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最後の訓練

父が彼に課した最後の訓練は、戦闘訓練だった。


「ティア、お前が魔人としての振る舞いを身に着けたとして、姫のそばに侍るためには何か突出した特技が必要だろう。


――それで儂が考えるに、お前はけして頭は悪くないんだろうが、どうにもやる気を出さんと使わぬようだからな……。


だとしたらお前の今の段階での一番の武器は、その身体。そうさな、戦闘に優れているということは、てっとり早く強さを示すものでもあるし、お前に一番合っているだろう」


 今度は父が直接彼の相手になった。父は最初に彼に話をしてから、実践に入る。


 時には竜の姿で、時にはヒトの姿で。

 時には魔術を、時には魔法を、時にはそれらを使わない戦い方を、父親は彼に伝授した。


 未成年の彼が大人でしかも経験豊富なテュフォンにかなうはずもなく、彼はしょっちゅう体中に傷を負った。

 だが、父は彼にそれでいいと言った。

 今はまったく歯が立たなくてもいい。その代り、なるべく相手から痛めつけられないようにする方法を見つけ、よく覚えておくように、と。


 父親は自分だけでなく、種族や年齢問わず様々な相手を連れてきては、様々な場所に彼を連れて行き、経験を積ませた。


 彼は何度も叩きのめされたが、けしてそのまま地に伏していたりはしなかった。

 何度でも起き上がり、相手の一挙一動、自分の対応、そしてそれに対する相手のさらなる反応を、頭に、身体に叩き込んでいった。



 それと同時に、彼は時間が空いたときはエッカに頼んで飛行技術を競った。

 竜にとって飛行技術は一番の強みとなる。今の段階で鍛えられ、なおかつ比較的得意なことがこれだと彼は確信していた。


 エッカは手ごわい相手だったが、彼は何度でも挑戦し、ついにはそのとんでもない飛び方についていけるようになった。

 弟は兄が自分と同じ方法で獲物を仕留めて見せたある日、神妙な顔をして言った。


「兄上、本当に変わったね。前と全然別人みたいだよ。


もう、僕よりも身体も大きいし、一人で生きて行っても全然大丈夫だ。――こんな雄なら、引く手数多だよ」


 それと一緒に、何でもない事のように付け加える。


「あ、そうそう。僕ねー、結局雌になることにしたから。

だってさあ、僕まで雄を選んじゃうと、兄弟の三人が雄、一人が雌でバランス悪いじゃない? 


――あ、大丈夫。僕は兄上と違って、性別にはまったくもってこだわりないから。だって、雄でも雌でも僕は僕、テュフォンの跡継ぎエッカだもん。強いつがいを得て強い子を残す。変わんないよ、やることは。


あーでも、雌って交尾の時に首の後ろ噛まれるんだよねえ。あれやだなあ、喋れなくなるし。


――ちょっと、うるさくなくなってちょうどいいって、ひどくない!? 兄上、僕にだけは辛辣だよね、もー!」


 そういえば、と彼はぎゃーぎゃーわめく弟をよそに首をひねる。彼の素朴な疑問を聞いて、エッカは一瞬目を丸くするが、すぐににやにやと嫌な笑みを浮かべる。


「はっはーん。そういえば兄上、そっちの知識ほとんどないもんねー。大丈夫? 噛んで乗っかるだけじゃダメだってことは知ってる? 


ふっふっふ……やっぱり知らないんだ。そのままではせっかくの雄の身体を使いこなせないね。使い方知らないんだもの。


――ちょっ、やめてってば! 今の兄上に小突かれるとシャレになんないって! 


わかったよ、今度訓練が終わった後にでも、いっぱい教えてあげるから! あ、そうだ、ついでにヒト型のやり方も知っておいた方がいいよね? 兄上が使うのそっちだろうし。


――大丈夫大丈夫、そんな顔しないでよー。兄上のために僕、いろんなヒトに聞いて回ってくるから! やり方わからなくてふられたなんて、絶対いやでしょ? っていうか、だっさーい……。


――あたたたた! やめっ、ちょっ、暴力反対、暴力はんたーい!」


 そして彼は数日後、弟の口から男女の真の交流の仕方を伝え聞いた。

 弟はどこから聞いてきたのか、竜のやり方だけでなく魔人のそれまでも嬉々として語る。


 その時の彼は弟の話すことに呆然とするがままだったが、そのうち父親の話よりも真剣に聞くようになった。

 あまりにも熱心なその様に、弟が兄上のむっつり、と言ったので、意味は分からなかったがとりあえず、すぱんと翼で頭を叩いておいた。



 そうして時が流れ、いよいよ籠りの時期がやってこようかと言うときに、テュフォンは彼を前にして、ゆっくり言い聞かせる。


「よいか、ティア。儂はお前がこれから必要とすることを、籠り前にできることは、一通りこれで教えたつもりだ。


我々竜は、おおむねは食べるため、また危険の排除など、必要なときでしか殺生は行わぬ。

奪うことはたいていそれなりの労力が必要だし、奪われるものはみなそうされまいとし、生きようと必死だ。むやみな殺生は、殺す方、殺される方、どちらにとっても得にならん。


――だが魔人は違う。きゃつらにはな、殺戮自体を楽しむ、おぞましい性質があるのだ。

必要でなくても、快楽のためにいくらでも命を奪える。……そういう業の持ち主だ。


戦うときは、相手が何のための戦いをしているのかよく見極めよ。戦闘が手段なのか、目的なのか。相手の死を必要としているのか、必要としていないのか。

――それによって、お前の対応も変えねばならん。


それと、ティア。大事なことを教えておこう。よいか、勝つことは強いことではない。長く生きていれば勝敗の決まらない勝負も経験しよう。勝ちにこだわれば、そういった経験で折れる。


本当の強さは、再起不能になるような負けを一度も経験しないことだ。

逃げても良い、勝てなくても良い、引き分け上等、時には負けても構わぬ。


大事なのは、けして勝負の場から降りないこと、降ろされないこと。

そうしていれば、勝手に向こうが自滅していくものだ。――お前のその我慢強さと頑丈さは、何よりも強い武器。よく覚えておくのだぞ」

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