なら、ここは空けて待っているよ。

 それは私の居場所でもあるんだから。

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