魔王、転職しました。
ハロー皆の衆。魔王だ。いや、元魔王というべきか? まあどっちでもいいよな。細かいとこは置いとこう。
俺は今、適当に魔王城から離れた国のさらに片隅にある小さな街にいる。
何故かって言われると、職探しだ。
今日を生きるために汗水垂らして働く。まったくもって人間的な生活だと思わないか?
だが、ちょっと今困っている。正直言って俺は働いたことが無い。何をしなくても勝手に周囲に魔族共が集まってきては傅いて物を貢いできていたもんで、そもそも何をどうして良いかさっぱり分からん。初っ端から行き詰ってしまった。
「うーむ。」
そもそも俺の体は睡眠も食事も特に必要としないので、いざとなれば無職のままでも生きていくことは出来る。しかし、それでは俺の求める“普通”の一般人、そう! 惰弱で脆弱なか弱き人間らしい生活を送ることは出来ない!
(こうなったら誰か適当に見繕って脳を覗き見るか…?)
その程度のこと簡単すぎて余所見しながらでも出来てしまうが、なんかこれも違う。普通…普通…普通って案外難しいな。
そういえば、
「冒険者、というのは確か職業の一つだったような…」
時折、勝手に部下を名乗っていた連中が冒険者に仲間を殺されたと苦情を持ってきていたことを思い出す。そうだそうだ、あれは確かギルドに所属して認定カードを持った立派な職業だったはず。しかも、なるのに必要なのは名前と本人確認出来る物くらい…本人確認、か。
(俺を俺だと証明する物…いや、魔王って証明したらまずギルド認定する前に通報されて、暗黒の時代の早すぎる再来だーとか勝手に嘆かれるのが目に見えてるな。それは困る。)
唸りながら道端で腕を組んでいる彼を周囲の人は避けて通っている。
そんな人通りにちらりと視線をやり、そこでようやく気づく。
(あれ、これ…)
人に聞けば良いんじゃね?
“普通”なら真っ先に思い浮かぶそれに。
「おおー、ここが冒険者ギルド…。」
人に聞くという最もポピュラーな方法を思いついてからここに来るまで所要時間およそ3分。元々いた道をまっすぐ行った右手にあったというまさかの事実だ。うん。
とにかくたどり着けたのだから、所属希望申請書を記入して認定カードをいただきたいところなのだが…。
(本人確認どうするかな。)
名前欄の隣にある記入項目でさっそく手が止まる。さて、どうしたものか。
「どうかされました?」
「ああ、えーっと、これなんですけど」
「ああ! ご本人様確認ですね? ええと、銀行カードはお持ちですか?」
「ギンコウカード?」
なんだそれ。ギンコウ…ぎんこう…ギンは銀だろ? コウってなんだコウって。
「ええと、お金を預けるシステムはご存知、ですよね?」
「あ、ああ。あ! あーあー銀行な銀行。あれか。すまないが口座は作ってなくてカードは所有していないんだが」
ようやく合点がいってすぐさま返答する。多少覚束ないところもあるが、これで誤魔化せただろう。多分。
それにしても銀行カードか。あれって身分証明になるのか? 確か人間被れの部下が気まぐれに足を運んだら簡単に作れたって言ってたぞ。セキュリティ甘すぎだろ。
「でしたら、口座を作ってからまたこちらにいらしてはいかがでしょうか? ギルドでお仕事をされた後の報酬は口座振込みが基本ですので、どちらにしろ作らなくてはならないんです。」
「なるほど。では、そうしようと思うんだが、銀行はどこにあるんだ? 俺はこの街に来たばかりでな、場所がまだ把握出来ていないんだ。」
「銀行はここを出て左の道をまっすぐ歩いた先に十字路があるので、それを右に入ってすぐ見える広場の正面にあります。大きな不死鳥の紋章が描かれた看板があるので、すぐ分かると思いますよ。」
「そうか、ありがとう。」
銀行に行ってカードを作る。そうしたら申請用紙の必要項目を埋めて、提出。
