1-6、ヘンテコな少女様っ!?
ここから暴力表現があります!!
苦手な方はご注意ください。
少年は、ひどく飢えていた。――それはもう狼のように。
ぎらぎらと光る目、痩けた頬、やけに発達した黄色い犬歯。衣服はこの寒さには厳しすぎるボロボロの布を体に巻き付けただけという簡素なモノで、その出で立ちは原生人そのままである。伸ばしっぱなしの灰色の髪が、よりその印象を強くする。大きく開いた胸元から見える鎖骨は異常なほど盛り上がり、手にも足にも肉らしい肉が付いていなかった。骨と皮だけといった状態である。育ち盛りの年頃であろう少年にしては、あまりにも悲惨な姿だ。
けれど、少年に今の自分の姿を憂う心の余裕はない。少年はただただ腹が減っていて、自分の食欲を満足させることだけしか考えていなかった。思えば少年は、生まれたときから腹が減っていたような気がする。もし誰かに「何のために生きているのだ」と聞かれたならば、少年は迷うことなく「空腹を満たすため」と答えるだろう。生きて行くには真実、理由などはいらないのかもしれないが、それ程、少年は飢えていたのだ。
そして――この時。少年は、空腹を満たすためにあることを実行しようとしていた。
あぁ……腹減った。
今は獲物を目の前にしているから息を潜めているけれど、ともすれば腹を減らした獰猛な犬のようにハッハッと舌を出しそうになる。
ひんやりと露に濡れた葉の間に見える二人の人間――滅多にいない上等な獲物だ。あの人間達を連れていけば、最近ロクな獲物を連れてこないとイライラしている頭領の機嫌を直して、久しぶりにメシをくれるかもしれない。
葉の間に見える二人の人間は、見ているこちらの目が痛くなるほど髪の色が濃い。自分の、シラミで汚れたくしゃくしゃの灰色の髪とは比べようもないほど。――あいつら、頭領達が言ってた『キゾク』だ。
少年の表情に乏しい顔が、にたりと笑う。少年は、手に持っていた大型のナイフを強く握りしめる。
実はこの少年、随分前から二人の人間を尾行していた。それを悟られないように、付かず離れず、ある程度の距離を保って二人を見ていた。
一人は――背の高い、真っ赤な髪をした男。
もう一人は――蒼いウサギを抱いている金色の髪をした少女。
どちらも旅人のようで、そこそこ金になりそうなモノを持っているようだった。一つは、少女の首にかけられた蒼い宝石のペンダント。もう一つは男が腰に差している炎の紋様が彫り込まれた銀の装飾銃。少年にとっては、見逃せない物ばかりだった。
こんなところでこんな上等な獲物を見つけられるなんて、なんという幸運なんだろう。少年は、舌なめずりをして二人の様子を改めて窺った。――二人はもう眠ったようだ。顔を伏せて、静かに寝息を立てている。
今がチャンスだ。少年は、右手に大型ナイフを握りしめ、猿のような俊敏さでロクな足音もたてず真っ直ぐに走り出す。――まずは、赤い髪をした男を、ころす。
少年は高く飛び上がると、三日月状に唇を吊り上げてナイフを振り上げた。
「!」
多くの血に染まって所々錆びたナイフの切っ先が―――月の光を受けて銀に輝く装飾銃のグリップに突き刺さっている。少年は、驚きに目を見開いて男を見る。眠りについていたばかり思っていた男は、足を片腕で抱いたまま真っ直ぐに少年を見つめていた。少年を射抜く赤茶の瞳は、驚きの色も恐怖の色も宿してはいない。普通の瞳。
それなのに、その瞳に射抜かれた瞬間背中に走った怖気は、今までに感じたことがないくらい強いものだった。
「あ~ぁ……めんどくせぇなぁ、まったく」
男――ディークは、言うとすかさずナイフが突き刺さったままの装飾銃を後ろに引いた。呆然としたままの少年は、その動きに何の抵抗も出来ないまま引っ張られる。その力と共にナイフはグリップから引き抜かれ、少年は派手にすっころんだ。ディークは静かに立ち上がって少年の手のナイフを蹴り飛ばし、ナイフは少年の手が届かないはるか向こう側に飛んでいった。
「あ……」
少年が蚊の鳴くような声を出して、ナイフの飛んでいった方向を見る。が、ディークはその少年の頭を容赦なく踏みつけた。少年が、鈍い呻き声を洩らす。
ディークは深くため息をつき、少年の頭を踏みつける足に力を込めた。
「せぇっかくよく眠ってたってのに……なぁんで邪魔するかなぁ、おまえ」
言うが早いか、ディークは少年の頭を押さえた右足を振り下げて、顔面を蹴りつけた。少年のやせ細った体は、軽く地面の上を転がっていく。ディークはそれを退屈そうに見つめながら、ゆっくりと歩み寄る。そうして立ち上がろうとする少年の体に容赦ない蹴りを加え続けた。
「ひっ……や…やめ……助けてッ」
少年が体を丸めて頭を庇いながら、許しを請うと。ディークは足を止めて、少年の首を掴んでそのまま宙に持ち上げた。節ばった指の、どこにそんな力があるのか、少年の首にディークの指が食い込んでいく。
「……あ? 助けてとか言える立場じゃねぇだろうが、おまえは」
何の響きもない、無感情な声音に少年は顔を醜く歪めた。怖い怖い怖い怖い。
少年の骨張った手足が、がたがたと小刻みに震え出す。ディークの指に喉を圧迫されて、息が出来ない。掠れる声と共に、口からぼたぼた唾液が伝って落ちる。それを見たとき、初めて。ディークの顔には表情らしい表情が浮かんだ。嫌悪という――負の表情が。
「―――汚ねぇもん垂らしてんじゃねぇよ、クソガキ」
ディークの膝から生まれた鋭い一撃。それを鳩尾にモロに喰らって、少年は血の混じった唾液を飛ばしてその場に崩れ落ちた。あまりの衝撃だったのだろう、少年は涙をたっぷり目に溜めて、腹を押さえたまま動かない。
少年がそうなってもまだまだ攻撃――というより虐待の手を、ディークは休めようとしなかった。