元魔王、拾う。
おはよう諸君、今日は素晴らしく良い天気だな。まさに初仕事日和だ。
ということで再びやって来たぞローデリアの森! 木々が生い茂りまくってるからか日が差さないこのじめじめ感。悪くないな。
俺が住んでいた城の周辺にちょっとばかり似てて落ち着く。
(まぁ、住み着いてるモンスターのレベルは段違いだがなー)
パスッパスッと軽い音と共に打ち抜かれて落下していくジャイアント・ビー達。昨日の時点で分かっていたが、まー逃げる逃げる! 討伐の難易度ってこれか? 追いかけっこの難易度か? ってくらい逃げる。だが、それを差し引いても手応え無さ過ぎるぞお前ら。これが俺の森にいた連中なら、せめて一矢報いてやろうとばかりにぶつかってくるぞ。あんまり意味無いけど。向かって来たら来たで燃やすし。
「討伐証明に必要な部位は…臀部についてる針か。」
…折れば良いのか? そっと手を這わせ、指先に軽く力を込める。
バキリと心地良い音が響く。うん、綺麗に折れたな。
それにしても、討伐って何体狩れば良いんだ? 全滅させたらさすがに問題ありそうなんだが…。確か一部でジャイアント・ビーを養蜂してハチミツを商売に使ってるとかなんとか聞いた覚えがあるぞ?
(…とりあえずこの森の巣は粗方狩ったし、終わりで良いか)
絶滅させるには惜しいんだよなぁ、こいつらの蜜美味いし。ひょいひょいっと折った針を突如空間を裂くように現れた暗闇…【無限収納】に放り込みながら、蜜を使った菓子を脳裏に思い起こす。部下に一人やたら料理の上手い奴がいて時折作ってくれていたが、あれは今思い出しても美味かった。出来るならまた食べたいところだ。機会があればどこかで食べることもあるだろうし、今は我慢か?
(いや、いっそちょびっと巣を貰っていっとくか? 蜜蝋をパンにのせるだけでも充分美味いし…)
逡巡は一瞬。欲望に忠実であってこその魔王だろ? ってことでいただきます。
保存にも便利な【無限収納】様様だ。
甘い蜜蝋の味を思い起こし、口元に笑みを浮かべたところで不意に流れてきた不穏な空気を感じ取る。
自分に向けられたものではないそれに対し、思わず口元が歪む。
魔王という存在ゆえの条件反射だ。悪意や殺意、害意に敏感に反応し表情筋が勝手に笑みを形作るという……相対する人間にしてみればプレッシャーを感じずにはいられないだろう状況を作り上げるのだ。
しかし、言わせてもらえばそこに俺個人の感情は伴わない。つまり、
(どうしたもんかな…)
正直さして興味は無いんだが……。
ふむ、と腰元に吊った本日の購買品に視線を落とす。
そういえば、またしても試すのを忘れていた。どうにも手に入れたばかりの物を試し忘れる癖がある気がする。自分自身の忘れっぽさに軽くため息一つ吐き出して、目を伏せる。
今朝方購入したナイフ。店の店主いわく何やら魔法が掛かっているらしい。確かに手に取った瞬間こちらに干渉しようとした感触はあったが、次の瞬間には鳴りを潜めていた。おかげでどういった魔法なのかまでは確認出来ていないのだが……まぁナイフとしての切れ味には影響していないみたいだし、後々で良いだろう。何より見た目が良い。シンプルでいてどことなく品のあるデザインが非常に好みだ。
ということで、この新しいお気に入りの試し切りにでも行くとしよう。
「――と、思ってたんだがなぁ。」
これは一体どうしたことか。
木の幹に身を隠すように立ちつつ、目の前に広がる光景に眉を顰めた。
鬱蒼と生い茂る森の中で少しばかり開けた場にむせ返るような命の香り。四肢の捥げた物言わぬ死体達。感じた違和感に導かれるままに視線はその眼窩へと向ける。
「……ほぉ」
イイ趣味してるじゃないか。
くり貫かれたそこには何も無い。ただ、空虚さを感じさせる絶望だけがあった。
「魔族が好みそうな趣向だが……それっぽい気配は無い、か」
空気に残る魔力の残滓に魔族と思しきものは無い。
そうなると、この現場を作り出したのは人間ということになる。いや、亜人である可能性もあるか? とにかく知能を持ち、かつ良心を持ち合わせるはずの種族の行ないであるということになる。
くつり、と思わず喉を鳴る。
散々魔族を理性の無いバケモノだ何だとケチをつけておきながらコレだ。
理性を持ち合わせたところでこうして殺し合うお前らこそどうなんだ。
良心を持たない魔族はその性質上殺し合う。しかし、良心を持っていながら殺しを手段の一つとして持ち合わせる他種族は何だ? ケダモノか?
