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王室護衛隊

 騎士――特に薔薇の紋章をいただく近衛騎士の基本的な仕事とは、城内の安全を保つ事だ。

 城内の定期巡回や、門番としての働きは言わずもがな。要人警護も、担当する重要な任務の一つである。


 当初城に来たばかりのティアは、薔薇同士、つまりは騎士団同士の敵対・ライバル意識に目が行きがちだったが、近衛として仕事を続けていると、騎士の中にはさらにもう一つの派閥というか壁というかがあることに自然と気がついた。


 それが要人警護のみ専門に担当する近衛騎士――正式名称を王室護衛隊、通称「主持ち」達である。



 近衛騎士とは、国家試験によって選別された公人であり、基本的には国家という大きな組織に所属する。

 しかし、王室護衛隊の騎士達は、公人でありながら主を、「一個人の主人」を持つことが許されている。


 ざっくりただの近衛騎士と「主持ち」の違いを説明すると、近衛騎士は魔王の代替わりを理由に辞める事はできないが、護衛は代替わりを理由に辞任が可能ということだ。

 なぜなら護衛の奉仕対象は国ではなく、魔王個人となっている。

 主が引退したなら、自らも身を引く方が、むしろ義となり道理となり正しい。



 そもそもさかのぼれば初代魔王による魔界統一以前。

 騎士とは元来、ヒトという個人に仕える職業のことを差した。

 武術の心得のある者達が、これと決めた主に膝を折り、剣と杯を交わして騎士となる。主とは固い絆で結ばれ、二君にまみえるよりはと時に自死を選ぶことすら理想とされた。


 初代魔王の君臨の後、騎士とは資格試験に合格した者、という意味に、主は一個人でなく、国という組織に変わった。


 そのことが肌に合う者もいれば、そうでない者もいた。

 主を持ったことのある騎士は、剣を授けられた記憶をけして捨てようとしない。顔なき新たな形の主を認められなかった。


 融通の利かない信念はやがて初代魔王の耳に入る。

 意外にも彼は時代に乗り遅れた古さを見捨てることなく、もう一度自分の枠に組み込むことを選んだ。それが王室護衛隊であり「主持ち」となる。


 選抜意識は気高い誇りともなるが、時に高すぎる自意識は驕りに変じる。


 ひとたび王室護衛隊となれば、通常の近衛騎士の任務からは外れ、ほとんど四六時中、時に私的な場面でも主に付き従う。その密接な関係は、側近、私兵と呼んでも差し支えないほどだ。

 言ってしまえば、時間が来ればハイ交代、というだけの通常の近衛とは、働き方も在り方も、根本から異なっている。



 ――ちなみに、だが。

 王室護衛隊が警護するのは当然王室のヒト。現状に当てはめてみると、当代魔王、及びその跡継ぎのリリアナが対象となる。


 当代魔王には片手から両手で数えられるほどの王室護衛隊が常に警護を担当しているが、リリアナの護衛隊はフィリス=キャロルただ一人である。


 フィリスは派手な髪色の女騎士だ。

 元をたどるとさる伯爵家の末娘らしいが、姉妹しかない家庭環境が悪影響だったか、麗しくも同時にたくましく育ち、「私より上手に馬を乗りこなせる男と結婚する」という迷言を残し、嘆く家族を置き去りにして騎士になった変わり者である。

 余談だが、未だ独身なのは彼女の馬術の腕が達者すぎるのか、その他にも原因があるのか、思い当たる節が多すぎて実際どれが要因なのか見当がつかない。


 当然のように子羊の一人であり、度々リリアナとの逢瀬を邪魔してきたり、小さい子どもが好きなことを会長にネタにされては拳を振り上げている印象がティアには強い。


 リリアナの護衛が極端に少ない理由は――もちろん本人のとてつもない気むずかしさも、十分大きな理由の一つではあるのだが――適切な女騎士という人材の少なさと、男騎士をつけたくない各自の思惑がある。


 適切なというのは、言葉を変えればそれ相応の身分の女騎士、ということになる。

 それ相応の身分か女騎士、どちらかならば条件は簡単だが、どちらも兼ねてさらに選り好みの激しいリリアナのお眼鏡に叶うとなると――現状の絶望的な人数で落ち着くのも、むしろ納得というか、よく該当者がいたなと感心するところなのだろうか。


 男騎士云々については、父王の強い意志でもあるし、貴族を初めとする周囲が互いに牽制しあった結果、誰も抜け駆けできなくなったのが現状ということである。


 まあ皇太子については、護衛なしでも特に問題ないだろう――主に気性の激しさとか、本人の戦闘力の高さとか、あれに面と向かってわかりやすく喧嘩を売るのは一種の自殺志願に違いない。

