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酔っ払い騒動の後、俺の仕事は店の裏方オンリーになった。というのも男に近づくと震えやしかめっ面といった拒否反応が出るようになってしまったのだ。これがトラウマというやつなのだろうか。
ともかく事件直後ほどの状態ではないとはいえ、笑顔でお客様に接することのできない今の俺は接客業従事者としては落第点だ。そのためジヴァさんとも相談して、裏方として走り回っている。
「ユウ!皮むき終わったら皿洗いおねがーい」
「はい!」
ちなみに今日は厨房担当。深夜を超えるまでここは戦場だ。次々と酒や食事の注文が入ってきて休む暇が無い。まさに猫の手も借りたいといった状況。
本当ならもっといろいろ手伝いたいが、俺に料理のスキルはない。だからこそ、どんな小さなことでも見逃さずにできることは率先して動いた。ただでさえトラウマらしきもののせいで配置転換された身だ。愚痴などこぼしている場合ではない。
無事皮むきを終え、たまった皿を洗っていく。洗い残しが無いよう丁寧に集中して作業を進めていると、次第に厨房の様子が落ち着いてくるのを感じた。どうやら今夜も山をのりきったらしい。手の空いた人から休憩に入っていく声がきこえる。
「ユウもそれ終わったら休憩入りな!」
「はい。ありがとうございます!」
厨房の主である料理長から声かかった。俺は手を休めることなく皿洗いを続けながら大きな声で返事をする。雑にならないよう気を付けながらラストスパートをかけた俺は、程なくしてすべての皿をピカピカにし所定の位置に片付け終えた。
「休憩入りまーす」
一声かけると厨房に残っている面々からはーいという声がかえってきた。それを確認してから俺は裏口からそっと外へ出た。ここなら変なやつが来てもすぐ店内に逃げ込めるため、俺の憩いの場所となりつつある。
火を使うせいか蒸し暑い厨房と異なり、外は涼しく感じられた。空を見上げれば空中に星がきらめいている。壁に沿うように積み上げられた木箱の一つに腰かけると、ふぅっと一息ついた。そのまま何も考えずにぼーっとする。
どのぐらい経った頃だろう。休憩が終わるには少し早いぐらいのタイミングで、裏口の扉があいた。誰か休憩に来たのだろうかと様子を伺っていると、こんなところにいた、という呟きがきこえてきた。
「ユウ、姐さんが呼んでる。客がアンタを指名してるんだって」
「指名?」
そんなことは初めてだった。だいたい俺は裏方専門で、店内での接客はしない。したことがない。そんな俺を指名ってどういうことだろう、と考え込んでいると、俺を呼びにきた姉さんがはやくとせかした。ジヴァさんの呼び出しを無視するわけにもいかず、俺は箱から立ち上がり店内へと戻った。