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魔王がゆく!  作者: たられば
■第1章 冒険者になった俺
5/5

元魔王、ふりまわした挙句に胃を心配する。



「……起きない。」


 地面に転がる青年を見下ろしながら頬を掻く。

 手加減はちゃんとした。殺してはいない。

 寝息は穏やかさすら感じさせるほど一定のペースを保っているので、この深い眠りの原因は先程の攻撃よりもむしろ疲労にあるのだろうと分かる。

(細かい傷跡が目立つが……これは戦闘でついたものじゃなくて、森の中を歩き回ってつけたって感じだな)


「うっ…ぐ、……あ?」


 先程燃やした程度の盗賊では相手にもならない腕を持っているという認識を得たところで、足元からうめき声が聞こえた。


「ようやくお目覚めか」


 青年が状況を把握する前に尋ねれば瞬時に警戒の色を見せ、その手は己の剣の柄へと掛けられる。

 油断無くこちらを睨み、口を開く。


「誰だ」


「さて、それをお前が知る必要があるか?」


 我ながら年季のいった悪役振りだ。

 ケオは、ほくそ笑みながら言葉を重ねるたび強張っていく青年の纏う空気に目を細める。

 闘気とでも言うのだろうか、空気が張り詰めていくのを肌で感じたケオは口を閉ざす。そして――ふきだした。


「な、なんっ、はぁ!?」


 腹を抱えてうずくまり、地面を平手で叩きながら顔を真っ赤にして笑うケオ。その姿を前に、目を皿のように丸くし呆然した青年は完全に置いてけぼり状態だ。


「ぶほぁっひっ、ふっっひぃ!あっはははは!!ど、どんだけっ警戒してっ、おまっ!殺す気ならそもそも寝てる間にやってるだろ!はは!バーカ!!」


「そっ、それはそうだろうけどなぁっ!!っていうかお前誰だよ!いきなり現れて人のこと笑いやがって!!」


 状況を把握出来ていない現状に焦りを感じた為か分からないが、ただ勢いのままに疑問を目の前の理不尽の塊に叩きつける青年。

 当然のことだ。

 目を覚ましてから今に至るまで何の説明もされないまま試されるような発言をされ、唐突にふきだされたのだから仕方の無い行動だといえる。

 しかし、相手が悪かった。


「はははははっ!人に名前聞く時は自分からだろ人間!」


 哄笑と共に、いっそ清清しいほど堂々と言葉にされた内容に一拍の沈黙。

 冷たい物が背筋を伝う感覚を振り切り、体勢を整えながら腰の剣抜いて構えながら距離を取る青年。

 これで洗脳時の記憶があることは確定した。そうでもなければ、言葉の意味を図りかね困惑するだけでこれほどまでに警戒したりはしないだろう。

 数歩の距離を空け、一挙手一投足を見逃すまいと視線を、呼吸を合わせてくる姿勢に感服する。しかし――

(まだまだ、だな)

 まだ自分を相手取るには実力も経験も足りない。

 だが、これから長く生きる中で死線を超え続ければあるいは。

 そんな可能性を前に、高揚感がわく。


「――――っ」


 合わさる視線。

 息を詰める声にならない声が聞こえた気がした。

 つ、と目を細め、先程には無かった確かな意思をそこにのせ、ケオは笑う。

 背筋が凍るなんてものではない。純度の高い殺意が視線という形を取って青年を襲った。

 真っ向から相対すれば正気など保てたものではない。普通ならば。

 睨み合って数秒。沈黙が支配する空間の中、ひどく満足そうな声音でケオが沈黙を緩やかに裂く。


「なるほど。やっぱり面白いものを拾ったなぁ」


 さすが俺。自画自賛しつつ殺気を霧散させれば、ただの人間でしかない青年は糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた。

