天国にある学園都市で、私はチートを駆使して風紀委員の使命を果たしながらいつか訪れる転生の準備をしています
天国立理想転生学園――通称リテ学は、天国内にある巨大な学園都市である。
此処には異なる世界へ転生される人達が集められ、新たな世界で苦労しないよう、力に振り回されないよう、変化するであろう自身の身体になれるよう。様々な体験、学びを得ることができる。
もちろん学園と称されるだけあって、人を育てるという面もある。それはここから巣立ったものが異世界で問題を犯さないように律する、という理念のもとでの教育であり、たとえ此処が天国だとしても、力に溺れるものは現れてしまう。
それを律するために組織されているのが、学園内でも特別と称される――風紀委員会だ。
私、ライズもまたリテ学の学生であり、風紀委員会に属していた。とは言え、風紀を主張するほど立派な人物ではないと自負しているし、出来るならば、ダラダラとした日々を過ごしたい。
けれど、強すぎる能力を欲してしまった故に、学園に不都合なことを、とりわけ不良行為などをしてしまえば、即地獄行きというリスクを持ってしまっているのだ。
地獄は怖い所だ。彼処に落ちれば、学園などで準備をさせてもらうことなく、むしろデメリットを抱えながら転生させられてしまう。おまけに地獄のように苛烈な世界に。
あぁ恐ろしい。もしも第二の人生がそのようなことになったら、私は死んでも死にきれない。……まぁ、今は死んでいるようなものなのだけど。
ともあれ、私は一度、天寿を全うした。男性として思う存分に生き、次の人生は女として生きてみようかな? なんて思って、此処では女性の姿をしている。
きっと、前世の意識を持ったまま女性に転生をしたら、戸惑ってしまうことも多かっただろう。天国でのアフターサービスである意識の引き継ぎも、良い面もあれば悪い面もあるということか。
それを体験できるのだから、ありがたい。
そして今日、そんなありがたい学園に入学を希望する人魂達がやってくる。天国で余暇を楽しむ選択肢もあるというのに……。
その選択肢を捨てて、自分だってこの道を選んだというのに何を言うのか。なんだか呆れてしまう。
思わず零れてしまった笑みを手で隠しながら、私は体育館で整列をする人魂達を、ステージ上から見下ろした。
視線を下げるついでに、身だしなみチェック。
セーラー服には皺はなく、黒いストッキングも問題ない。黒いカーディガンは毛玉一つなく、少し大きめのレンズをした丸い眼鏡もピカピカに磨いた。長い黒髪もしっかりと手入れをしたから、つやつやと輝いていることだろう。
「えー、オープンキャンパスに参加していただき、誠にありがとうございます。何も知らずに入学してしまうと、苦労してしまいますからね。先ずは知っておく。それは素晴らしいことです。私はライズ。今日、貴方達の案内を務めさせていただきます」
礼をして、ステージから降りる。学園長からのありがたーいお話はすでに終わっているため、早速案内に移るのだ。
列を引き連れながら、私は体育館をでて広場に出る。
「この学園は、この広場を中心に放射状に校舎や施設が広がっています。そしてメインとなる大通りの先に都市部があって、学生はそこで暮らすことになるのですが――先ずは校舎の案内から。体育館を背負って右手にある建物が倉庫。その隣が職員棟。その隣のAクラスからの案内です」
バスガイドのように旗を振りながら、人魂の先導をする。
「Aクラスは、異世界でバリバリ戦って魔王を倒したい。未知なる遺跡、世界を探索したい。そんなヒーローのような人生を歩みたい人たちが所属するクラスです。クラス毎に校舎が違うのはお忘れなく」
玄関は広場に面していて、そこから真っ直ぐに廊下が延びている。一階に六つの教室。二階に図書室や実習室。三階にクラス専用の体育館があって、屋上は憩いの場として開放されている。
基本的に、学生が利用する校舎は同じ造りとなっているから、一つの校舎を見ておけば、他で迷うことはないだろう。
教室ではどのような授業を受けるのか。実習室ではどんな事をするのか。そうした説明をしながら、私達は体育館へと上ってきた。
「お、風紀委員様がいらっしゃったぜ」
その言葉に、私は隠すことなく舌打ちをした。
体育館のステージ近くで屯していたのは、Aクラスで問題ばかりを起こす不良グループだ。
