彼女の視点:約束
その日もいつも通り、課題をやり損なったティアに持ってきた服を着せて私は満足していた。
やっぱこいつ、女顔だ。なんでこう、頑なに認めようとしないんだろう?
だってあれだろ、いずれ幼馴染に嫁ぐんだろ? そういう話であってるはずなのにな。
だけど、からかっただけの些細な一言で泣かれたときはどうしようかとかなり焦った。
悪かった、ティア。お願いだから泣かないで。お前の嫌がることなんてもうしないから。
服は着せるけど――だって私の数少ない楽しみだし、悪く思うな。
――で、何だって。今なんて言ったこいつは。男がいいだと?
まあそれはひとまず置いておくとして、ちょっと種族の違いを確認しておこうか。
あのなあ、お前たちと違って私たちは生まれた時から同じ性別なんだ。羨ましいぞ、まったく。選べるなら私だって男を選んでる。だってこの顔、致命的に女物が似合わないんだから。
……いずれはドレスも着るけどさ。私だって一応自分の立場は分かってるつもりだから、わがままは子どもの時だけって決めているし。
はあ、その時のことを思うと憂鬱だ……。
それでなんでこいつはそんな熱心に勧めてくるんだ。
やっぱお前あれだろ、なんか変なフィルターかけてるだろ。前から思ってはいたけど。
……それが嬉しかったことは事実だけどさ。
よし、それじゃ話を戻そうか。男になりたいなんて初耳だ。もしかして幼馴染とうまくいってないのか?
ははあ、あれか幼馴染は幼馴染、そういう相手じゃないってことか。
まあ物語にもよくそう言うの出てくるし、わからないでもない。家族っぽくなっちゃって、逆に恋人として見られないんだよな、うんうん。
そうすると誰だ、お前の想い人は。
そりゃあこいつ、一応もう年頃だもんな。初恋の一人や二人いてもおかしくない。
――いや別にそんな、興味なんてないぞ。面白くなんてないぞ。
ただ、こう、やっぱり気になるものは気にな――。
な……。
…………えっと。
なんだろう、今、あり得ないことを聞いた気がする。
よーし、落ち着こうか。そうだ、王宮育ちの鉄仮面を思い出せ。いけるいける。私今大丈夫。
うん、わかってるよ、ティア。
お前は私の初めての友達だし、こんな私に良く付き合ってくれているし、それは私もとても感謝していて、それであれだ、こう、まあ、そう、そう! 友情だな、友情は、ずっと続――。
く……。
……。
……。
あれ。おかしいな。なんか見たことがあるぞ、こういう光景。確か巷で有名な恋愛小せ――。
待て。待て待て待て、お、落ち着くんだリリアナ=デビ=サタン!
ず、ずずずっと一緒に居たいっていうのはこう、いろんな意味を含む曖昧な定義であるからにして畜生さっき友愛は否定されたばかりだろいい加減にしろだったら憎悪か嫌悪か嫌がらせか駄目だこいつの無邪気な目には一点の悪意も見られな本当に落ち着いてくれ私の頭。
おいどういうことだ。どういうことだ! 誰か状況を説明してくれ!
そ、それはまさかとは思うけど。
まさかとは、思うけど、つまり。
こ、こここ、こく、はく! してるんじゃ、ないだろうな!
この私に、よりにもよってこの私に!
……あり得ない。
断じてありえない。
いやだってあれだぞ私こんな子どもだぞ相手だって子どもいやさっきもうお年頃って考えなかったっけどうでもいいとにかく私にコイツがそんなこと言うなんてありえないそうだこれは夢だ白昼夢だよし、落ち着いてもう一度聞きなおしてみよう。
そうだ、今のお前の言葉はな、魔人業界ではプロポーズと判断されてしまう悪質なものだったぞ。
だからさっさと訂正して否定して誤解をと――。
ちょっとまてなんでそこでそれだ! とばかりに顔を輝かせる誰がお婿さんだアホか女顔の癖に!
いやしかもそこで嫁の発想に飛ぶな、そりゃ普通にお前は可愛いだろうけどいや違う、そういえば竜って子ども産んだ後なら別に同性愛でも全然大丈夫な種族だったってそれも違う、私が男装しているのは別にそういう趣味があるからじゃない。
そういった世界の住人を否定するつもりはないけど、私自身は至って普通の異性愛者だ、たぶん! 正直恋とかしたことないから断定できないのが悲しいけど! 普通に百合本読めるけど、それとこれとは別――よし、私のいつもの冷静な思考よ戻ってこい。だから落ち着け私!