 疲労困憊の状態で目を覚ましてすぐにまたこんな苦行を味わえば、いかに屈強な戦士といえどこうなるだろう。まだまだ成長途中に見える青年がこうなるのも無理はない。


「おっ、まえ……!何もんだよっ」


「分かっている答えを聞くのか?」


「っ、」


 確信を持って尋ねれば、案の定言葉を詰まらせる。そんな青年を見据え、続けざまにケオは言い放つ。


「別に脅そうなんて思ってないから安心しろ。あと、さっきも言ったが殺す気があるならお前が寝ているうちにまとめて燃やしていた。後ろの燃えカスと同じように…な?」


 クイッと親指で指し示す方向にわずかに残されているだろう残りカス。

 もはやそれ(・・)が人だったかどうかなんて判別出来なくなっているのだろう。肩越しにそちらを見ているらしい青年の視線が少しばかり揺れたのが見えた。

 しかし、それも一瞬のこと。

 瞬きと共に立て直したその精神力もまた賞賛に値するものだ、とケオは青年への評価を上げていく。

 そんなケオの心のうちを知らない青年は、目の前に立つ同年代の同性の形を取った存在に奥歯を噛み締めながら、今、知るべきことを尋ねるため言葉を絞り出す。


「……アンタは、俺に何をさせるつもりだ」


「協力的な姿勢はありがたいな。が、その前に名前を教えてくれ。ちなみに俺はケーオスと名乗ってる」


 偽名であると分かるそれを記憶しながら、青年は考える。

 明確な言葉にしてはいなかったが、記憶にある内容と相対して感じるこの威圧感から目の前に立っているのは魔族の頂点に位置する存在(モノ)で間違いない。そんな相手に名を教えて良いものだろうか、と。

 しかし、今ここで名乗らなければきっと自分は消される。そんな確信が青年にはあった。


 魔王。恐怖の権化。在ってはならない世界の膿。

 形容する言葉は山のようにある存在が今、目の前にいる。

 だが、不思議と青年の心は凪いでいた。不自然なまでに。

 それを感じ取っているのだろう、ケーオスと名乗った魔王は静かにこちらを見ている。目を伏せていても分かる視線に、早鐘を打っていた鼓動が落ち着きを取り戻す。



「俺は、……アレクセイ。アレクセイ・ノールトン。冒険者だ」



 ふぅ、と呼吸を整えた後に真っ直ぐとこちらを見返し、そう名乗った青年にケオは目を瞠った。

 つい今しがた自己紹介がてら恐怖を与えたというのに、もうこうして目を合わせてくるとは……

 洗脳時に向けられたそれと違い、その瞳は研ぎ澄まされた剣のような鋭く真っ直ぐな意思を感じさせる琥珀色。服従や恭順に慣れた身としては、己の意思を真っ直ぐに向けられるそれは真新しいものに感じられた。


「ん、じゃあアレクで良いか。俺もケオで構わん」


 脅すつもりは無い。先程告げた言葉の通り、自分が求めているのは従順な部下ではない。

 人としてこの地を満喫するのに必要な知識、否、常識が欲しいのだ。

 ケオにとって今必要な関係は“対等”なもの。

 ごますりも(へりくだ)りも邪魔でしかない。

 くだけた調子で話しかけ、自分の正体を知る初めての人間に対し許容を見せ付けた。

 ――もちろん、相手が当惑することも予想済みだ。


「は?…え?」


「どうした?呆けた顔してると阿呆っぽいぞ」


「余計なお世話だよ!?じゃなくて、アンタなんかいきなり性格変わってないかっ?やたら軽いっていうか……」


 予想通り唐突に歩み寄りを見せられアレクは困惑した。

 もとよりそんな反応を見せられるだろうと予測していたケオは、そんなものお構いなしとばかりにニッコリとイイ笑顔を向ける。


「安心しろ。素だ」


「!?」


 キラキラと効果音でも付きそうなその笑顔を前に愕然するアレクの顔には、何も安心できないとくっきりはっきり書いてある。

 だが、そんなものケオが気にするわけがない。

 何様、俺様、魔王様。

 この世界の神と対等の唯一なのだ。

 職業としての魔王は廃業していても、あくまで彼は魔王であって人ではない。

 そんな彼にとって、さっきまでのシリアスな空気だってちょっとしたお遊びでしかない。

 俺は現在魔王じゃなく、ただの冒険者だ。つまり、相手が脳裏に描くいかにもな行為に身をやつす残虐な魔王など演じなくて良い!そんな理屈が平然とまかり通るのだ。

 凍えるような空気を身に纏い、視線ひとつで命ある者を死に追いやる。そんな一面が無いわけではないが、……しかし、人として世界を見て回って遊びたいという欲求を持ち、さらには実行してしまうちょっと考えの足らない行動派なところも多いにあって、シリアスが長続きしないのだ。