…お役所仕事だな。こんな簡単になれて良いもんなんだろうか。すごくダメな気がするんだが。まぁ、後ろ暗いところのある人間からすれば助かるシステムなのだろう。実際俺も助かっているしな。
ギルドを出て、言われた道を歩いていけば街の規模にすれば大きめの広場に出る。
(不死鳥の紋章だったな…あれか。)
他の建物と少しばかり趣きの違うそこには、確かに不死鳥の紋章が描かれた看板があった。
入る前に念の為魔力探知魔法がかけられていないかを調べておくかな。
【調査】と心中で呟いた瞬間、脳内に文字が躍る。必要な情報を世界そのものからアップロードするこれは非常に便利な能力の一つだ。索敵や、人間達が築いた国家について、国家間の関係についてなど、どんなことでも“情報”というくくりにあるものはすべてこの能力一つで対処出来る優れもの。人間がこの能力を持っていたなら、勇者というシステムはとうの昔に瓦解していただろう。(だって俺が倒せないって一発で分かっちゃうからな。)
(ふむ、…)
構成物質に異常なし。周囲を覆う薄い魔力の波長は外敵から攻撃を受けた際に発動する固定型結界か。まあ攻撃意思が無ければ発動しないから問題なさそうだし、入るか。
足を踏み入れる。何の警報も鳴らない。よしよし。
「受付カウンターは、っと」
がやがやと賑やかな空気が漂うそこで、わずかながら列が出来ている場所を見つける。どうやらそこが受付のようだ。
並ぶという行為はしたことがないが、人間ならば当然ここは普通に並ぶところなのだろう。貴重な体験だ。さっそく自分もと、列の最後尾に並ぶ。といっても数人しかいないので、順番はすぐに回ってきた。
「いらっしゃいませ、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「口座を一つ作りたいんだ。頼めるか?」
「はい。それではこの申請用紙に氏名、年齢、職種をご記入ください。」
氏名、年齢、職種、だと?
(これ、素直に書いたらまずいよな? 魔王、創世記から現代まで、元魔王ってお前これバカにしてんのかってなるわ。ええと、名前…名前か)
不意に脳裏を過ぎったのは、いずれ痛々しい古傷にしかなりえないだろう二つ名。
“混沌の王”と“終末の魔王”か……
「はい、それではケーオス・S・ラストさん。こちらがカードになります。」
「ああ。」
結局名前はほとんどそのままになったなこれ。というか本当に銀行大丈夫か? お役所仕事にもほどがあるぞ? ケーオスってカオスじゃん。そのままじゃん。Sとかサタンだしな? ラストは、まあいなくもないか。でも、これ分かるやつには一発だと思うぞ。
職種はこれから冒険者になりにいくから未定にしたし、年齢にいたっては不明って書いたのにOKが出るとは…。
若干心配になったが、とりあえず身分証明となる銀行カードを手に入れたわけだし、良しとしとくか。ちなみにニックネームはケオ。こんなのまで記入欄設けてどうするんだとか思ったけど、仕事上名乗る時でもこっちを使って構わないらしい。ありがたいな!
「さっそくお預かり入れ致しますか?」
「んー…いや、良い。仕事をこなしたら自動的に振り込まれるらしいしな。」
「それでは、ありがとうございましたー」
さっそく手に入れたカードを懐にしまい、来た道を戻る。そういえば、当面の生活費はどうしようか。
ギルドで請け負った仕事をこなすと、報酬が口座に振り込まれるらしい。それは良い。それは良いんだが、入って早々仕事をしても、その報酬はそれほど高くないだろう。そうなると、今日宿を取る金にもならないんじゃなかろうか。
(…これは、仕方ないか。)
魔王の持つチート能力の一つ【無限収納】に隠している財宝やら魔法具。あれの一部を売れば当面生活に困ることは無いはず。
(いや、むしろ巨万の富を得るレベルだからな。俺のコレクション伝説級の代物揃ってるし)
あ、これ売ったらマズイんじゃね?
