未来で婚約破棄される?だったらお望み通りにしてあげよう
「──婚約破棄?」
イテリア伯爵邸の庭園。そのガゼボに二人の子供の姿がある。
一人はイテリア伯爵の娘ソフィア。銀の髪と青い瞳を持つ可憐な少女。
もう一人はシーニング侯爵の息子クオネル。黒い髪と碧い瞳を持つ端麗な少年。
二人は政略で結ばれた婚約者だが、その関係は酷く冷えきったものだった。
クオネルにとって、ソフィアの印象は最悪に等しい。
顔合わせの時には問題がなかったのに、婚約式の場でクオネルの顔を見て泣き叫んだかと思えば「婚約は嫌だ」と暴れたのだ。
婚約は政略だ。今更無かった事になど出来ない。
親に無理矢理誓約書のサインを書かされながら、ソフィアはクオネルを睨んでいた。まるで彼こそが諸悪の根源だと言わんばかりに。
当時10歳だったクオネルの淡い初恋は、瞬く間に色褪せた。
婚約者となっても、ソフィアの頑なな態度は変わらなかった。クオネルはそれでも最低限、婚約者として接した。
手紙、花束、プレゼント、エスコート、二人だけの茶会。ソフィアはその義務すら放棄した。返礼品も全て侍従が用意した物だとクオネルは知っている。
クオネルも既に12歳。来年には学園に通わねばならないのに、この関係が明るみになれば醜聞になりかねない。
伯爵邸に乗り込み「婚約を白紙にしたいなら理由を言え」と直談判すれば、返ってきた答えは思いもよらぬものだった。
「つまり、三年後の卒業パーティーで、僕は君と婚約破棄をすると?」
「……ええ」
要約すると、ソフィアは婚約式で自分の未来を視たらしい。
二年後、学園にロザリーという男爵令嬢が編入してくる。彼女は令息達を誘惑し、第一王子だけではなくクオネル含む側近まで手玉にとった。
最後は第一王子とその側近の婚約者である令嬢達に冤罪をかけ、婚約破棄。修道院に連行される道中、土砂崩れに遭って死亡した──らしい。
「それが事実なら災難だったな」
「っ……謝罪の言葉もないのですか」
「謝罪すれば婚約を継続するのか?」
「そんな訳……っ」
「まあいい。真偽はともかく約束は守ろう」
これ以上相手をするのも時間の無駄だ。帰宅したクオネルは父親に報告し、婚約の白紙を願った。
しかし「そんな世迷い言で息子を蔑ろにしたのか」と憤慨した両親が伯爵家に乗り込んだ結果、ソフィアの有責で婚約破棄となった。
その結果に納得出来なかったソフィアは、周囲に未来の話を聞かせた。次の流行、話題、王女が次に着てくるドレスのデザイン。
そのどれもが的中し、ソフィアは令嬢達の間で時の人となった。
その影響を受け、第一王子とクオネル含む側近や令息達は“女に騙される愚か者”というレッテルを貼られ、婚約破棄を望む令嬢が相次いだ。
そんな中、クオネルは一人の令嬢と婚約を結んだ。
辺境伯令嬢カロリーヌ。栗色の髪と瞳をもった溌剌とした少女だった。
「君はソフィア嬢の予言を信じていないのかい?」
「いいえ? 自分なりに調べて、本人にも聞きました。事実と判断したからこそ婚約をお受けしました」
「……君とは上手くいきそうだ」
「光栄です」
この婚約も政略だ。しかしクオネルとカロリーヌの交流は義務的なものではなかった。
学園に入学してからも少しずつ互いを知っていく二人に、ソフィアが割り込んだ。
「カロリーヌ様、なぜこんな男と婚約したのですか。私の身代わりなどならなくてよいのです」
「ソフィア様。クオネル様は侯爵子息です。起きていない事で彼を貶めるような発言はお控え下さい」
「これから起こるなら同じでしょう!」
「同じではありませんわ」
そして問題の年、ロザリーという男爵令嬢は入学しなかった。
「どういう事よッ!」
クオネルとカロリーヌが学園のテラス席でお茶を飲んでいると、またもソフィアが現れた。
彼女を信じて婚約破棄した令嬢達から問い詰められているのだろう。目が血走っていて、顔色が悪い。
「君のお陰だ、ソフィア嬢。君が嘘偽りなく話してくれたお陰で、無事回避出来た」
「原因がハッキリしていますもの。取り除くのは当然でしょう?」
カロリーヌはソフィアの話を信じた。だからこそクオネルと婚約した。
石に転ぶと分かっていて転ぶような男でないと調べたからだ。
「まさか殺したの!?」
「そんな訳ないだろう。ロザリー嬢の魔法を封じた」
「魔法? そんなバカな話を信じるとでも?」
「君が疑うのか? 予知も魔法の一種だろう」
当初、クオネルはソフィアの話を信じていなかった。しかし彼女が理由もなく人を嫌い、突拍子のない話で場を濁すような人ではないのは、婚約中に知っていた。
だが第一王子と側近──クオネルの友人達が、男爵令嬢などに心を惑わされるような者達ではない事も知っている。当然自分も、家に恥じるような真似をするとは思えない。
