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不穏

 新しい身体は以前よりずっと彼に忠実だった。空を飛ぶのは前よりずっと楽だったし、より高い場所に上り、より早く飛び、より正確に動くことができた。


 彼はひとしきり竜の身体で大はしゃぎすると、ヒトの姿での生活も試してみた。

 基本的には問題なかったが、以前より格段に力が強くなっていたので、しばらくは握ったり触ったものをすべて破壊した。

 これではいけないとまたも涙ぐましい練習を積んだ結果、気合を入れれば普通に物は持てるようになった。


 そのことを様子を見に来たエッカに得意げに言うと、普通逆じゃないの? と首を傾げられた。


 また、前よりも体が大きくなっているせいか、慣れないうちはどこかにぶつかった。

 特によく頭をぶつけたので、これ以上馬鹿になったら死んじゃうよ兄上、と妹に言われる。


 彼はすぐさま走って行って蹴りを入れようとし、空に逃げられた。成人した彼の突っ込みは入れられると死活問題なので、妹の逃げ足も素早くなっていた。

 他の竜に何言われても無視してるくせに、こんなところで親しみを表現しなくてもいいのに! と妹はわめいていたが、懲りずに何度も軽口をたたくので彼も手を出し続けた。



 成人した彼はシーグフリードという立派な名前をもらった。


 本来の発音だとジークフリートだから、彼の呼び名はティアからジークへと変わった。しばらくはそう呼ばれることに慣れなかったが、ティアと彼女以外の誰かに呼ばれなくなったのは嬉しかった。


 エッカの方も、ブルンヒルドという大層な名前をもらったが、身体の色のせいか時々ブルーとも彼女は呼ばれていた。

 彼は相変わらず妹をエッカと呼んでいたし、それで向こうも返事をしたが、ほかの竜たちは仮にも次のテュフォンである彼女を幼名では呼べなかったのだろう。


 成人してからは、今まで彼を避けるようだった周りが急に寄ってくるようになった。特に、雌の熱い視線が鬱陶しかった。


「しょうがないじゃん、兄上」


 エッカは周囲の野次馬をしっしと尻尾をしならせてけん制しながら――彼女は相当のんきだが、怒ると怖いのでみなぱらぱらと逃げていく――彼に言う。


「だって、今までは白子もどきだから誰も相手にしなかったけどさ、脱皮したらこんなに立派な黒龍になっちゃったんだもの。

テュフォンの名前を継ぐべきなのは兄上の方じゃないかって話もあるんだから」


 彼が驚き、同時に迷惑そうな顔になるとエッカは苦笑する。


「まあ、そんなもんだよ。だって強いものが強い子をたくさん残す、それが竜の正義だもの。でも兄上はもう先約があるんだもんねー、ほんともったいないなー。兄上、ここは予行練習としてだね。一人か二人誤っちゃってもいいんじゃない? どうせ兄上、練習しないと超へたくそだろうし。


――うわあ、危ない! だ、か、ら! 子供のころの感覚で小突かないでよ、今の兄上、馬鹿力の塊なんだから! 僕はただ、万一ふられても居場所はあるから、安心して全力で当たってきてくれて大丈夫だと――。

わーん、兄上のばーか!」


 エッカは彼が何かする前に空中へ飛び去っていく。彼はすぐに後を追い、しばらく兄弟は空で追いかけっこをしていた。



「まったく、お前たちときたら。未成年のころとあまり変わらぬではないか」


 テュフォンは二人を前にため息をつくが、片方がぼんやりした顔、もう片方が全く小言を気にしていない顔をしているのを見ると、さらにもう一度息を吐く。


「よいか。これから魔王陛下に、お前たち二人の成人のご報告とご挨拶に向かおうかと考えていたところなのだ。おとなしく、行儀よくするのだぞ」


 はーい、と弟が返事する横で彼は胸を高鳴らせる。

 ――王城に行くなら、リリアナとも会える! ようやく、ようやく会いに行けるんだ。

 頬の緩んだ彼に、父は優しい顔でうなずいて見せた。



 エッカは着飾られてぶーぶー言っていたが、彼にとってこの程度の事はもう問題ではない。


 が、久々の服はやはり居心地が悪かった。今の彼ならうっかりで全身の服を弾き飛ばしてしまえる。そんなことが起きるような事態がないようにと彼が念じていると、父親が横から彼の服に破れない魔法を施していた。つくづく気の利く親である。