「さて、冗談はこの辺にして――お前は洗脳を受けていた、ってことに間違いは無いか?それと、どこまで覚えている?」


 一通りアレクをからかって満足したのか、ケオはさっさと話題を戻した。

 浮かべた笑みはそのままだが、その目は鋭い。


「……俺は、さっき言った通り冒険者だ。いつも通り自分向きの依頼を選んで、…確かその時はナイトウルフの群れを討伐しにユダルゴ平原まで行ったんだ。討伐自体は完了した。最後の一体を片付けて、討伐証明の部位にあたる犬歯を抜いてる途中で意識が一度飛んだ。痛みとかは特に感じなかったと思う。本当に急にそこから記憶が無い。その後は、……頭の中に薄く靄が掛かってるような感覚がずっと続いてたな。それが急に、そう、お前と会って靄が晴れて……ただ、自分がやってることに疑問は感じてなかったから、お前を攻撃することにも戸惑いなんかは無かった。邪魔するなら攻撃しなくては、と」


 頭を軽く押さえながら記憶を探り探り言葉にするアレクをジッと眺めながらケオは口を開く。


「戸惑いが無かったっていうのは、目をえぐったりすることに対してもか?」


「は?」


 不穏な空気につられて訪れ、最初に見たそれへの疑問をケオが口にすれば、返ってきたのは呆気に取られたような声。

 不吉な内容に眉を顰め、眉間に皺を寄せながらどういうことだとその顔が告げている。

 どうやらやったのはアレクではない。確信を得ながらも言葉を変えケオは再度尋ねた。


「俺が燃やした死体。あれは、おそらく盗賊だけど目が無かった。……あれはお前の仕業じゃないと?」


「ち、違う!俺はそんなことっ……ただ、ひたすら何かを探してたんだ。それが何だったかは思い出せないんだけど、必要な物だっていう意識だけはあって…今思えばあれは俺の個人の感情じゃなかったんだな」


「まぁ、洗脳なんてそんなもんだ。となると、可能性はいくつかあるが、盗賊の遺体に結構な損傷が見られた。あれは、――生きたままえぐられたと見て良い。……うん、これについては今は置いておく。情報の足りない状態で推測立てても対して役に立たんしな。あ、ちなみに俺がここに来た時には気配は無かったので今もこちらを誰かが監視してるっていう可能性は無い。操られてる間の正確な記憶は無いんだろ?だとしたら考えるだけ無駄だ」


「いや、……悪い」


 ぐっ、と息を詰めて思いつめた顔をするアレクに対しケオは呆れる。

 責任感が強いのか、それとも洗脳されてる自分に対して憤っているのか。どちらにしろ戦士向きの人間とはこういうものなのかと納得する。

 そういや勇者も大体こんな感じだったな。なるほど。

 やりきれないといった顔をしているアレクを横目に、ケオは少しばかり心の中で謝る。

(ごめんな……俺が【調査(リサーチ)】使えば一発で現状把握出来るし、操った相手見つけるのも捕まえるのも出来るんだけど、――それじゃつまらない(・・・・・)だろ?)

 人が聞いたならふざけるなと罵るだろうことを平然と考えながらケオは話題を変えることにした。

 あくまで彼の目的は人として冒険者を満喫することで、アレクの憂いを晴らすことではないのだ。もっとも、ここで彼を助け、一つの目的に向かって切磋琢磨する方がよっぽど人間的な行動であるのだが……

 ケオにはまだその辺の人間的な心理・思考は無い。


「分からんもんは仕方ない。保留だなー。次は……あー、そういえばお前何レベルだ?冒険者で戦士でそれなりに腕は良いみたいだけど」


「レベルは25で、ランクはC……だが、今回のことでちょっと落ちるな」


 気落ちしたようにそう言うアレクにケオは首を傾げる。

 レベルは良い。思ったよりも高く、好都合だ。しかし、はて、ランクとはなんだろうか。

(……そんなの聞いてない、よな?あれ?)

 自分の冒険者カードをベストの内ポケットから出して見てみるが、そんなものどこにも書いていない。

 どういうことだこれは。

 頭の上に疑問符を飛ばしながら焦りを覚えるが、しかし彼はもう数日前の彼よりも人の世に慣れてきていた。つまり、こういう状況下に置かれた時どうすれば良いか知っている。

 そう――人に聞けば良い。


「おい、俺のカードにランクなんて書いてないんだけど」


「なんで魔王が冒険者カード持ってんだよ!?」


 腹の底から吐き出された叫びは、呆れとも怒りとも判別しづらい響きを持って周囲一体に響いた。

 いや、……人間の世界が色々ザルすぎるだけだろ、とケオは思ったが言葉にすることは無かった。アレクの胃を思って口を閉ざしたのだ。

 魔王が人に思いやりの心を向けた歴史的瞬間だった。



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