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妹の不安

 テュフォンとエッカの予想通り、それから何度王城に足を運んでも、王はティアをリリアナに再会させる気はないようだった。


 謁見はしてくれるし、リリアナ以外の話題なら穏やかに快く話してくれるが、彼女の事になると途端に口を閉ざしてしまう。わかりやすいと言えばそうであるが。


 彼がリリアナについての情報を知り得たのは、おしゃべりなエッカが使用人や城下の誰かをつかまえて聞き出してきたからだった。


「え? 竜なのに快くしゃべってくれたのかって? 


兄上、まずは獣人から肩慣らし、それから魔人の好奇心の強いヒトに聞けばいいんだよ。竜は珍しいんだから、本当はみんないろいろ知りたいはずだもん。


それにねそれにね! やっぱ他種族にもいいところはあるね、兄上! 竜の雄にはない魅力があるっていうか。あ、もちろん雌もね。なんであんなにやわらかいんだろう、あのヒト達? 


だからね僕、兄上が魔人でもいいって思った気持ちがほんの少しわかったって言うか、気持ちは分かったけどやっぱり兄上はマニアックな変態なんだなって再確認できたって言うか――ちょっ、やめ、わかった、わかったってば!」



 そんなこんなで、彼の知らないところでいろいろ楽しんできたらしいエッカは、嬉々としてリリアナについてのうわさを聞かせてくれた。



 彼が来なくなってからすぐに、彼女は引きこもり生活をやめてヒトビトの前に出てくるようになったらしい。


 最初は出てくると言っても、公務の時に一緒に父親が連れ歩いているという感じで、本人が何かアクションを起こすことは少なかった。金の髪に金の瞳は珍しかったから、それだけで話題には事欠かなかったようだが。


 それから少しして、彼女は社交場などで数人の貴族に声をかけるようになる。

 パーティーが始まって間もないころには父親が重用している臣下たちと少し話しているが、ふっとお付が目を離すとどこへともなく消えてしまう。


 終わると王の隣に何食わぬ顔で帰ってきているが、いなくなっていた間に、それこそ品行方正な由緒ある家柄の子息から、初めて王城に上がった田舎者、果ては両親から将来を案ぜられている問題児にまで、ふらりと現れては声をかけていたことが発覚するのだ。


 彼女と話した数人は、気難しい方でなんだか不思議なことを言われた、だとか、思ったよりも気さくな方で話しやすかった、とか、これまた一致しないことを言うので、ますます周囲は首をひねる。



 そのうちに、彼女の行動範囲はどんどん広がる。

 王城の中から城下へ降りるようになったらしいのだ。


 さすがに城下で彼女を見かけたという情報はないが、隙を見ては侍従たちの目をかいくぐって出かけ、どこをうろついていたのかいろいろと持ち帰ってくる。

 王はたいそう心配して何度か説教したらしいが、彼女は父親がどれほど監視を強くしても出かけて行った。


 ちなみにこの行動は、彼女の祖父にして最初に魔界全土の統治に成功した偉大な先代、サタン王とまったく同じらしく、そのことでも王は心配しているらしい。

 何せ初代魔王は、統治者としてはなかなかすぐれていたが、個人としては人格に問題ありまくりな人物で、実の息子である当代魔王にいくつものトラウマを植え付けた相手なのだから。


 そしてそのサタン王の行動をさらになぞるかのように、彼女はある日拾い物をして帰ってきた。


 それが、今現在彼女の第一の部下であるヒューズと言う男らしい。


 王はたいそう驚き、当然のことながら男を追い出そうとしたが、リリアナのたっての望みで、また、王のいくつか困っていた問題を瞬く間にこの男が解決して実力を示したため、しぶしぶ許したんだとか。


 以来リリアナはどこかへ出かけるときはその男を伴っていき、種族、年齢、性別問わず様々な人材を発掘しては、抜擢したり引き抜いて連れ帰ってきたりしている――。



「というわけらしいんだけど……兄上大丈夫?」


「……何が?」


「いやだって、まずくない?」


「だから何が?」


「だってだって……男なんだよ、お姫様の第一の部下。しかも独断で引き抜かれてきて、どこの誰とも知らない怪しい素性なのに、実力はあるから王城に居座ってられるって――兄上、これ、もしかしなくてもライバルなんじゃないの?」


