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何かが足りない

 三日はすぐに過ぎた。

 子竜はその間、割とずっと素振りをして過ごしていた。精神統一に最も有効である。


 他にやることがなかった訳ではない。

 相変わらず近衛兵として勤務や訓練を続ける必要はあったし、ただでさえ一度失敗している身、より一層の精進が必要とされていた。


 同じ精神的アプローチとても、漠然と己を高めるより、もう少し具体的に脳内シミュレーションを行うなど、打つ手が全くなかったとは言えない。


 まあだから、最初の方こそ――具体的に言うと、リリアナに拒否されて一日目ぐらいは、真面目に「次に向けた傾向と対策」なんて事を考えようともした。


 しかしすぐに堂々巡りに嵌まった。元々行動派、考えるのは苦手である。


 だって子竜はリリアナと関係を進めるにあたって、主に自分はリリアナを満足させられるだろうか、ということぐらいしか不安ごとはないのだ。


 結局の所、問題はリリアナ側にある。

 リリアナに不満があるという意味ではなく、彼女が不満を抱いているという意味で。


 そして――たとえばそれが子竜の体の大きさに起因していた場合など、割と本人にはもうどうしようもできない。


 竜はある程度体の大きさをいじくれる。

 竜体は成長するに従って大きくなっていくが、あまりにも釣り合わぬ相手とつがおうとすると、小さな方に負担が生じる。

 だから、ある程度大きさが統一されている人型が存在するのである、という説もある。


 そのように可変要素のある竜族とて、人型の体の一部だけサイズ変更するのはさすがに難しい。あるいは変化の仕組みを心得た器用者なら可能であるかもしれないが、子竜が幼少のみぎりより不器用なのは、自他共に認めるしかない事実である。


 もし彼女が想定以上に大きく育ってしまった子竜を恐れているのだとして、では今から縮みます、とも行かないのだ。


(成体となって、まさかこのような壁が立ちはだかろうとは……)


 誰もが雌と信じて疑わなかった薄弱の幼体から、見惚れられる黒竜の大人へと変化を遂げた事。それは子竜にとって、今まで誇る点でしかなかった。己のしてきたことに疑問を感じた事などなかった。


 だがこのような状況に置かれると、劇的ビフォーアフターを遂げてしまった体がちょっとだけ恨めしい。

 リリアナは育った事は嬉しいとコメントしていたが、大きな体に覆い被さられてあのカウンター攻撃暴発となると、実は本心でもなかったのかもしれないと微妙に凹む。


 リリアナは子竜の心をある程度見透かすことができるのかもしれないが、子竜の方は彼女が何を考えているのかはさっぱりなのだ。

 結構わかりやすいかと思えば、全くわからない。そんなところも魅力的ではあるのだが、一体彼女が何を気にしていて、自分がどうすればソレを解決できるのかがわからないのは困りものである。


 なんて近衛達の訓練場の片隅に、仏頂面で突っ立っていたところ、


「煮詰まった時は素振りが世界を救うぞ」


 と爽やかに師父が言い捨てて去って行った。


 そうだ、素振りしよう。

 彼の三人目の父親は適当人間で放任主義だが、たまにいいことを言う場合もある。

 今回はそのたまの機会だった。


 素振りはいい。単調な作業だが、体を動かす事によって「何かやった」感は出るし、同じ動きを繰り返す事で心が落ち着いていくル。あと他の近衛から余計な絡み方をされることもない。


 黄薔薇の騎士達とは、邪眼の件で子竜が功績を上げて以来、少しぎくしゃくした関係となってしまっていた。お互いどう距離を取ったらいいのか、未だにちょっと測りあぐねている。