 久々の王都はやはり騒々しく、相変わらずさまざまなものに満ち溢れている。彼が何気なく懐かしい道のりを歩いていると、意外とおとなしくしているエッカが横にやってきた。


「兄上、僕たち目立ってるみたいだよー。ちらちらちらちらヒトの目がいっぱい」


 そうか、と彼は無関心に生返事する。エッカは肩をすくめて隣を歩いていたが、不意に周囲の気配がざわめいたので、彼はふう、と息をつく。


「エッカ、止せ」


 くすくすと妹は笑う。大方この悪戯好きは、見えないところで彼らに脅しでもかけたのだろう。


「――つまんないの。みんなして目をそらしちゃって。一人くらいかかってきてくれたら、おやつぐらいにはなるのになあ」


 ぼそっと妹は言うのを彼はたしなめる。


「相手にするな。お前が竜肉になるのが落ちだぞ」


「知ってるよ。だから、ちょっとからかっただけで済ませてるんじゃん?」


「そういう態度は、ますます野蛮人扱いされる」


「ヒトのしきたりにご堪能だね、さすが兄上。でも一応僕だって予習はしてらい。大丈夫、陛下の前ではちゃんとするよー」


「……俺だって嫌で嫌でたまんないんだ」


「なのにここで暮らしたいって言うんだもん。ホント兄上の考えてることは分かんないや」


「お前も本気で誰かを好きになったらわかる。リリアナがいれば、ほかの事なんてどうでもいいんだ」


 ひゅー、と妹は嬉しそうな顔をした。


「相変わらず言い切るね。ああ、ちゃんとお姫様に会えるかなあ。僕、すっごく楽しみ」



 久々に会った魔王は、娘と一緒にいないせいか大層落ち着いた、魔王らしい大人に見える。父は一通り近況報告してから、彼とエッカを促した。


「陛下、こちらが先日成人した娘と息子になります。青い方が跡継ぎのブルンヒルド、黒い方がシーグフリード」


 エッカと彼は、道中でさんざん言われていたとおりに頭を下げる。


「ああ、そうせずともよい。これはまた見事な竜だ。このような鱗の艶、見たことがない。二人も恵まれるとは、幸運だな、テュフォン殿」


 王は彼らに顔を上げさせて、感心したように言う。エッカと彼は横目で笑いあう。王はふと父の方に向き直った。


「しかし、ブルンヒルドの方がテュフォンを継ぐと? 黒龍の方ではなく?」


「シーグフリードは養子ですので、ブルンヒルドが儂の末息子でございますよ」


 王はなるほど、とつぶやいた後に、おや、と停止する。


「……時にテュフォン殿。かの白い竜も、いい加減成人を済ませたのではないか?」


 父が笑みを深くする一方、なぜか王の表情は相変わらず笑顔だが徐々に硬くなっている。


「お忘れですか、陛下。随分と様変わりしてしまいましたが、頬の模様に見覚えはございませんか。以前陛下と殿下にお褒め頂いたそうですが」


 王は彼をまじまじと見る。


 身体や顔にうっすらとある竜の模様は、ヒト型になっても反映され、だから彼の場合両頬に刺青のような模様がある。

 彼と遊んでいた時にリリアナがよくその部分をなぞってかわいい、と言っていたし、娘がほめたものを父親がほめないわけがなかった。


 ――未成年のころとまったく同じ形をしているそれを、王の視線がゆっくりと認めたようだが、なぜかその額にはうっすらと汗が浮かんできている。


「た、確かに……いやしかし……では、この男が、あの……ティアである、と?」


「そうでございますとも、陛下」


「だ、だがその……以前は、その、ティアは女を選択するという話では?」


「本人のたっての望みで、男を選択致しました」


「――では、その、我の記憶が正しければ、テュフォンのご子息――いやご息女と契りを結ぶ話は」


「兄上は僕と結婚なんてしないよー、心に決めたヒトがいるんだもん」


 とっさに声を上げたエッカはすぐに父親にたしなめられるが、その言葉を聞いた魔王が完全に動きを止めた。そのまましばらく黙っているので、テュフォンは困惑したような顔に、エッカは悪戯をたくらんでいるときの顔になる。


 彼はしばらく王が何か言うのを待っていたが、相手が何も言うつもりがないと判断するとすぐに声をかけた。


「お久しぶりです、陛下」


 その低い声に、王がピクリと眉を吊り上げる。


「――リリアナ様は、お元気ですか」


 その瞬間、王の表情が一瞬にして凍った。すぐさまその顔は、巷で有名な真面目な王の顔になる。


「元気だとも。ああ、以前は世話になったな」


 その妙に硬い声に彼は困惑する。横で妹が笑っている一方、父親がこれはまずったという顔をした。



 結局、そのあと、王は彼らと当たり障りのない話をして終わった。

 が、彼がリリアナのことについて話題に挙げようとするたびに王はそれとなく話題を変え、ついには今日はここまでと時間を打ち切ってしまった。


 しょんぼりとする彼に、帰り道で父と妹が話しかける。


「……これはまずいことになったやもしれぬ」


「そう来なくっちゃ! この方が面白いや!」


「エッカ、お前と言うやつは、口を慎みなさい」


 彼が二人に困惑していると、父親が重たい口を開く。


「陛下はその――つまりだな、お前を女の子だと思っていたのだよ。

あの時は儂もお前が雌になるのだと思っておったし、殿下もそのようなことを仰っていたから、余計にな……」


「だからねえ、兄上」


 彼が首をかしげると、エッカは笑って捕捉する。


「大事な一人娘を持つ父親はその昔、方々尽くしてなんとか友達を見つけてきた。けれど、女の子だと思っていたその友達が、今、男になって帰ってきたってわけ。


――わかんない? 兄上、女の子だと思われてたから、姫君と二人きりで遊んだりできてたんだよ。男だったら許すわけないじゃんか――親馬鹿の父親なんだから」

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