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不思議の国のアリス様っ!?  作者:
第1章 ヘンテコな少女様っ!?
3/13

1-3、ヘンテコな少女様っ!?

 ザクザクザク…………。

 雪も大降りになってきた、ここは《スノー・フォレスト》。

 その森の中に、二人の不審な人間がいる。

 一人は、長い黄銀の髪に、真っ赤なリボンをした少女。

 一人は、やけに老けて見える、せきぎん赤銀髪の男。

 二人は、地面には這い(つくば)って、茂みに頭を突っ込んでいる。

 一見、少し頭がおかしい人間のようにも見えなくはないが、二人は多分、正気である。

 アリスとディークは、あるモノを先程から探していた。

 そう。アリスのぬいぐるみである。

 雪がだんだんと降り積もり、捜索は困難に陥ってきた。先程まで見えていた赤茶の地面は雪に覆われ、もうその姿は見えない。この調子では、アリスのぬいぐるみも雪に埋もれているだろう。

「なぁ、青いウサギのぬいぐるみだったよなぁ?」

 茂みに突っ込んだ頭を引き抜いて、ディークがアリスに呼びかける。

 同じくアリスも、ディークの近くの茂みから顔を出して答えた。

「うん。首に、あたしと同じ赤いリボンしてるから」

 ザクザクと雪を掘り続ける二人の手は、すでに真っ赤に染まっていた。あまりの雪の冷たさに、両手がぶるぶるとかじかむ。

「はぁ~、雪……冷てぇ……」

 感覚が無くなってきた手に、はぁ、と息を吹きかけ、ディークは両の手をこすり合わせた。アリスを見ると、雪の冷たさなど感じていないかのように、せっせと雪を掘り続けている。深く息をついた。

「……ホントに、ここに落としたのか?」

 アリスの手が止まる。しかし、アリスはまたその手を動かし始めた。

 だからディークも、ウサギ捜索を再開する。

 ウサギ捜索を始めて、一時間は経ったろうか。この辺りの土はあちこち掘り返した。その証拠に、ここらの地面にはぼこぼこと穴が開いている。まぁ、それもこの雪ですぐに埋もれてしまうだろうが。

「……さっきの話だけどさ」

 視線は手から離さぬまま、ディークは独り言のように呟いた。

 アリスは、聞いているのかいないのか。しかし、ディークは続けた。

「マジで、何にも覚えてねぇのか」

 アリスは何も言わない。その事については話すつもりは無いらしい。

 諦めて、ディークも黙った。

 髪に降り積もった雪が、とろりと溶けて、つっと伝う。空気が張りつめ、肌が痛い。

「……覚えてないよ。何も。さっき言ったでしょ」

 ぼそりとアリスが口を開いた。

 返事が返ってくるとは思わなかったので、ディークは少し驚いた。

「……で、おま……じゃなくて、アリス様はこれからどうする気なんだ?」

 一応、「様」をつけておく。しかし、口調はため口。

 何か飛んでくるかと少し身構えたが、何も飛んでこなかったので、どうやら機嫌を損ねてはいないようだ。

「……わからない。でも、自分が何者なのかは知りたい」

「……あのさぁ、ある一族を根絶やしにするって話」

 アリスの動きが、ぴたりと止まった。その事については触れられたくなかったのか、凄い形相でこちらを睨みつけてくる。

「おいおい、そんな目で睨むなよ。俺、臆病なんだから。単刀直入に聞くわ。おま……アリス様は、マジでその一族を根絶やしにしようなんていう、物騒なコトするつもり?」

 アリスの瞳が険を帯びる。底の見えない暗く深い闇が、そこにあった。

「……そうだって、言ったら?」

 鋭く、相手の思考を探るような、低い声音。

 ディークは、腹に溜まったモノを吐き出すかのように、深く息を吐き出した。。

「……べっつにぃ。何にもないけど。でもさぁ、なぁんにも覚えてないんだろ? その一族を根絶やしにするったって、そいつらを殺す理由も知らないまま、ホントにそんな事できんのかぁ?」

 くるりとこちらに背を向けてしまったアリスに問いかける。

 十秒ぐらい返答を待ってみたが、何も返って来なかった。

 それにしても、とアリスの背中を見ながら、ディークは思う。

 全く、厄介な人間と出会ってしまったものだ。

 このご時世、旅人なんてものはそんなに珍しくもない。平和、と言いきるには難しいが、それでも目立った争いも起きていない現在、このカルネリア大陸に存在する五大国は、どこに出入りするにも大して苦労はしないからだ。

 ディークが旅に出て、はや三ヶ月。その間に、いろいろな旅人を見てきたが、アリスのような子供の、しかも女の子など見たことはなかった。大体が、よぼよぼの年寄りか、男だった。

 自分の事を何も知らない、幼い少女。見たところ、歳は七、八歳。けれど、尋常でない戦闘能力を持っている。おかしいのはそこだ。あの歳にして、大人を軽く上回る程の戦闘センス。何らかの訓練を受けていたとしか思えない。あの並外れた戦闘能力があれば、旅人を襲う盗賊などの心配はないだろう。しかし、所詮は子供だ。万一って事がある。