ならば、ロザリーという少女に“秘密”がある。
調べた結果、多感な年頃の少女が感情を爆発させた結果、不思議な現象を起こす事が稀にあるらしい。
おそらくロザリーは、学園に編入して大勢の貴族に関わるようになった事で、“魅了”に似た魔法が発動してしまったのだろう。夢見がちだった彼女は何も気付かぬまま、魔法を暴走させ続けた。
その結果、ソフィア達は断罪され、土砂崩れに巻き込まれた。その寸前にソフィアが魔法を発動させて時を戻した。
ロザリーには全てを話した。ソフィアの話を信じずとも、王都で「ロザリーという悪女が王子をたぶらかす」という噂が広まっているのは事実だ。とても学園に通える状況ではない。
男爵の庶子だった彼女は平民に戻り、平民の学校へ通っている。多感な時期が過ぎるまでは見張りが付くが、夢から醒めた彼女が魔法を発動させる事はないだろう。
「土砂崩れの場所もある程度特定出来た。殿下は君に礼を言っておられた。会われるつもりはないようだが」
今まで傍観に徹したのは、ソフィアの予知を洗いざらい喋らせるためだ。ロザリーが王都へ来ない以上、被る泥など存在しない。ならば少しでも国の益を優先するべきだ。
しかし令嬢の記憶など、たかが知れている。毒にも薬にもならないものばかりで、被害を受けたのはドレスのデザインを事前にバラされた王女だけだった。
「どうして!? 私は正しい事をしたのよ!?」
「間違ってはいないよ。君は自分が生き残るために僕と婚約を破棄し、他の令嬢を守ろうとした。だから僕達は君を訴えない」
「なら……っ」
「僕は君が嘘を吐く人ではないと知っていたから、君の話を信じた。だが君は僕を“女に騙される男”だと信じたから、僕を嫌って婚約を嫌がった。君の話を信じた令嬢達も、自分の婚約者を信じなかった」
未来なんて仮定ではなく、信用の問題だ。ある程度の関係が築けていれば、ソフィアの話を鵜呑みにして婚約破棄などしない。少なくともロザリーの転入まで様子を見るべきだった。
元々気に入らなかった婚約を、ソフィアを利用して破棄しただけだ。そんな浅はかな令嬢と家に、果たして良い縁談が来るだろうか。
クオネルの懸念通り、ソフィアや彼女の取り巻きだった令嬢達の新たな縁談は難航した。
特にソフィアは有責で婚約破棄されており、他家の婚約に介入して妨害し続け、王女の反感も買った。自国での婚約は絶望的だ。
とはいえ、ソフィアはクオネル達にとって恩人であり被害者でもある。持ちうるコネクションを使い、どうにか他国の良家と縁談を結ぶ事が出来た。
旅立つ前に謝罪がしたいと手紙が来ていたが、必要ないと断った。これで借りは返した。もう二度と関わるつもりはない。
それから何事もなく卒業パーティーも終わり、クオネルはカロリーヌと結婚した。
「私、実は貴方と彼女の婚約式を見ていたの」
侯爵家の庭園のガゼボで、クオネルとカロリーヌは茶を交わす。
既に夫婦となったが、子を生むためにも友好的な関係は保つべきだ。とはいえ、子が出来ても、この時間を失いたくないとクオネルは思っている。
「貴方達の後に私の姉の婚約式が行われる予定だったのに、なぜか時間がかかっていると聞いたから、興味本意で覗きに行ってしまったの。ごめんなさい」
「それは……謝るのは僕の方だろう」
「悪いのは貴方でもソフィア様でもないわ。でもあの時は何も知らなかったから、ソフィア様に腹を立てていたの。素敵な男の子と婚約出来るのに、どうしてそんなに嫌がるの、って」
疑問には思っていた。10歳で婚約する貴族が多い中、彼女は12歳になっても婚約者がいなかった。
婚約中の茶会で聞いた話では、勉学に集中したかったと聞いていたが──
「……待っていてくれたのか?」
「ふふ、幻滅した?」
「いや……嬉しいよ」
クオネルの初恋の芽が摘まれたあの日、カロリーヌの恋が芽生えた。そう思えば、あの思い出も悪くないように思えるから不思議だ。
「君は豪胆だな。女の子が泣いてたら、普通は僕が何かしたんだと思うだろうに」
「だって貴方、本気で怯えていたもの。心当たりがあれば、あんな顔はしないわ。……ソフィア様も、婚約式の場で取り乱すのは仕方がなかったとしても、冷静に考える時間はいくらでもあったのに、それでも魔法の可能性に辿り着かなかったのだから、元々貴方に大した情などなかったのよ」
「手厳しいな」
「当然よ。私は貴方の妻だもの」
政略による婚約だった。少なくともクオネルにとっては。
しかし結婚した今となっては、政略と呼ぶにはあまりにも幸せすぎた。
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