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羊の三題噺。

【三題噺】明日はプール日和。

作者: シュレディンガーの羊
掲載日:2011/08/12

私のコンプレックス。

一つは、頼まれると断れないところ。

そして、もう一つは名前。




うちのクラスには、問題児がいる。

教師が手を焼くいわゆる不良。

金色の髪は、およそ日本高校生には似つかわないし、左耳のピアスは痛々しくて見ていられない。

関わりたくない人物No.1。

だけど、それがどうしてこんな事になったのか。


「唐沢くん……」

「なんだよっ!」


プールの中から、苛立った声が応える。


「お願いだから、ちゃんと泳いで」

「ちゃんと泳げなくて、悪かったなっ」


そう吠えた彼に、私は頭が痛くなった。




「水泳の補習?」

「そう、居残りみたいなもんだ」


体育教師の北村先生が、そう笑った。


「それを、代わりに監視してろと?」

「今から、俺出張なんだわ」


頼むよ――――そう手を合わせて、先生が頭を下げる。


「今日の補習は一人だけだし、見てるだけでいいからさ」

「一人だけなんですか?」

「そう、簡単だろ」


そこまで言われても、悩む私に先生はついに切り札を出す。


「頼むよ、委員長」

「……はい」


そう言われては断れないと、仕方なく頷いた。

単に、一人の泳ぎを見ていれば、いいだけなんだし。

そこで、そういえばと思う。


「その一人って誰なんですか?」


私の問いに、先生は恐ろしいほど爽やかな笑顔で言った。


「我が校誇る不良の唐沢くん」




親友に、人生を損する人種だと言われた事がある。

その時は全否定したけれど、今は確かに、と思う。


「唐沢くんて、泳げなかったんだね」

「悪かったなっ」


プールの中から、唐沢くんが私に向かって再度叫んだ。

いつもの金髪は、水に濡れて元気なく垂れている。

まるで、犬の耳の様だなと場違いに思った。


「てか、お前誰だよっ」


犬は、犬でも不良犬だけど。


「同じクラスで委員長の相葉」

「相葉ぁ?」


さらりと答えると、知らねぇ――――眉を潜められた。

それは、あなたがクラスに日頃いないからですよ、とは言わないでおく。

そこまで、私は馬鹿正直ではない。


「名前は?」

「……奈々」


唐沢くんは一瞬、きょとんとして、


「なんだお前だったのか」


理解不能の台詞を言って、笑う。

その表情は、とても無邪気で思わず見とれた。


「で、どんだけ泳ぐわけ?」


その問いに、はっと我に返る。

高校生男子に見とれるなんて、増してや不良の唐沢くんに見とれるなんて。

慌てて、スカートのポケットから、メモを引っ張り出す。


「クロール200、平泳ぎ200」


メモを読み上げて、首を傾げる。


「唐沢くん、水泳の授業は全部サボってたよね。このメニュー、少なくない?」

「北村のやろうは、俺が泳げないの知ってんだよ」


唐沢くんは苦々しく吐き捨てた。

その言葉に、不意に気付く。


「じゃあ、唐沢くんがサボってたのは泳げないから……?」


舌打ち混じりに、唐沢くんが顔を背けた。

ピアスの穴が、濡れた髪の間から見え隠れする。


「泳げないなんカッコわりぃ」

「でも」


私は、プールサイドにしゃがみ込んだ。

唐沢くんが驚いた顔をする。


「だからって、逃げてる方がカッコ悪い、と私は思う」


茶色の瞳が僅かに揺れた。

私はなんで、こんな事言ってるんだろう。

関わりたくなんてなかったのに。


「そんな事、知ってる」


唐沢くんが、私を睨め上げた。

鋭い視線に怯みそうになる。

でも、


「泳ぎ終わるまで、私は帰らないから。唐沢くんも、帰らせないから」


精一杯の担架をきった。


「逃げるのはカッコ悪いよ。カッコ悪くはならないで欲しい」


いくら不良でも、金髪でも、こんなに無邪気に笑えるんだから。


「がんばろう」


自然に笑みが零れる。

一瞬の空白。

すると、唐沢くんは乱暴に髪を掻きむしってぼそっと言う。


「……わぁったよ」

「?」

「だから、逃げねぇって言ってんだっ」


顔を赤くして、唐沢くんが目を逸らす。


「あと、恥ずいから、あんまこっち見んな」


その台詞に、思わず吹いた。

唐沢くんは案外、可愛い人かもしれない。そう思った。




「悪かったな」


突然の謝罪に、私は隣を歩く唐沢くんを見た。


「こんな遅くなっちまって」


対する唐沢くんは、前を向いたまま。


「別にいいよ」


そう、現に送ってもらっている訳だし。

結局あの後、400㍍泳ぐのに2時間かかった。

空はすっかり闇色に染まっている。


「唐沢くん、逃げなかったし」

「あそこまで挑発されて、逃げられる不良がいるか」


呆れたような声音が可笑しくて、くすくすと笑う。

不意に唐沢くんが立ち止まった。


「唐沢くん?」

「ちょっと待ってろ」


そう言うなり、スーパーの中に走り込んでいく。

止める暇もなかった。


「どうしたんだろ……?」


首を傾げつつも、私は彼を待つ。

唐沢くんが店から出て来たのは、約30秒後。

確かにちょっと待っていろ、だ。


「ほら」


白いビニール袋を放り投げられ、慌ててキャッチする。


「なにこれ」

「今日の礼」


袋は思ったより重い。

中身を覗き込んで、絶句する。


「ちょ、唐」

「相葉奈々。実は、クラス名簿、見たときからずーっと思ってた」


悪戯っぽく笑って、唐沢くんが袋を示す。


「あだ名は、バナナ決定だって」

「ちがーうっ!」


そのあだ名は、中学で封印しようと決めたのに。


「共食いでもしてろ」


じゃあな、バナナ――――最後に、眩しい程に笑いながら手を振って唐沢くんは走って行った。

一人残された私は、袋に入ったバナナを持って立ち尽くす。


「唐沢くんて」


夜空に浮かぶ星々を仰ぐ。


「恩知らずだなぁ」


そう呟いて、私は一人で笑った。




明日は、快晴。

きっと不良も喜ぶ、いいプール日和。

三題噺として書きました。

不良、バナナ、プール。

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