 等と囁かれていたりいなかったりする噂はともかく、そもそも王室の人数に著しい制限があるので王室護衛隊の人数も自然と絞られるのはわかりやすい。



 ――ここで問題になってくるのが、王室なんだか王室じゃないんだかはっきりしない人達――つまりはリリアナの叔父であり、当代魔王の弟でありルシファーその人の扱いについて、である。


 ルシファーの弟については、前も述べた通り、反抗心や危険思想をにじませるため幼い頃から北部での幽閉生活が続いており、ほとんど誰からも期待されていない。


 ルシファーの身分は曖昧だ。

 血筋的には間違いなく王家とつながっており、当代と同じ先代の息子、格は同じとも言える。

 しかし、先代は当代以外をけして自分の子と認めなかったし、「玉座を継ぐ資格を持つのは自分が認めた直系の子孫のみであり、それ以外の者には災いをもたらす」というようなことを遺言にもばっちりと遺している。


 初代魔王は魔法と魔術を統べた希代の天才であり、有言実行の男である。

 これがどういう意味を持つのかというと、文字通り――父親から最後まで認められなかったルシファーが玉座に座ると、魔界が荒れると言うことだ。


 玉座とは単なる椅子にとどまらず、魔界全土のエネルギー状態を監視・管理・調整するための装置でもある。

 魔王は座っているだけで魔界を平定する。その膨大な魔力で、魔界全土の環境を無理矢理整えているからだ。


 王家の血に連なる者は膨大な魔力を保有する。単純な魔力量で言うなら、ルシファーは十分一般人とは一線を画する規格外、玉座に座っても問題ないと言えよう。

 しかし彼には資格がない。初代魔王の呪いが彼を魔王にすることを拒む。


「認知してないあいつとかそいつがここ座ったら絶対災厄起こしてやるからな」


 と捨て台詞を吐いて消えた男の言葉は重い。


 もし、初代の厄介な遺言さえいなければ、当代はすぐにでも弟の身分を回復し、おそらくリリアナが産まれる前にさっさと跡継ぎに指名していただろう。


 ところが異母弟には、力はあっても資格がなかった。


 しかも本人が、


「あ、別に自分の事なんかそんな、全然気にかけていただかなくて結構です大人しくしてます、これ以上何も望まないんで(意訳)」


 と繰り返す野心のなさ、やる気のなさなのである。



 兄は困った。

 この事実証拠上間違いなく弟なんだろうけど、いろんなしがらみ的に公式に弟と宣言してしまうとそれはそれでいらない騒動の元になりそうな男をどう扱えばいいのか、ものすごく、困った。

 困った挙げ句、一応実務の毒にも薬にもならない聖職のトップとして皇神官という身分はあげてみたけれど、貴族にするのもなんか違う気がするし、かといって王族に迎えるのもやっぱり違うし、しかも本人の希望を聞いても現状維持としか答えないし、本当マジでどうしよう。


 と悩んでいる間にうまいこと仲良くできる嫁が見つかり、これまたうまいことリリアナが産まれた。

 跡継ぎ問題の方は解決したが、相変わらず異母弟の処遇については持て余し状態である。というか一時は本気で皇太弟にできないかと考えていたこともあり、若干後ろめたい気持ちもある。



 ……そんな当代魔王の迷いが見事に反映されていると言えなくもないのが、皇神官猊下の護衛任務にあたる近衛騎士の働き方だ。



 近衛騎士は国に仕える。

 王室護衛隊はヒトに仕える。


 では、ルシファーに仕える場合は?

 存在の重要性から全く護衛をしないというわけにはいかないが、継承権は放棄させられており、王室のヒトではない。


 結果として、皇神官猊下を護衛する近衛騎士は王室護衛隊ではない。通常通り、国に忠誠を誓った騎士達がローテーションで警護を交代する。


 いくら継承権を放棄しているとは言え血はつながっているし、リリアナよりは仕える甲斐があると張り切ってお勤めに精を出そうとする騎士もいるが、大体憤慨するか消沈して帰ってくることになる。ルシファー本人が全く自分の騎士というものをほしがっていない、何ならいらないとのたまうせいだ。



 そんなこんな、近衛騎士のおさらいや、王弟猊下の前評判についてつらつら考えていたティアが、真っ先に実物を目にして思った第一印象はこうだ。



 ――なんて、凡庸な男なんだ。



 鍛えられ、もはや何も考えなくても自動で取れる近衛騎士のポーズで静止したまま、子竜は思わず噂の叔父上殿の――その、王家の血筋にしてはあまりに薄い覇気に、あんぐりとまぬけに口を開けていた。

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