「神の奴も悪趣味だな。互いの正義とやらで殺し合わせる、か。……くだらん」
右腰に吊っている装飾銃を抜き、魔力を込める。
銃口を中心に簡易の魔法陣が浮き上がり輝く。
パシュッ
乾いた音と共に打ち出された魔法弾が大地に着弾。それと同時に炎が地を覆うように駆け巡る。
「さて、…………いつまで見てるつもりだ?」
自分が身を隠していたのとは反対側に向けて声を放る。
独り言とはいえ、聞かれていては少々問題になるような言動を取ってしまったので生かして帰るつもりはない。理不尽と言うなかれ。魔王なんて大概理不尽なもんだ。諦めろ。
「…………」
「何か言い残すことはあるか?」
「……ぅ」
「ん? なんか言ったか?」
木の陰から現れたのは、それなりに体格の良いおそらく戦士の青年。重々しい盾や大剣は持ち合わせていないが、細く引き締まったその体躯は今まで何度か遭遇した勇者のそれに近しい。
よく鍛えられているなと、素直に感心する。
それと同時に何かが琴線に触れた。
(こいつは……殺さず手元に置いた方が面白いか?)
サラリと揺れた赤銅色の髪の、その隙間から意思を感じさせない琥珀がのぞく。
交差した一瞬、僅かに瞳の奥が揺れた。そう見えた。
しかし、その次に発された言葉のあまりの身の程知らずぶりに呆れる。
「殺ス」
「誰に向かって言っているんだ阿呆」
軽く踏み出した一歩で距離を詰め、握ったままの装飾銃のグリップでもって米神を殴りぬく。
粉砕する気は無いのでさすがに手加減はしたが、それでも一瞬で意識は刈り取られたのだろう。力無く地面に体を伏している姿に先ほどまで纏わり付いていた不穏な空気は無い。
(……ああ、そういうことか)
奇妙なまでに意思を感じさせない瞳に覚えた違和感。あれはつまりこういうことだ。
「洗脳か」
そういやそういうの得意な奴もいたな。
こうして思うと、敵として相手取るには魔族って本当にタチの悪いのが揃ってて面倒臭いもんだ。
目の前に落ちてるコレも、魔族かどうか知らんが何かしらに干渉され洗脳状態にあった……ということか。それにしては使い方が杜撰すぎる気もするが。
(大体こいつはどう見ても戦士職だろうに、おそらく情報収集だろう今回みたいなコトには向いてないだろ)
だが、その穴だらけな誰かさんの行動のおかげで良い拾い物が出来た。
「確か、落し物は一割が拾った者に譲渡されるんだったか?」
さて、お前の一割を何でいただこうか。
にんまりと浮かべた笑みは、まさしく魔王と呼べるものだった。
しかし、この場においてそれを指摘する者はおらず、その為ケオは気づかない。
自身が今現在強制的に深い眠りに落とした相手に対して持ちかけようとしている交渉が、よくある“悪魔の囁き”とさして変わらないだろうということに……。
お、お久しぶりです…。