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俺の頑張りが効いたのかシャーさんの優しさなのか、しょーもない怖い話をした後もシャーさんはこれまでと変わらないペースで遊びに来てくれた。そして俺に話をしてくれと強請るのが最近のパターン。
毎回何を話せばいいのかと悩むのだが、気が付けば馬鹿みたいにペラペラしゃべっている自分がいた。シャーさんは話し上手かつ聴き上手でもあった。相槌や質問なんかが絶妙で、自分が話上手になったような気分になる。そうして上手くのせられて自分でも不思議なぐらいよくしゃべったし、笑った。頬が痛くなるほどに。
「ほんと、シャーさんと話していると笑いっぱなしで楽しいです。ほっぺが痛い」
「私もユウとこうして過ごす時間が楽しいよ」
おぉベストショットな笑顔。シャーさんは今日もキラキラしい。
「おっと、お酒が空だ。すみませんシャーさん、ちょっと取ってくるので席をはずしますね」
「あぁ、待っているよ」
話に夢中になっているうちに空になってしまった容器を抱えて、俺は部屋を後にした。誰か呼んでも問題なかったが、こうして俺が取りに行くのが常だ。お客さんの相手をしているといっても話をしているだけだし、シャーさんも了承してくれたからね。
厨房に行ってお酒をもらうついでにちょっとからかわれたりしながら、慎重かつ早足でシャーさんの元へ向かう。了承してくれているとはいえ、あまり待たせるのは申し訳ないから。
タッタッタッと、我ながら軽快なリズムで廊下を進んでいった。もうあと数歩でシャーさんが待つ部屋、というところで後ろからふいに肩を叩かれた。その瞬間、襲われたときのことを急に思い出し俺の身体が緊張で固まった。自分の動悸だけがやけにはっきりと聞こえて、急に世界が遠くなる。
「おい」
明らかに低い男の声。緊張が深まるのを感じた。振り返らなければならないのに、体が動かない。大丈夫、そう何度も自分にいいきかせながら数度深く息を吸った。
反応を返さない俺にしびれを切らした声の主が再度声をかけてきたとき、ようやく俺は返事をした。ちょっと声が震えているのが情けなかったが、どうにもコントロールできなかった。
「は、はい…なんでしょうか?」
ゆっくりと後ろを振り返る。そこにはお客と思われる男が経っていた。酒の入った容器を抱きしめ、俺は再度大丈夫と自分に言いきかせた。
「厠はどこだ?」
「厠でございますね。それは…」
道筋を思い浮かべながら、わざとゆっくりとした口調で説明する。そうすれば緊張も動悸も何もかもが落ち着くように思えたから。
「ありがとな」
「いえ…」
無事説明を終えると、男は礼を言って厠へと向かっていった。何もなかった、大丈夫。我がことながら人の心ってつくづく不思議だと思う。例え何かあったとしても、ここは店内だ。声を出して助けを求めれば誰かが駆けつけてくれる安全な場所だ。そう頭ではわかっていても、怯えてしまう。深呼吸を繰り返してようやく俺は緊張から解放された。そして誰に言うでもなく、ほら大丈夫だったと呟いた。