そうだこいつはアホだった。
よし宥めよう。高ぶってる私の心ごと宥めよう。
つまりだな、ティア。魔人と言うのはこう、制約の多い種族であるからして、夫婦は一対一なんだよ。しかも一生。
まあ建前だけど。貴族連中とか後宮の仕組みとか大分矛盾してるけど建前はそうだから、うん。
な、わかるだろ? 千も万も生きる種族なんだ、そりゃあいくら愛しい相手だって、さすがに飽きる。
それにお前は竜じゃないか。
竜って乱こ――ごほん! 多夫多妻だっただろ。
種族としてもおかしい選択じゃないか。
それになんだ。プラスアルファして、私だぞ。この私だぞ。
そりゃブスとは誰も言わないけど、あんまりこう、可愛いかんじの顔立ちじゃないし、ご覧の通りの変な色合いしてるし、翼生えているし――あ、こいつ竜だから翼の事は気にしない、駄目だ。
いや、そうだ、お前あれだろ、うろこのない相手なんだぞ肌湿ってるんだぞ抱き心地違うだろ目を覚ませ。
な、やっぱりあれだ、一時の気の迷いって言うか、若気の至りって言うか、うんまああれだ、聞かなかったことにしておいてやるっていうか――。
だ、か、ら、なんで! そこで! 食い下がってくるんだ、いい加減にしろ!
いつもの素直なお前はどこに行った!
で、でも――そうだよな。ティアは私に嘘つかないし――わ、私だって、そりゃあ、本当は恋愛結婚とか憧れて、別にティアならそう、悪い気持ちはしないというか――。
待て。揺らぐなリリアナ。
これでも一応第一王女だろ。皇太子だろ。
思い出せ、私が結婚する相手はこいつじゃないんだ。それに別に、こんな風に熱心に口説かれても、ちっとも嬉しくなんか――。
……………………。
駄目だぞリリアナ。ここは互いのことを考えて、しっかりお説教してやらなければ。
ちゃんと私がどういう立場なのか説明して、それで諦めさせなければ。
でなければ、辛い思いをするのは、わかってるんだから。
――あれ。
――おかしいな、なぜだ。
なんでもっと強く言わないんだ。
お前は竜、私は魔人の姫。一緒になんてなれっこないって。
なんでこう、わざとわかりにくくオブラートに包んで、しかもこう、希望を持たせる言い方してるんだ私。
何が不可能じゃないだ。なんで無理だからあきらめろって言わないんだ。
待て、この言い方だとまるで私が奴の気持ちを確認して試して、奴がオッケーなら自分もなんて流れになってないか。どうしてこうなった。
待って。私の口、閉じてくれ。
浮気なんて絶対許さないとかあああ、止せ、馬鹿なこと言うな!
これ完全に私も告白してるじゃないか! なんで!?
ああでもあれだ、さすがにこれには引いただろ、ティア、頼むからストップかけてくれ、せめていったん考えるとか保留とか。
それでいったんちょっと私も熱を冷まして――。
あああああああああ!
ティアの、馬鹿! 大ばか者ー!
しかも、なんで乗せられて私までダイナミックに口説いてるんだアホか! 何やってるんだリリアナの馬鹿!
残念ながら私だこれ! 本当に残念すぎる!
……なんだろう。気がついたら勝手に喋ってるぞこの口。
おい待てやめろなんでここでそんなこと暴露するんだこれ以上私を辱めないでくれ。
何がしたい私。これ以上わけわからんことをわめいて、本当に何がしたい。
――何って、それは。
――ティアと一緒に居たい。私だって。
――私だって、ティアが、す――。
………………………………。
違う違う、こんなの違う! こんなの全然本音なんかじゃない! こんな気持ち知らない!
おまえがほし――あほ、か! よくもまあ、ぬけぬけとそんなセリフを!
誰だこんな恥ずかしいこと思いついた奴。私だ! もう殺せ! 誰か私を今この場で殺してくれ!
しかもこれ、いつこの体勢になった、なんで抱きしめあってるんだ私たち!
……もうやめよう、考えるの。なんだか、すごく疲れた。何と闘ってたのか知らないけど、全部やめよう。
――そして私は、しばらく完全に思考を放棄した――。
一方でティアが、決定的覚悟を決めてしまったとも知らずに。




