2-1、尊大なウサギ様っ!?
鼻歌を歌いながら、ディークは日の光が差し込み始めた森の中を一人歩く。
肩には重厚な細工が施された長剣を担いでいるが、さほど重さを感じている様子も無い。
楽しそうに紡がれる鼻歌は、しかし時折漏れる大きな欠伸に途絶える。
「あーあ、すっかり寝不足だ。ほぉんとツイてねぇ」
何度目かの欠伸の後、ディークは一人ぼやいた。
寝不足の原因となった屑を思い出すだけで顔が歪んでしまうのを感じて、いかんいかんと首を横に振る。嫌なことをわざわざ思い返す必要はない。
そう思い直して、ディークは手元のボロボロの地図に目を落とす。そして進行方向に誤りがないかを確認した。この地図も――もちろん、アリスから失敬したものだ。
「あいつ、困ってんだろうなぁ」
くくっと小さな笑い声を漏らして、ディークはついさっき徹底的に叩きのめした少女に思いを巡らせる。
輝く金銀髪と琥珀のような金茶の瞳を持つ少女。
なかなか話の分かる奴じゃないか、と思っていたのに、何をトチ狂ったのか盗賊なんぞの肩を持ってディークに攻撃を仕掛けてきた愚か者。
ディークは基本、自分に攻撃を仕掛けてきた者に対しては一切容赦しない。ただ、ある一つの考えから止めを刺すことは控えた。再起不能になるような攻撃も、結局はしなかったのだ。
あいつは、あの生意気なクソガキは、それに――俺の考えに気づくだろうか?
「ま、気づかなけりゃ、そこで終わりか」
嘆息して、ディークは肩の長剣を担ぎなおす。
――と。日の光に溶かされた雪を踏みしめる足が、突然、止まった。
いつも生気がない、やる気が見えないと揶揄されるディークの目が、進行方向に信じられないものを見て、大きく見開かれる。
木々の間から差しこむ陽光、それに照らされて雪の上に鎮座しているのは――蒼いウサギのぬいぐるみ。
「……は?」
あまりの驚きに、思わず手に持っていた地図を地面に落としてしまう。
あれは間違いない、アリスが持っていたぬいぐるみだ。雪に埋もれてずぶ濡れだからと、焚き火の元乾かしていた筈のものが、どうしてこんな所に。
ディークは信じられない思いでいながらも、瞬時に周囲に目を走らせる。まさかとは思うが、アリスが近くにいるのではないかと考えたからだ。
しかし、ディークの周囲に人の気配はない。
じゃあ、一体誰があれをあんな場所に持ってきたんだ――?
混乱と疑問の中、視線をぬいぐるみに戻そうとして、ディークはさらなる混乱に突き落とされる。
「……いない!?」
ほんの一瞬目を離した隙に、ウサギのぬいぐるみは忽然と姿を消していた。
慌てて先ほどまでぬいぐるみが置かれていた場所まで駆け寄ったが、やはり、ない。
そんなディークの耳に、無機質な声が響く。
《第二目標、捕捉。主の窮状にあたり、第三段階での攻撃制限を解除。主の救出を最優先事項とし、あらゆる手段をもってこれを遂行す。委譲されし権限に従い――移入人格と義器を直結。護衛機能、発動》
衝撃は一瞬だった。左のこめかみに鋭い一撃を喰らい、ディークの体勢が崩れる。
(な……!?)
ぐわんぐわんと視界が揺れる。何とか地面に倒れることだけは避けようと足を踏ん張るが、その前に第二の衝撃が腹部に走った。
「ぐ、は……っ」
ひどい嘔吐感に呻いて、ディークは仰向けに倒れこむ。だが、暢気に転がっている場合じゃない。このままだと確実に殺られる。
それは、確信だった。
考える前に手が懐に伸びる。それは身体に染みついた動作だ。
しかし、伸ばした先には空のホルスターがあるだけだった。
《探し物は、これ?》
先ほど聞こえた無機質な声とは違う、軽やかなソプラノ。その響きに篭るのは、優位に立つ者が相手を見下してあざ笑う、それ。
ディークは咳き込みながら、声のした方向へ目を向けた。
そして、世界の終わりを見たかのような声を漏らした。
「…………うそ、だろ」
ディークの視線の先。あの蒼いウサギが、片耳を垂らし首を少し傾げてディークを見つめていた。
――その小さな両腕に、ディークの装飾銃を持って。
またも久々の更新。。。