校則違反ギリギリを攻めることにスリルを感じるどうしようもない奴らであり、私は事あるごとに制裁を与えているのに、それにめげることなく不良ライフを満喫している。
「そういう屯は学園外でやりなさいよ。まさか制裁を食らいたいの? マゾなの?」
「へっ。それはたまたま俺らが負けているからであって、いつか俺らが勝って、お前が泣きを見るかもしれねーだろ?」
「じゃあ、泣かせてみなさいよ。私はステーキが好き。食べさせてくれたら思わず泣いちゃうね」
「誰が嬉し泣きなんて見たがるかよっ!」
不良の言動と突っ込みの言葉って、意外と似ている面がありそうだと思うのは、私だけだろうか。
「じゃあ、焼きでも入れてよ。こんがりした美味しそうなのを」
「だから、ステーキの話なんてしてねーんだよっ!」
バッチリと決めたリーゼントを揺らしながら、リーダー格が喚いている。
このクラスではお決まりのパターンなのだけれど、初めて見る人魂達は戸惑ってはいないだろうか。後ろを振り返ってみると、特に反応は見られない。
(案内をしても、反応一つ見られないのは詰まらないな)
そんなだから、他の風紀委員がこの仕事を断って、私にお鉢が回ってきたのだ。正式な依頼だから断ることもできず、何とも都合のいい存在だこと。ちょっと苦笑。
「あぁ? 何笑ってんだテメェ。ここで、この観衆の中で決着を付けてやろうか?」
「ん? ……いいね、それ。この子たちに戦闘というものを見せてやろうか。どれ、無様に負けてくださいな」
「テメェが恥をかけやコラッ!」
売り言葉に買い言葉。そうして唐突に始まった戦闘だけれど、学園の行事ではよく見られる光景なのだから、人魂達も知っておいて損はないだろう。
少し離れているように。そう背後の彼らに声をかけると、不良のリーダーが腕を回して気合を入れている。彼の能力は何だっただろうか。頻繁に戦ってはいるのだけれど、直ぐに終わってしまうから頭に残らない。
頭を働かせてみるものの、特にこれと言った情報が浮かんでこなかった。
「ファイアーアーマー展開ッ! 俺の炎の拳で、お前を打ち倒っーす!」
文字通り、身体に炎を纏って襲いかかってくる。その拳が私の顔面を捉えるも――。
「何その火力? サウナにすらならないんだけど?」
ガツンという盛大な音を立てて、顔に当たる寸前で拳が止まる。
「しゃらくせぇっ!」
左、右。左。連続して拳が振るわれるけれど、それが私に当たることはなかった。蹴りも飛ぶ。少し離れてからドロップキック。けれども私には当たらない。
「クソッ、クソォッ! このチート野郎が」
「悔しい? 悔しかったら、あんたもチートを得ればよかったじゃない」
「そうなったら、風紀委員一直線じゃねーかっ! 俺は、そんな堅苦しいのは嫌だね!」
「ありゃ、そりゃ気が合う」
挑発するように笑いながら、私は彼の顎を殴る。――とはいけ、別に拳を振るった訳ではない。私の能力は、そのような行動を必要としない。
私の能力は、『付近にある物を自由に操り、変化させることが出来る』というものだ。生命を操ることは出来ないのだけれど、その影響はもっと細かなもの。そう、原子にまで及び、目の前の空間を壁のように硬くしたり、それを動かして相手を殴ったりも出来る。
もっと言えば、相手の体内の隙間に――ということも可能なので、チートと罵られてもなんらおかしくはない。
つまり、風紀委員という役職は私への手綱であり、首輪である。というわけだ。
「でもね、力には責任が付きまとうってのを、ちゃんと理解しておかないと単位は取れないよ」
諭すように、腹部に一発。下がったテンプルに一発入れてしまえば、沈黙する不良の出来上がりだ。
「さて、他に相手は? 保健室棟に案内したいから、何人増えても良いのだけど」
「や、や――」
一人の学生が、恐る恐るといったふうに口を開いた。
「やっぱ、立ち向かわないとダサいっすか?」
「訊く方がダサいって」
笑いながら、私は全員纏めて殴り倒した。体育館での理由なき屯は、校則違反。なのである。
***
「先にも言ったけど、クラス毎に校舎が割り振られているから、友人付き合いには要注意ね。校舎を離れてお喋りしていて、授業に間に合わない。なんてことはたまにあるから」
広場にある喫茶コーナーだったり、飲食店が多数収まったビルなど、そうした場所に向かったは良いが戻って来られない。なんて事が実際にあるのだ。
そうなってくると教師からの印象も悪くなり、単位を渋ったりするケースも……。