一瞬戸惑うも、すぐに「どうにかなるだろう」と流してしまう辺り魔王と人間の感覚の違いというものだろう。彼の目指す“普通”の一般人が聞いたなら、「どうにもならねーだろ!」と全力でつっこみが入ったに違いない。しかし、彼の内心を聞けるものなど神以外いるはずもなく、彼の出した結論に否定が入ることは無かった。
そう遠くない道のりを戻ってくれば、ギルドのカウンターにいたのはさっきと同じ人物だったようだ。
こちらに気づいた彼女は、さっきの今だからか顔を覚えていたらしく声をかけてくる。
「あ、さっきの!」
「どうも。銀行カード作ってきたので、これで」
「はい。…ケーオスさん、ケオさんですね! 希望職種は、…ハンターですか?」
「ん? ああ。何かおかしいか?」
「いえ、ええと…ハンターってあまり、その。人気が無いので、」
「え」
「ハンターは仕事の性質上モンスターに分類されるものを狩ったりするのがほとんどですが、他にも財宝ハントなんかもあって…その、そのまま盗賊なんかになっちゃったりもするものですから」
「ははあ、なるほど。依頼者受けも良くない、と」
「有り体に言ってしまえば、そういうことですね。」
「うーん、だとすると変えた方が良いかな。他ってどんなのがあるんですか?」
俺のところに来た連中は勇者か、俺の財宝狙いのハンターくらいだったもんで他にどんな職種があるのか分からないんだよな。
「そうですね、一番人気は戦士ですね。後方支援の魔法使い、中・遠距離戦に銃戦士…魔法使いは魔力適正が無いとつけないので、パーティを組む際に有利ですね。魔力持ちは需要が高いですよ! なんでしたらこちらでも調べられますが、どうしますか?」
「あ、結構です。」
調べられたら確実にやっかいなことになるのが目に見えてるんで。
そこからしばらくどんな職業があるのか、それぞれどんな役割なのかを聞いてみたが、要約するとこんな感じらしい。
・戦士…前衛で戦うのを生業とする。主に剣やレイピア、槍など長さのある得物を使う人がなる。
・魔法使い…魔法での広範囲攻撃や高火力から主力にもなりうる後衛。魔力持ちは少ないので、なれると引っ張りだこ。
・銃戦士…銃を使った中・遠距離戦のエキスパート。大型銃で後衛として固定砲台になるもよし、小型銃で縦横無尽に駆け回るもよし。
・僧侶…神への信仰心で力の増減が変わる変り種。後方支援特化型で、回復や結界担当。
・吟遊詩人…自らが歌うことで味方を鼓舞する。能力の底上げも出来る。後方支援。
・狩人…依頼のあったものは何であれ手段を選ばず取ってくる。戦闘では人それぞれで前衛も後衛もいる。
大まかな職業はこんなもので、他にもあるらしいがとりあえず人気が高い五つと、不人気らしい狩人について。
俺からすれば盗賊も狩人もかわいいものだが、やっぱり人間からすればそうも言っていられないんだろう。人によっては罠探知なんかの技能も持っていて有能な人もいることにはいるらしい。が、危険を伴うことが前提なのでやっぱり不人気らしい。
(出来るだけ危険が少ない方が人は好むんだろうなぁ。もしくは、危険はあっても見栄えのする戦士のような職業か。)
別に危険が伴うのは構わない。というか、ここに挙がっている職業の技能で俺に出来なさそうなのは僧侶くらいのもんだ。つまり、それ以外はどれだろうと可能。魔法使いになんてなった日にはお前、俺の魔力無限なんだぞ? パワーバランス崩壊の危機だ。
(俺が目指す普通において力を隠せない、もしくは隠し切れない危険性のある職業は望ましくない。)
ならば、どれが良い?
戦士。前衛で戦うのは趣味じゃない。そもそも大抵の武器は俺の力に耐え切れずに一振りしただけで壊れるかヒビが入って使えなくなるし、創ろうと思えば創れるけど何かヤダ。却下。
魔法使い。前述の通り。却下。
銃戦士。……良いんじゃね? ちょうどこの街着く前に銃創ったし。俺の魔力に耐えられるようにしたから魔銃戦士って感じになっちゃうけど、そこら辺は上手く誤魔化す自信もある。うん、これで行こう!
「じゃあ、銃戦士で登録お願いします。」
「はい、わかりました! では、こちらがカードになります。年に一度更新が必要になりますので、最寄の冒険者ギルドへお立ち寄りの際に受付カウンターで行なってください。更新を忘れますと、発行から一年経った次の日からカードのご利用が出来なくなります。万が一そうなってしまった場合、カードの再発行に二月ばかりかかりますのでご注意ください。」
「作るのは簡単なのに、再発行には時間がかかるんですか?」
「言ってしまえばペナルティのようなものですので。冒険者カードを持っていれば、ギルドのある街ならどこでも冒険者割引が使え、あらゆる機関を安価でご利用出来ます。ただ、その再発行期間におきましてはそれらもすべて使えないということになります。先にご了承ください。」
「わかりました。とにかく冒険者カードを失くすな、更新を忘れるなってことですね。気をつけます。」
冒険者カードを受け取り、Lv.1と記されたそれを見る。
新鮮だ。とてつもなく。
持っただけで記される能力値は案の定軒並み高い。っていうかほぼ完ストしてるんだが、それでもレベル欄はカッチリキッカリ1と記されている。
こうでなくっちゃあ面白くない! この魔王がレベル1! こんな面白いことが他にあるか? いーやなっかなか無いだろう!
気分良く鼻歌まじりにギルドを出る。
この日をもって元魔王は、冒険者であり銃戦士のケオと名乗るようになったのであった。