 だが、この場合はそれ以前の問題だった。

 一振り一振りに情念が籠もりすぎて、この色んなやり場のない気持ちを模擬刀に降り注いでいる若き黄薔薇騎士に、誰も声をかける気が起きなかったのである。


 誰しも見えている地雷を踏みに行きたくはない。そういうことだ。


「団長、アレなんとかしてくださいよ! 色んな所から、怖い、やめさせてくれって来てるんですけど!」

「本人に言ってくればいいじゃないか、そこにいるんだから」

「本人に言えないから俺らに来るんです!」

「んなこと言われてもどうにもならん。それと俺の勘が正しければ数日の辛抱だ、まあ害はないから見守ってろ」

「害ならありますよ、皆ビビって逃げて行ってますよ!」

「あいつとどれだけの付き合いになると思っているんだ? いい加減慣れろ」

「そんなこと言うなら、休憩時間のお知らせは団長がしてくださいね!」

「わかったわかった。繊細な奴らだな、全く……」


 なんて会話が枠外で繰り広げられていたりもしたのだが、一心不乱に剣と向き合う子竜には聞こえていなかった。


 鈍いときの子竜は、なんか今日はやけに師父の顔を見るな、ぐらいしかわからない。



 剣を振っていると、色んな事が頭をよぎっていく。



 ――母に置いていかれた日のこと。

 養父シグルドと出会ったこと。

 エカトリアと出会ったこと。

 リリアナと、将来を約束したこと。

 ひたすら修行に明け暮れたこと。

 念願の大人になったこと。

 御前試合のこと。

 リリアナが綺麗になっていたこと。

 城に上がったこと。

 師父と出会ったこと。

 黄薔薇の団員達に優しくしてもらったこと。

 子羊たちと出会ったこと。

 魔人達の風習や空気に、なかなか慣れなかったこと。

 リリアナと喧嘩したこと。

 仲直りしたこと。

 赤薔薇騎士団の男にまとわりつかれたこと。

 少しだけ魔王城に慣れてきたこと。

 城内で邪眼と戦ったこと。

 老婆の死を見届けたこと。

 北部で嵐の中を飛んだこと。

 父親の亡霊と出会ったこと。

 リリアナのために強敵と戦ったこと。

 功績を認められたこと。

 リリアナの叔父と会ったこと。

 リリアナの父、魔王と会ったこと――。



 走馬灯、と言うのだろうか。思い出が巡っていく。

 色んな出会いがあった。別れもあった。様々な顔が、浮かんでは消えていく。


 思えばあの、雨の音を一人で聞いていた頃から、随分と遠くまで旅をしてきたものだ。


 最初の転機は、養父と出会ったこと。

 そして最も大きな転機は、リリアナを見つけてしまったこと。


 エカトリアと青空を見上げていた頃は、不安もなかったが、期待もなかった。将来のことなんて何も思わなかった。必要もなかった。

 きっとこのまま、彼女に――当時は彼に――世話を焼かれ続けていくのだろうと、漠然と感じていた。

 養父の唯一の心残りの慰めとして、全て許されていた。怠惰で、優しい時間。


 だけど子竜は城に行った。

 あの日運命が変わった。


 風変わりな少年は、少女だった。

 お前には価値がある、と初めて言った。落ちこぼれではないと。


 ――私の竜になれ。

 あの瞬間から、子竜の人生は決まったのだ。


(……だけど)


 ぶん、と振り下ろした腕が一度ぴたりと止まる。したたり落ちる汗が、最も近い記憶にしみ出して浮かび上げさせる。


 むせかえる香の匂い。

 暗がりに浮かぶ体の線。

 きらり、と暗闇で目が光った。

 彼女の金色の両目が、輝いて、瞳の奥に。何か、あれは……。


 ――何かが、胸の中につかえている。

 気絶させられる直前の記憶が、子竜の中でしこりとなっている。


 リリアナに失望したわけではない。

 リリアナを嫌いになったわけではない。

 あの時、自分は驚いたのだ。そう、驚いた。確か……。


 金色の目。金色の髪。頭に四本の角。

 普段は男物の服の下に隠されている、その肢体は派手な凹凸があるわけではないけれど、なだらかな曲線と描いて、華奢で、ちゃんと既にもう、女の体で。

 その中に。その下に。その奥に。


(俺はあの時……何を見たんだ?)


 剣を振る。振り続ける。己の深いところに潜り込んでしまった答えを探しに行くように。


 けれど最も肝心な何かが、つかみきれない。

 あの時自分が驚いた本当の理由が、思い出せないまま――。




 二度目のチャンスが訪れた。


 そして二度目も結局、子竜も――リリアナも、答えを得られぬまま、儀式は終わった。





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