 考えれば考える程奇妙だ。一体、記憶を無くす前のアリスは何者で、また何の目的で旅をしていたのか。

 アリスの言うとおり、ある一族を根絶やしにするためか。それとも、何か別の目的があったのか。まぁそれはともかくとして、何故、あの歳にして、その一族を根絶やしにしようなどと思い立ったのだろう。

 そこまで考えて、ディークは考えを打ち消した。

 自分らしくもない。あれほど、他人に干渉するのは二度とごめんだと思っていたのに――――。

 『ある一族を根絶やしにする』と言ったときの、あのアリスの瞳を見てしまったからか。

 首を振って、ディークはぬいぐるみを探すことに専念した。――――と。

 一瞬、何かが遠くの方で光るのが見えた。きらきらと光るあの色。すぐさま立ち上がって、そちらの方に走る。これでも目はいい方だ。見間違えていなければ、あれは―――。

 はっはっ……と軽く息つきながら、雪の間からちょこんと顔を覗かせている物に視線を落とした。

 雪の雫を受けて、光っていたのは―――赤いリボン。

 腰をゆっくり落として、せっせと雪を掘る。雪はまだ積もりたてで、ふんわりと柔らかかい。雪の冷たさはもう感じなかった。指の先が、とっくにかじかんでしまっていたから。

 つんと指の先が何かに当たった。雪を掻きだし、それを静かに取り出す。

「……やぁっと、見つけた……」

 雪に濡れて、濡れ鼠ならぬ濡れウサギになってしまっていたが、間違いない。

 ディークは、青いウサギのぬいぐるみを高く掲げる。

 光を背に、ウサギは何だか、人間のように見えた。はぁ、やっと解放された。とでもいうような。すると、

《助けにくんのが遅いんだよ、このバカ!》

 突然、ハイトーンな声が耳をつんざいた。

 びっくりして、ぬいぐるみを見る。が、ぬいぐるみはただのぬいぐるみだった。人の顔のように見えたのは気のせいだったのか。

 アリスがこちらに走ってくる。

「見つかった?」

 はぁはぁと肩で大きく息をついて、アリスが聞いてきた。顔にはかすかに汗が滲んでいる。頬が、ほんのりと赤みを帯びていた。

「ほれ、これだろ」

 ずぶ濡れの青いウサギをアリスに手渡す。

 アリスは手を震わせながら、ウサギを受け取った。

「……ごめんね。ごめんね、アン……」

 アリスが、ぎゅっとウサギを抱きしめる。あまりにもきつく抱きしめられた為に、アンと呼ばれたウサギからは、染み込んだ水がボトボトとこぼれ落ちていた。ちょうど、濡れ雑巾を絞ったときのように。

 ディークには、ウサギが、ぎゅうぎゅうと抱きしめるアリスの腕の強さに苦悶しながらも、ほんの少し照れているように見えた。

 しかしながら、こうしていると、アリスもただの子どもに見える。というか、子どもなのだが。

 まぁ、こういうのもたまには悪くない。

 小さく笑みを浮かべて、ディークは思った。

 なんにしろ、これでやっと、恐怖の少女から解放されるのだ。そう思うと、ディークは天にも昇る気持ちだった。

「ねぇ、ディー」

 密かにその場から立ち去ろうとしていたディークは、再びアリスに呼び止められ、恐る恐る振り返った。

「……な、何でしょう?」

 引きつった顔でディークが答える。

 アリスはぬいぐるみを引きちぎりかねない強さで抱きしめながら、少し躊躇した様子で、小さくこう言った。

「……まぁ、これを探してもらったのは、あたしに発砲なんてしたんだから当然と言えば当然だけど」

 何が言いたいんだコイツ。

 ディークは青筋を額に浮かべながら、怒りを何とか押し隠す。

「……アンを見つけてくれて、ありがとう」

 それだけ言うと、目尻をほんのりと赤らめて、アリスは静かにうつむいた。

 どくん。

 突然、鼓動が強く波打った。

 は? どくんって何だ、どくんって。

 ディークは自分の心臓に問いかける。

 が、心臓が返事をするワケもなく。かわりに、ドクドクともの凄い速さで脈打ち始めた。

 顔が、か――っと真っ赤になる。

 へ……何? 何なんだ、コレは。

 今までに感じたことのない正体不明のドキドキに、ディークはひどく動揺していた。

「どうしたの? ディー」

 真下から顔を覗き込まれて、ディークは異様なほどうろたえ、後ずさった。

「な……何でもねー」

 アリスが怪訝そうにこちらを見つめる。

 ディークはドクドクと高鳴る胸をきつく押さえながら、ふいっとアリスから瞳を逸らした。

 俺……俺……どうしちまったんだぁ~?

 一人うろたえている、やけに老けた男。

 そんな男の側で、顔を傾げている、天使のごとく愛らしい少女。

 その腕に抱かれて、ほんの少し嬉しそうな、青いウサギのぬいぐるみ。

 雪はとどまることなく二人と一匹に降り続ける。

 ここは、《スノー・フォレスト》。

 雪に閉ざされた森。朝は短く、夜は長い。

 真っ白に染まった銀の世界は、ゆっくりゆっくりと静かな闇に呑み込まれていく。

 それはまた、この二人も例外ではなく。


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