「この学園は単位制で、得られた単位によって卒業が決まるの。好きな授業を選んで受けて、試験を受けて単位を貰うって感じかな。厳しい教師もいるから、なかなか卒業できないんだよねぇ」
それは風紀委員であっても例外ではなく、私は既に入学して三年、ではあるのだけれど、得られた単位はあまり多くない。全単位の三分の二を獲得できれば、卒業することも可能なのだけど……。
君ならもっと上に行ける。もっと高みに行ける。その程度の素質ではない、内側に秘めたものを解き放てっ! といった、熱血漢が多いのも原因か。
「こんな話があるのだけど――」
そうして私は語り始める。
ある時、剣術に関する授業でなかなか単位が取れない生徒がいた。彼は剣を武器にして戦うことで有利になる能力を所持していただけに、単位が取れないままというのは納得できなかった。
『俺は剣の扱いには自信があるんだ!』
そう教師に訴える。しかし、試験を何度受けても単位は貰えない。おかしい。これはおかしい。異常事態ではないか。
彼は不安にもなって、学園長に直談判をした。
「その時、学園長はなんて言ったと思う?」
なんて訊いてみても、答えなんて返ってこないから自分で正解を告げるしかない。
「『お前は能力を使って試験を受けているそうじゃないか。それは、本当に剣術の試験を受けていると言えるのかな?』とね」
剣を使うことで有利になる能力を持っているのだから、自然と剣を使った際にその能力を使用していた。だからこそ、教師は疑問に思ったのだ。――それは、剣術を修めたと言えるのか? と。
「さらに学園長はこう言った。『単位が欲しければ権力を持てっ!』と」
剣力、といった学園長なりのニュアンスで言った訳ではなくて、本当に文字通りの意味で言ったらしい。それを鵜呑みにした彼は、今では風紀委員に入会し、その実力を見せつけて単位をもぎ取ったとかなんとか。
そんな彼も今では風紀委員長。――未だに卒業は出来ていない。
「というわけで、この学園に入ったら、何かしらの権力を得ることを目的にするのも良いかもね。立場によって多少は良い生活も出来るし」
高級なレストランなんて、良い例だろう。
そこにはドレスコードがあるのだけれど、そういったドレスは一部の権力を持った人たちにしか着ることを許されていない。金があったところでどうにもならない。
そして、権力イコール実力だ。
「学園長を倒せば一発卒業、なんて噂もあるのだけど、それは誰も果たせていないから眉唾だね」
そう話を締めくくったら、次なる校舎へと入る。次はBクラス。工作好きの人達が集まるクラスだ。
教室を眺めながら階段を登っていく。授業の内容を少し聞いていったのだけど、学んでいるのはごくごく一般的な教養であることが多い。
数学だとか、物理学だとか。覚えておいて損はない事が多く、家庭科あたりも人気がある。服飾も人気か。
二階の実習室では、数名の生徒が何やら熱心に工作をしていた。
「失礼しまーす。オープンキャンパスの案内をしているのですけど、此処ではいったいどんな工作を?」
「全自動パンチラ機」
振り向いた生徒の背後で、まさに女子生徒のスカートが捲られた。
(なんでやねん)
言葉にするのは、ちょっと恥ずかしかった。
「いや、自動以外のパンチラは駄目だと思う」
「だから作ったのです」
これは果たして校則違反なのかどうか。私には少し、判断しかねるし、本人たちがとても満足そうな顔をしていることから……。放置だ。
判断を他者に託すのは、けして悪いことではない。そう思いたい。
「他にはどんな工作を?」
「全自動皮むき器とか、ピストン動力だとか、スクワットサポーターだとか」
……最初の例のせいで、全てが卑猥に聞こえる不思議。
「深くは聞かないけれど、もっとこう、武器になるようなものは作っていなかったっけ? たしか体育祭なんかで対戦した時、大層な武器を振るっていたと思うけど」
「あぁ、聖剣とかですか?」
いいえ、魔力弾を放つ機関銃とかです。
そう笑顔で言ってみれば、記憶にないなぁと嘯いている。おそらく、イベント時に披露できるように、秘密裏に用意しているのだろう。
情報は戦闘結果に影響する場合もある。体育祭は種目制覇者という称号を与えられる重要なイベントだ。その称号は一部の権力を与えるものとなっているため、本気で挑んでくる者も多い。
戦いは、もうすでに始まっているのだ。
「まぁ、いいや。そう。その聖剣とやらをこの子たちに見せてくれない?」
