第二話 死神と魔術のストラテジー
さて、早速依頼を、という感じでいた、俺こと羽馬 結城であったのだが。
「なんでお茶作業をしないといけないんだよ!」
「助手といえば、お茶入れでしょ。倫理には適っている。あっ、あと、紅茶ね」
現在、依頼を頼んでから軽く7時間は経つ。状況を言うなら、永遠とお茶を入れているだけである。お茶をいれ、それを飲まれ、そして再びそれをいれる。ただ、それだけのサイクル。まさにティーサイクルだ。
「何時、依頼に手を出してくれるんだよ」
「まだ、かな。一応情報網で探っているけど」
このソプラノ質の声を持つ少女――ではないらしいが、ゴスロリ少女は見飽きたのであろう黒い厚めの本を片付けながら、一つの本を取り出す。その中は全て白紙だが、その真っ白い紙から、複数の線が現れ一つの地図が現れる。
「それも魔術か?」
「うん。この線はボクがこの街に張った魔力を現しているわけだよ。でも、何もかからないね」
魔術探偵という変わった探偵であるユイヤ・オルコットは、残念そうに本を片付けた。少なくとも、依頼には手を出してくれているわけか。まぁ、許してやるか。
「これにかかるまでは行動はできないよ。まぁ、それまで待ってくれたら嬉しい」
納得はした。だが、個人的な感想だが、この事務所、全くもって依頼者が来ない。だから、このサイクルの繰り返しは嫌なんだが。
「依頼者はもうそろそろ来ると思うんだけどなー」
このゴスロリ少女は何か予知する力を有しているのだろうか。それとも、前からの約束とかで依頼者が来るのかもしれない。いや、後者が正しいだろうが、こいつの近くにいると最初の可能性もありそうなのだ。……魔術なんてチートもあるしな。
「そうそう、助手。紅茶」
「早っ!?」
渡して3分も経っていないぞ。これまでは10分はかけていたのに。
「ん、すまない。紅茶を入れるのではなく、ティーカップを直してくれ」
こいつ……。まぁ、いいか。こういうやつなのはもう解ったことだし。
とりあえず、俺はユイヤの言葉に従いティーカップを水で洗い、棚に直した。意外にも、ティーカップの数が多かった。来客用か?
俺がティーカップを直し終えると同時に、静寂であった部屋に音が流れた。否、音であるがあくまで効果音の部類に入る物だ。
扉。ついさっきまでスキンヘッドが倒れていた扉が開いた。ついでに、スキンヘッドは路地裏に捨ててきた。トンファも没収しておいた。
話を戻す。その扉のところには、おずおずと現れた小動物のような人間――少女が現れたのだ。
「やぁ。やっと来たね」
「は、はい! やっと来れました!」
ユイヤの声に少女は喜びに溢れた声をあげる。
「知り合いか?」
まぁ、ユイヤはなんだかんだで可愛い姿をしているからな。こういう知り合いがいてもおかしくはない。
所詮友達だろう。そう思っていた俺に対し、このゴスロリ少女は魔術探偵としてこの少女を紹介した。
「彼女の名前はアメル・マミ。ボクの――
――専属の死神さ」
「し、死神ぃ?」
薄々思っていたが、なんだかこいつと一緒にいると変な単語ばかりが現れるな。ていうか、こんな小さい小動物的な少女が死神とは到底思えないんだが。
「は、ハイ。死神のアマル・マミです。アマルと呼んでください」
と、この小動物少女が言うもんだから、否定するにも否定できない。いや、ユイヤのことだから言い聞かせているのかもしれないが。
「……君、今ボクが失礼なことをしているはずだと思っただろう?」
「え? いや――」
「思った、だろう?」
こいつ……。残念なことに、こいつは中身が男だが外見は女であって、何というか……カワイイと思ってしまっている自分が悲しい。
ていうか、人の心を読めるとか、チートだろ。
「否定はしない」
「まぁ、いいけどね。ボクはよくそういうことしていると疑われる。非倫理的だよ、印象で決めるなんて」
疑われるのかよ。なんだか、悲しいな。
「でも、これは本当のことだよ。彼女は死神。証拠が見たいなら――ほら」
ユイヤは先ほどまでいたそのアマルという少女のほうへ指差す。ていうか、人を指で指すなよ。
