運命の相手
その地は魔界と呼ばれていた。北に石の、南に火の、西に風の、東に水の大地が広がる。
多様な生命が混沌と混ざり合い分裂するその広大な場所に、ある時一人の男が立った。彼の名をサタン。何人にも成し得ぬと言われていた各地を統一し、その象徴として世界の中央に王都、王都の上空に空飛ぶ城、そして魔人のための国を作った。
やがて時は過ぎ去り、初代魔王の後を二代が継ぐ。乱世ははるかかなた、太平の世に移っていた。
今日も変わらず魔界を威圧するかのように、あるいは見守るかのように浮かぶ広大な空島たる城の一角。小さな彼はここで自分の運命と出会うこととなる。
大人一人がやっと通れるくらいの薔薇の門達が、道を作って奥まで続いている。それをすべて通れば、星の庭。魔術が施され、星空を模した天井と、大きな噴水が一つだけある中庭。
そこに二人はいた。
一人は小奇麗な貴族のドレスを着させられ、つややかな漆黒の鬘に大きなリボンを括りつけられている。はたから見れば美少女と形容しても差し支えない顔立ちだった。病的なまでに白い肌に見えるが、よく見ればところどころうっすらと鱗がきらめき、それが常人離れしている色を発している正体と知れる。瞳は少し濁った血のように赤く、両頬には綺麗なひっかき傷でもこしらえたかのような左右対称の模様があった。豊かな鬘からはみ出ているその耳は、ぎざぎざと尖っていてやはり鱗に包まれている。
つまり、この少女とは竜がヒトに化けた姿なのだった。しかも珍しいことに、未成年の竜である。だからこの少女の事は、今はまだ少年であるともいえる。なぜなら未成年の竜族には未だ雌雄が発生していないからである。未熟な彼らはいずれ脱皮する――つまり成人する際に子どもの衣を脱ぎ捨て、その際同時に性別を選択し、自らの姿を、在り方を決める。
便宜上「彼」と形容されるこの竜の子どもは、ゆえに無限に広がる未知の将来の主であり、そしてこの物語の主人公と言える存在だった。
少女――の格好をさせられている竜人の子――に対するは、やはり育ちの良い格好をした少年であった。若鶏を彷彿とさせる少女より、さらに幼い雛鳥のような顔立ちをしている。その割に年に不相応な随分と落ち着いた雰囲気の持ち主だった。
竜人が白色なら少年は金色。身にまとう衣裳こそ闇のような濃い黒色だが、その髪も瞳も、肌の色さえうっすらと光沢を放つ、非常に輝かしい外見である。垂れた目と、その上のきりりとした上り眉が特徴的だった。
その金髪の少年は、形よく凛々しい眉を寄せ、今しがた彼の両手を握って熱烈な告白をした真剣な表情の子竜に戸惑いを見せている。
「本当に、いいんだな。私はめんどくさいぞ。浮気なんて絶対許さないぞ。後でやっぱ無し、なんて言ったら、生きたまま身体をばらすぞ。ほら、やっぱり私はよくないだろ。やめるなら今のうちだ。馬鹿なこと言ってないでよく考え直せ。せめて雄になるのは止めないから、伴侶とは言わずずっと親友でいようとかそういう言葉に直せ。ここで撤回しないなら、私だって――本当に本気にするからな! その気になるぞ!」
「いいよ。ぼくの全部、リリアナにあげる。だからリリアナ、ぼくと一緒にいて」
少年――いや、男装した金色の少女は竜人の返答を聞くと、彼女には珍しく、非常にぎくしゃくとした挙動をとった。
自分を落ち着かせるように深呼吸し、真っ直ぐ子竜の目を覗き込む。
「だったら、強くなれ。誰も逆らえないくらい、強い竜に、男に。そうしたら、私はお前を堂々と伴侶にできる。ずっと一緒だとも!」
少年の格好をした少女は、少女の格好をさせられた子竜を抱きしめる。子竜はうっとりと、その柔らかな感触に目を閉じた。
リリアナ。男装少女の名前である。それは同時にいずれこの世界の頂点に立つ女を示す言葉であった。彼女こそはサタン王の正統な直系であり、魔王としてこの地に立つことを定めづけられている者。
そして彼は、魔人が最も恐れる古の竜族として生まれながらも、魔人の長たるその少女の伴侶になることを欲したのだった。
これは、一匹の小さな子竜の物語。彼が長じて自ら選び、勝ち取った運命を迎える物語である。