「いいですよ。少し待っていてください」
そういって、彼は隣接する準備室――もとい倉庫のような部屋へ入っていく。そうして、出てきた際に携えていたものは……。
「それ、アウト」
「えー」
卑猥に動く剣、性剣であった。
***
「さて、見苦しいものを見せてしまったね」
校舎をあとにして、私達は次の校舎を目指して広場の周りの通路を歩いていた。
見苦しいと言ったのは、Bクラスの者が作った卑猥なもののことか、はたまた私が繰り出した制裁か。そのどちらも当てはまるのかもしれないが、それらはこの学園での当たり前のことだと思って、受け入れてくれることを願っている。
以上の反省を胸に、これから先のクラスについては校舎を眺めるだけに留めておいた。
隣のCクラス。ここは商業を生業にしたい人達が在籍している。
続いてDクラスは国を興して君主になりたい人達。Eクラスは料理人。Fクラスは医療。Gクラスは吟遊詩人や宮廷画家といった美術芸術関係。飲食店ビルで休憩を挟みながら、案内を続けていく。
「特に目的はないけど、転生はしたい。そういった人達が在籍するクラスもあるから、気軽な気持ちで入学するのもいいね」
ここに入学してくる人達は、当然ながら一度死んでいる。年齢、生活、状況。みんなそれぞれの事情を抱えていたりもする。
共通する思いとしては、新しい世界に生まれ変わりたい。そのようなものだろう。
けれど、此処がこうして学園という形をとっているのは、別の意味があるのだ。
「でも、そういうのもさ。青臭い言い方をすれば青春なのよね。ここは、最後の最後で故郷にいい思い出をつくる場所だから」
だから、生前に思い残したこと。憧れたこと。叶えられなかったことに、多くの人が挑戦をしている。たとえそれが、世間一般から逸脱したことだとしても。
改めて、それがいけないことだと認識してもらうために。
ふと自分のことを思い返した。
思えば自分の意志で何かを決めたことのなかった人生だと思う。幼稚園、小学校、中学校。これらは自然と入園、入学していたようなもので、義務でもあるのだから仕方がない。
けれど、高校は、おそらく多くの人が自分で選ぶことのできる、最大の分岐点ではなかろうか。
将来の夢が形となる入り口。将来の夢を描くきっかけとなる入り口。そんな入り口を、私は――僕は潜らなかった。
高校に行かなかった、というわけではない。もちろん入学試験を受けて、面接を受けて、入学をした。けれどその時、自分に何かを目指す意思はなかったのだ。
遊んでいるだけで充分。勉強なんてやりたくない。選べる高校も多くなく、仕方なく受けて受かった高校。ダラダラと友人付き合いを享受して、友達と合わせて進学をして。
就職に困ったら教師に紹介をしてもらって就職。付き合いは浅く、けれども孤独ではなく。ただひたすら、悪くもなく特別良くもなく。そんな日々を過ごした。
そんな私がこうして天国へ迎え入れられたのは、きちんと親を見送ることができたからだろうか。誰にも恨まれることがなかったから、だろうか。
その人生に、悔いることはなかった。けれど、けれど。
(憧れた漫画の世界のような生活を、やっぱりしてみたかったんだ)
ラブコメだったり、バトルものだったり。そういう非現実的な体験を、青春を、最後の最後で望んでしまった。願ってしまった。
「だからこそ、天国なんだよ。自身で満足した状態で次へ向かえる。地獄では、そうはいかないよー? あそこは、終わらせてくれないから」
悪戯っぽく、ニヤッと笑って笑ってみせる。当然のことながら反応はないが、この一人語りのようなものに、何か意味があったのだとしたら。それはとてもありがたいことだ。
そんな環境を整えてくれている学園関係者に、報いることができる。その点に関しては、風紀委員という活動に満足しているところか。
「さて、各クラスの校舎の案内も終わって、学園の案内はこのくらいでいいかな。あとは部活棟だとか、購買部だとか、学園が保有する、隣接する山林だったりなんだけど……。まぁ、時間内に終わることはないだろうから、さっさとお楽しみにまいろうか」
今度は何の思惑もない、屈託のない笑顔を見せる。
広場から続く大通りを走る路面電車に乗り込み、街路樹を抜けるとそこは摩天楼。大型ビジョンが流行りの商品を映し出し、道行く人たちが思い思いの格好で思い思いの場所へと向かう。
ビルに収まるテナントは多種多様で、少し路地を奥へと進めば、オトナ向けの施設もあったり。