そう心の中でツッコミながらその指の方向へ向くと――――
「なっ……」
そこには、少女の姿ではなく黒いボロボロのローブを着た何かがいた。その背中にはその背丈の二倍はあるだろう、それぐらいの大きさの鎌があった。
俺が目の前にいる存在で思い浮かべた単語。そして、さきほどいた少女が言った単語。それが重なる。
「え、えへへ……。驚きました~?」
黒い何かがそんなことを言う。声はまるでさきほどまでいた少女だった。
俺は即座に脳内会議を始める。えぇーっと、とりあえず整理しよう。
1、さきほどまで小動物と考えてしまうほど小さい少女がいた。
2、その子のことをユイヤは死神と言い、少女もそう言った。
3、ユイヤがカワイイと思ってしまった。
4、黒い物体が現れた。
……最後から二行目は除いておこう。疲れてるんだ、ティーサイクルで……。
だが、その間のことを考えると非常に短い。俺の考えていた早着替えは無理である。第一、あんな大きな鎌を持てるわけがない。
「認めなよ。この世の中には認めなければならない物もあるんだよ」
「認めたくないが、流石に認める。死神……というのはいるんだな」
認めたくないものだな。だが、認めないといけないこともある。
死神かぁ……。魔術探偵って、変わった職業――てか生物と交流があるんだな。なんだか、知ってはならない世界を知ってしまった感じだ。
そんな俺を見てユイヤはそのカワイイ顔でドヤ顔。アマルは黒いフードから顔を出す。ユイヤに腹パンしたくなった。しないけど。
あと、今更ながらアマルという少女――もとい死神は意外とカワイイ。ユイヤは中身が男だからか、少しだけボーイッシュというかそんな感じがするが、アマルはすごく少女らしく、なんだかカワイイ。あと、アマルの容姿についても説明しておこう。髪型はピンクのツインテール。その顔は幼く、綺麗よりカワイイ印象を受ける。先程まで着ていた服は淡いピンクのワンピースだったが、今は黒いボロボロのローブになっている。そして、その手には大きな鎌なわけだ。危険だなー。ただ、それのせいで儚い印象――もとい少し暗い印象を受ける。
「さて、長たらしい世間話は終了したほうがいいね。これからが、本題だ」
ユイヤが自己紹介というか世間話を終了させた。そして、気持ちを切り替えるように咳払いをする。
「アマル、君の依頼内容はこの間の続き……でいいんだね?」
「はい。そして、もしかしたら終わるかもしれません」
……話が見えん。いや、まぁ、俺はここに来てから7時間チョイしか経っていないわけで、解るわけがないんだが。それでも、取り残された感はぬぐえない。
「結城。君は話が見えなくて複雑そうな表情をしているから説明するが、ボクこと魔術探偵は死神と提携して依頼を受けることもある。そして、今回受けた依頼はこの死神のいわゆる手伝いさ」
「手伝い?」
「アマルは悲しいことに未だ下級の死神でね、こうやってボクに頼る。代わりにボクは金や情報や色んなものを報酬として受け取るんだけど」
まぁ、このあたりは普通の探偵と似ているな。相手が違うだけか。
ていうか、死神の信頼も得ているなんてすごいな、こいつ。
「つーか、俺も依頼の報酬を考えないとな」
「その点は君を助手としてタダで雇ったから問題ない。存分にボクを守ってくれ」
その助手という言葉はそんな意味があったのか。全然考えてなかったな。
「仕事内容は、地獄行きが決定している罪人。だが、いかんせん裏の世界に精通していてね……。残念ながらまだ殺すまでには至ってなかった。ボクは捜索をしていたんだけど、どうやら死神のほうが見つけたようだね」
「それで終わりか?」
「いや、依頼はここから。ボク達も戦闘に同行し、相手を弱らせる。そうじゃないと安心して地獄へ送れないからね。君にも解るだろ、論理的に」
一見、話の内容がカオスになってきたが、整理して考えてみるとなるほどと思った。
どうやら、地獄行きを決定させる鍵は、この死神の少女が握っているらしい。だが、力は強くないため俺たちが敵を弱らせる必要があるわけ、か。
「了解した。言うなれば、俺とお前で敵をやっつける。そして、アマルでとどめ、ということだな」
