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籠りの時

 そして待ちに待った成人の時がやって来た。


 体温がどんどん下がっていき、鱗がうっすらと光沢を放つようになると、いよいよその時の合図なのだ。

 エッカと彼は、最後の子どもの時間を二人で狩りをして、その特上の獲物を分け合って過ごした。


「あのねえ、兄上」


 エッカは帰ってきて満足そうに巣の中で丸くなる彼に、ふと呼びかける。


「僕ねえ、本当にびっくりだよ。


兄上と最初に会ったときは、正直この子ども、ちゃんと大人になれるのかなって思うくらい痩せててさ。父上にはお前の嫁だって言われるし、もうどういうことなの状態。

でもきっとそれしかないんだろうなって。だって兄上、ぼんやりしてて貧弱でさ。僕がお世話してあげないと生きていけないんだろうなって。


……ちょっと残念。兄上がこんな風になれるんなら、僕だってもう少し真面目に口説いたのになあ。でも、お姫様にはちゃんとわかったのかもね。

だから好きになったんでしょ?」


 エッカの言葉に彼がうっすら目を開けると、弟は彼を覗きこんでいる。青い目が、きらりと揺れる。


「お休み兄上。かっこいい大人になれるといいね」


 弟は彼の首筋に甘咬みすると、いつものように飛び去っていった。



 翌日、彼は弟と一緒にきれいな川で水浴びをし、大きな洞窟へ連れてこられた。

 入口で父親にどちらの性別になるのかと問われ、彼は男を、弟は女を迷わず答える。父はうなずくと、洞窟の中へ二人を促した。


 大人たちに見送られ、広い洞窟を二人でとぼとぼ歩いていくと、やがて分かれ道にさしかかる。


 顔を見合わせて彼が好きな道を選ぶと、弟は別の場所に歩いていった。

 やがて、道の終わりにさしかかって彼はふわあ、と欠伸する。

 眠りの時が近い。


 丁度いい窪みに身を横たえると、すぐに穏やかな睡魔が訪れた。じわりと身体が温まって、ぼんやり、心地のいい夢の中に入っていく。


 

 微睡の中、彼は願い続けた。

 どうか、立派な雄に。男になりたい。

 あの人の隣に居ても、誰も文句を言えないような、強くて、たくましくて、勇ましい、男になりたい。男に。男の中の男に。


 それと――と、彼は少しだけ、付け加えて思う。


 あの人は黒が好きなんだ。黒っぽい服をよく来ていたし、それはとても良く似合っていた。 だから、少しでも黒い外見ならいい。


 あの人はこの目を、綺麗だ、夕焼けみたいだと言った。なら、こんな錆びた血の色じゃなくて、もっと美しい紅にしてほしい。できればそう、あの人のような、うっすらとした金の光沢をはなつ、輝かしい夕焼けの色に。


 願いは確信でもあった。自分はきっとそうなる。そう生まれ変わる。思い出の中の彼女は言う。


『ティア。私の可愛い子竜。私の――』




 誰かの呼ぶ声がする。懐かしく甘い響き。確か前にも、こんなことがあった。

 ――そして、彼は目を覚ました。




 目覚めると、身体はずっと大きくなっていた。すっぽりはまっていた窪みから、手足と頭ががはみ出ている。彼はゆっくり起きて、自分のことをよく確認する。



 なんてことだろう!

 みすぼらしい白灰色の鱗は滑らかな黒色に。

 薄い膜のようだった翼は、しっかりと丈夫になり鋼の色に。


 今まで彼を覆っていた子供の姿は傍らに脱ぎ捨ててあった。

 すごい!

 彼は想像以上の仕上がりに大喜びした。


 少しの間くるくると回ってから、身体を丸くしてそこも確かめてみる。

 ――なんか、ついてる。ついているということは、雄になれたのだ!


 彼は喜んで遠吠えをあげる。その声も、立派な大人のそれになっていて、洞窟中を震わせた。



 籠りの洞窟から出てきた彼を、ずっとそこで待っていたのか父親が出迎えてくれた。満足そうに何度も頷く。


「素晴らしい竜だ。――顔が父親によく似たな」


 確かに体の色はテュフォンとよく似ていたが、おかしな言い方をする、と彼は首をひねる。父は彼に、なんでもないと首を振った。



 彼自身は、泉に連れて行かれると、変わり果てた自分の姿にさらに呆然とする。


 瞳の色さえ、今までのパッとしない赤錆色から、彼の望んだうっすら光沢を放つそれに変化している。

 未成年のころはあどけなく、それこそ少女のようだった顔は、男らしくがっしりとした輪郭になっている。

 筋肉も、未成年のころよりずっと太く、たくましくなっていた。


 男になりたい、強くなりたい、そう念じたとおりに体は育ってくれたのだった。


 少し思いついて、彼はヒト型になる――いまいち彼らの美醜はわからないが、少なくとも女にはまったく見えないことに安堵した。



 幼馴染の彼の義理の弟――いや、今は妹になった――も、先に出てきて無事に成人を済ませていた。


 晴れた日の大空のような青色の体に彼女は脱皮していた。

 角や尻尾の先などはところどころ黒っぽい。


 見た目は見知らぬ申し分ない美しく凛々しい雌だが、中身が中身なので口を開くと本人と知れる。

 

「ほら、心配いらなかったでしょ? ちゃんと女らしくなったもん。見て見て、この辺のラインなんかエロいでしょ。お尻とかさ、飛び掛かりたいと思わない? なーんて。


――なんだよう、ちっとも興奮しないって? ねーねー、いくらお姫様一筋だからって、別に僕にムラッとしてもいいんだよ? それは普通だよ? そのくらいなら許してもらえるって。ほらほらほらほら……。


――え。マジで何とも思わないわけ。大丈夫? 兄上。本当は育ちきってないんじゃないの? 機能不全なんじゃ? もっかい籠ってくる?


――あった! ちょっ、その身体で小突かないでよ! 前より断然痛いよ! 大体、僕のせいじゃないやい! 僕はね、これでももう、いーっぱい子種の予約貰っちゃったんだから、モテモテだよ!? なのになんとも思わない兄上の目がおかしいんだい、ふーんだ!」


 相変わらずの軽口をたたく妹の横顔は、未成年の時の面影をかすかに残してはいたが、やはりもう別のものになっていた。


 変わり果てた幼馴染を眺めながら、彼は彼女を思った。

 彼女はどうなっているんだろう。


 記憶の中の彼女は、いつまでも華奢で細身の、少年の姿をしている。

 今もあのときのまま、華奢でいるんだろうか。はたまた、彼のように筋肉隆々とした大人に変わっていたりするのだろうか。

 ……ちょっとそれは微妙な気もした。


 彼はまた、以前とはちがった感情が自分に芽生えていることに気が付いた。


 リリアナのことを思い出すと、穏やかな気持ちと同時に凶暴な衝動に駆られる。 飛び掛かって、組み敷いて、首のあたりを優しく噛む。

 大人の雄が雌にする行動を、今までは理解できなかったが、そういうものなのだと今ではわかる。


 しかし彼は、そういうことを感じる相手は彼女だけだと悟った。なぜなら、子どものころにそう誓ったのだから。伴侶は生涯ただ一人。周囲の驚きの声や、称賛の声などどうでもよかった。


 早く会いたい。会って、自分がふさわしい相手になったことを確かめてほしい。

 それだけで頭の中は一杯だった。

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