 彼がん? と言いたいような、わかっていない顔を続けているので、エッカは呆れた顔になって翼をばさばさと羽ばたかせる。

 成人した彼女がやると、すさまじい風が起こって周囲の物が吹き飛んだが、二人ともあまり気にしない――。


「もーう! だからねー、兄上! 兄上が陛下に再会を妨害されているこの間にも、姫様に別の男が接近してるかもしれないんだよ! 危機感とかないわけ!?」


 一拍遅れてから彼は、ああ、と納得したような声を上げる。そのあまりにのんきな調子にエッカが言いつのろうとするのを遮って、彼は言う。


「エッカ。だけど、リリアナは俺の伴侶になりたいって言ったんだ」


「ちょっと兄上、だから――」


「リリアナは、約束は守るヒトだった。だから今でも待ってくれてる、心配いらない」


「どんだけお気楽なの!? もう兄上が最後に会ってから、100年くらい経っちゃってるのに! 兄上がお姫様と遊んでた期間と同じくらいの長さ、経っちゃってるんだよ? 心変わりとか考えないわけ!?」


「リリアナは、俺が浮気したら生きたままばらすって言ったんだぞ? それに、魔人は結婚できるのは男も女も一人だけなんだ。リリアナは俺と結婚するって言ったんだから、ほかの男なんて迎え入れない」


 エッカははたり、と動きを止めると、身を震わせて縮こまった。


「僕さー、なんか、兄上の事怖くなってきたー。これ絶対普通じゃないって、ずっと目が据わってるし。

どうしよう、本当にライバルがいたら、血の雨の予感しかしないんだけど。いや、竜としては正しいけどね? 兄上の場合、なんか必要以上の流血を見そうって言うか、相手がミンチになりそうって言うか」


「エッカ、俺だってちゃんと考える。リリアナが殺すなって言うなら殺さない」


「それ殺さなければ何してもいいって考えてる目! うわあああん、怖いよー! これが100年前だったら確かに純粋で可愛いだけだったかもしれないけど、今の状態だと殺伐としすぎてるもん! っていうかなんか狂気すら感じる!」


 エッカが半泣きで大騒ぎしているのに、彼はふうと息をつく。


「約束なんだ。俺はそれに命を懸けたし、リリアナだってそう。だから俺が今しなくちゃいけないことは、会いに行くことだけだ」


「あー怖い。あーもーすっごい怖い。これどうしよう、姫様がお戯れのつもりだったりしたら。

僕さー、万が一ふられても、ここまで立派な竜なんだから引く手あまた、行き場には困らなくて大丈夫だと思ってたんだけど、そういう問題じゃなかったんだ。

なんかよかったかも、僕が兄上の相手じゃなくて。これ絶対変態の思考だもの」


「――エッカ、ことあるごとに俺の事変態呼ばわりするのはやめろ。お前に言われるとなんか無性に腹が立つ」


「事実だもん。――あっ、あっちに父上! かかったな、兄上のおばか!」


 彼が一瞬指された方向に目をやった瞬間、妹は彼の手の届かないところまで逃げ出していってしまった。



 テュフォンが神妙な顔をして彼のところにやってきたのは、それから間もなくだった。


「ジーク、お前、御前試合に出るといい」


 父はそう切り出して、父は彼に言い聞かせる。


「年に一度、王が軍の状態を確認し、またその力を誇示するために公開訓練を行うのだ。来月がちょうどその月だ。


御前試合は訓練のおまけのようなものだが、そこで実力を示して軍に昇格したものもいる。


何より、勝ち抜いて優勝した場合は、王族との会食の権利が与えられる。――要するに、姫君と再会できるかもしれぬということだ」


 彼が即座に出ると返事をした横で、エッカは父親にこそこそと耳打ちしている。


「父上、大丈夫かな。兄上さ、やる気出しすぎて血の海作っちゃうんじゃないの」


「心配いらん。――いいか、ジーク。姫君と会うためには、ただ勝つだけではいかぬのだぞ。

相手の命を奪うことは許されぬし、戦闘不能にするのは良いが再起不能にするのは極力控えることだ。今のお前が強いことは無論のことだが、その力をむやみに振り回すような輩なら、姫の御前には上がれぬのだからな」


 少し間をおいてから、要するに治る怪我を作るだけなら、いくらでもボコっていいのかと判断した彼はうなずく。妙に晴れやかな顔の彼に、エッカが横でもう知らない、とため息をついた。

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