「そうだよ。理解が早くて助かる。流石、ボクの助手だよ」
そりゃどうも。さっき頭を整理していたから偶然早くできただけだがな。
「戦術はもう考えてある」
と、ユイヤは自信満々でそう言った。
どうやら先ほどのティーサイクル中に考えたらしい。
「先頭はボクで行く」
「待った」
俺は思わずストップをかける。考えが甘すぎると判断したからだ。
「お前は今魔術しか使えないんだろ? なら、俺が先頭でいくべきだ」
「そちらのほうが確かに合理的さ。でも、残念ながら今回の敵の能力等を考えるとその戦法は使えない」
ユイヤがそう言い切ると、さっきまで黙っていたアマルが俺に説明をする。
「敵は剣術に長けた、いわゆる盗賊的なやつでして、魔術を知らない感じなんです」
「ならなおさらだ。俺が前に出れば――」
「君の実力では無理だ」
ユイヤが俺の言葉を遮った。そして冷たく言い放つ。
「表で生きていた人間とでは、裏の人間が明らかに勝る。確かに最初のスキンヘッドも裏の人間だったが、少なくともイレギュラーである君がいたせいか対策を練れずに弱かった。でも、今回は違う。あいては魔術を知らない。いわゆる、そういう物理的干渉しか知らないということだ」
俺はその長たらしい説明と、冷たい声に驚いていた。
少なくともユイヤはこれまで――と言っても7時間ぐらいだが、ここまで冷たい声は出さなかった。
恐怖。それか、それに近い圧迫感。それを感じてしまった。
「故に、ボクが先頭に出て魔術的干渉をし、相手を圧倒する。そこをアマルでとどめを刺す。悪いが、今回はサポートに回ってくれ」
納得……はしていない。だが、確かに合理的だ。
無知ほど危険なものはない。もし俺が敵だったら、いきなりよく知らない魔術攻撃をされたら対応できないだろう。
不服だが、その作戦で行こう。
だが、絶対にこいつは護らないとな。姉さんの依頼の件もあるし。
「納得したかい?」
再び優しい温もりを持ったカワイイ声に変わる。
「あぁ。なら行くぞ」
覚悟は決めた。決意、というやつだ。そうなれば早く済ませたい。終わらせて、ティーサイクルを始めたい。
俺は最初、嫌悪感を抱いていたであろうあのティーサイクルのことが急に恋しくなってきた。
依頼を受け、戦いの準備をした俺達はすぐさま、敵がいると言われている場所へ来た。場所は町の郊外に位置する森の中。暗闇の中で、フクロウが鳴いているのが聴こえる。
戦闘と言うことで俺はいつもの服に白朱雀を、ユイヤは服を着替えた。といっても、白と黒のゴシックドレスが赤と黒になっただけだが。
それを指摘したら、ユイヤがすかさず、
「一応、戦闘用だよ。血がついても目立たないだろう? 合理的だよ」
と即答した。理由には何とも言えず返答できなかったが、まぁいいだろう。
俺の後ろにはアマルがいる。相変わらずボロボロの黒いローブ姿だ。後ろには大きな鎌を背負っている。その刃が月の光を反射し目立つ。神秘的だが、恐怖を与える。当たらないように気をつけよう。
「来ました」
アマルが緊張した声で言う。とっさに俺は刀を引き抜こうとするが、ユイヤが手で制止させる。
「スピード勝負ではなく、まずは向こうの要求を聞くべきだ。場合によれば、戦いをせずに終わらすことも可能だし、合理的だ」
一理あり。接触するなら戦いはしたくないしな。
「交渉能力には自信有りだから、大丈夫だよ」
そしてこのユイヤのドヤ顔である。むかつく。だが、カワイイから殴れないのが悲しい。
「でも、危険なら俺を呼べよ。助けるから」
「君に時間があればね」
いちいちむかつく。だが、アマルが俺を手で思考を止めさせる。よく見ると、眼が真剣そのものになっている。
「ユイヤさん。行ってください」
「解った」
ユイヤも真面目になっている。さっきまでのむかつく態度とは違う。まるで、あの時言い張った冷たいユイヤだ。
ユイヤが林を越えたところで止まった。俺達は草むらと木に隠れるように、ユイヤの後ろで見守っている。
「何モンだ?」
すると静寂の中からスキンヘッドほどではないが中々に低い声が上がった。よく見ると、そこには髭がボウボウに生えたTHE 盗賊のような感じの男がいた。
「(なぁ?)」
「(何ですか?)」
俺はアマルに小さな声で質問をする。
「(なんでこうも盗賊的なやつが続くんだよ)」
「(それを私に言われても……)」
ごもっともである。ていうより、この子はスキンヘッドに会ったことがないから、言っても無駄であることを今更ながら気がついた。
「ボクはユイヤ・オルコット。一応探偵をしている。今回は君に交渉をしに来た」
ユイヤが声を上げる。そのかわいらしい声には、今は鉄のように冷たい物を宿している。
「交渉? んなのはいらねぇよ。いるのは金と女と命だけだ」
敵の男がいかにも悪党らしいセリフを吐く。こいつ、最低な野郎だ。
俺はすぐに斬りたい衝動を抑えながら、ユイヤを見る。未だに冷静に敵を見ている。恐怖はなさそうだ。
「そうか。なら、交渉は終了だ」
交渉が終わった。ていうか、早っ! 得意とかそういうやつじゃないぞ。ていうか、下手だ。自信過剰だ。
「ケッ。そうかい。まぁ、いい。おめぇ、よく見たらいい女じゃねぇーか」
……予想通りの展開だ。いや、まぁカワイイけどさ。でも、中身は男なんだぜ。
「そりゃどうも。でも、ボクには聞きたくない言葉だ」
少し怒っているのが判る。禁句なのかもしれないな。思わず身震いをしてしまう。
「女のくせに生意気言いやがって。んじゃ、力づくで行かせてもらおうか」
これまた予想通りの展開だ。
俺はとっさに刀を抜こうとした。が、それをアマルに止められる。
「(ユイヤさんに言われていたんですけど……。この戦いには、あなたに干渉してほしくないそうなんです)」
「(なんでだよ)」
「(力を見せ付けておきたい、と言ってました)」
うーん……。納得はいかないが、ユイヤが不適に微笑んだから、無理矢理納得させた。大丈夫だろう、と思い込ませる。
「俺の女になりやが――」
「闇式、紐牢!」
ユイヤが敵の言葉を遮り大声で言葉を放つ。すると、地面から――厳密には地面にある林などの影から複数の黒い紐のような物が現れ、敵の体に巻きついた。
「な、なんじゃごりゃ!?」
敵はいきなりの現象に戸惑い上ずった声を出す。
「魔術。しかも、ボクの得意な闇系統のね」
そう言いながら、ユイヤは敵に近づく。武器は持っていない。しかし、謎の安心感がある。
これが魔術か。そう感じた。
「決着は早めにつけたいんだ。だから、」
と最後まで言い終わらずに、
「炎式、灯火!」
と言って、ユイヤはその小さい指を敵に当てる。そこから炎が現れ、敵を燃やした。全て。口も。目も。髭も。髪も。全て。
敵は声にならない声を上げてもがき苦しんでいた。
残酷だ。残酷すぎる。度が過ぎている。
「アマル」
ユイヤは冷静に俺の隣にいる少女の名を呼ぶ。少女はハーイ、と浮かれた声を出しながら草むらから出る。その手には、あの大きな鎌。
「んじゃ、あなたは地獄行きなので、もっともっと熱い思いをしてきてくださいね。さようならー」
無邪気で、尚且つ心が浮かれている声を出しながら、その大きな鎌で火だるま状態の敵を切り裂いた。すると、不思議なことにその火だるまから声は出なくなり、次第にその形すらなくなった。
「依頼終了だよ」
ユイヤが冷たく言う。またこの声だ。
俺はこの声が好きにはなれなさそうだ。まるで感情を押し殺したような声で――
いや、押し殺しているのかもしれない。冷たい仮面を被っているに違いない。
「結城。帰ろう」
ユイヤはそう冷たい声で言う。
ユイヤは純粋に恐怖し、人を殺した罪に悲しんでいるのかもしれない。そう思えた。そう思いたかった。いや、そうとしか思えなかった。
なぜなら、彼女の目から涙が浮かんでいたから。
俺は言われたとおりに彼女の隣に行った。
「帰るか」
俺は、そんなユイヤの手を握り締めながらそう言った。
不思議と、その手はとても熱かった。
人は自分という仮面を被ります。
しかし、その仮面は一つではなく複数持っています。
人は外部の環境によって仮面を変えるのです
例え悲しいことがあっても顔に出さない人は、実はそうやって隠しているだけなのかもしれません。
そう考えると、人間って悲しく思えてきませんか?