路面電車から降りてその空気を感じれば、人魂達も浮かれているようなのが感じ取れる。
(浮かれているなぁ。まぁ、人魂だから浮いてんだけど)
などと、自分の思考で笑いながら、スクランブル交差点を渡っていく。
「学園から続く大通りから、此処でクロスする交差点に交わるの。で、それぞれの通りの先に区画があって、住宅街だとか、歓楽街だとかに分かれている感じだね」
残り二つは、テーマパークなどがある娯楽街。自然豊かな生産街。この二つは海にも通じているため、夏場には更に人で溢れる。
「学園ではお硬い風紀委員も、ここに戻れば自由の身。ここからが本当に天国。悠久の時を遊び放題。怠惰なひとときも許される」
とは言え、登下校以外で此処を出歩いていた場合は、風紀委員が鬼の形相で襲いかかるからね。
そうウインクしてみるけれど、人魂の視線は四方八方へ移ろっているようで。ちょっと滑ったかな? そう密かに落ち込んだ。
そんな浮かれている人魂達に、最後に告げなくてはならない事がある。
この地は確かに、自由で、楽しくて、学びがある素敵な場所だ。だからこそ、こうして毎年、入学を希望する者が現れる。しかし、そうして増えていけば、この学園も溢れるくらいに生徒が増えるのでは? なんて思ってしまうだろう。
人口密度は、過剰なまでのそれは、きっと天国に相応しくはない。だからこそ、残念なことなのだが。……この学園には、落第というものがある。
「そんな素敵な場所なのだけど、この一期一会に私から耳寄りな情報を与えてあげよう。この学園は、一年に一つでも単位を取れなかったら落第となり、追い出されてしまう仕組みがある。判る? 一年に一つでも、取れない場合、だよ?」
こうやって念を押せば、解ってくれるだろう。私は当初それに気が付かずに、一年で幾つかの単位を取ってしまった。
卒業が難しく、落第は簡単。だからこそ、単位を調整する術が求められる。
「簡単に取れそうな単位の取得は慎重に。それがこの学園都市の知られざる鉄則。……こうしてオープンキャンパスで私に出会えた君達は、ちょっとラッキーだったね」
そう笑って、私の案内は締め括られた。
***
それから月日が流れ、入学式は滞りなく終了した。旅立ったものも少なからずいれば、入れ替わるように追い出された者もいる。
悲喜こもごもな春を越えて季節は徐々に進んでゆき、浮足立った雰囲気も消えていくだろう。
私は広場の一角に植わった桜を眺めながら、コーヒーで喉を潤していた。
「全く。学園部内は全面禁煙。喫煙は都市部で。ジャンプしていればオッケーだろって、そんなワケないでしょ」
呆れてため息をついてみれば、地面に倒れ伏す不良がリーゼントを揺らしながら高らかに笑った。
「ワンチャンあるかなーって思ったんだよ! 俺は地球にいなかったんだからな!」
「ここは天国……、ってまぁ、地球って表現も間違いではないか。はぁ、年越しじゃあるまいし」
足を組んで、冷ややかに見下ろす。イヤらしい視線が私に向けられている。
「眼福かい?」
「あともう少し……、少しずらして……」
残念。見られていたら制裁を加えたのに。
空になったカップを浮かべ、上手いこと操作をしてゴミ箱に運ぶ。何気ない行動であったのだけれど、背後から拍手が響き渡った。
「すごーい! やっぱりライズ先輩はスマートですね!」
振り返れば、ブレザーをきっちりと着こなした女子生徒がいた。
「ありがとう。でも、あんまり近づくとスカートの中を覗かれるよ」
「大丈夫です! スパッツを履いていますから!」
そういう問題なのだろうか。けどまぁ、本人がいいと言っているのだから、いいのだろう。正し、素直に覗きに行こうと這い寄るリーゼントは蹴り上げておく。
まぁ、もちろん脚を使わずに、だ。
「ぐふっ!? ……相変わらず、いい蹴りだ」
「蹴ったんですかっ!?」
見ただけでは伝わらない。それでも伝わる相手がいる。こうした相手ができたというのも。この学園ならではの恩恵なのだろう。
「へっ、そういう意図が伝わるくらいには、長い付き合いなのよ」
「不良と優等生の関係でしょうに」
「優等生だぁ? そういうのは座学で優秀な成績を残してから言うんだな!」
悔しいけれど、座学ではこいつに負けっぱなしだから言い返せない。
前世での反省があるのだから、本気で学べば伸びるだろうと期待を持っていたのに。机に向き合うとやる気が出ない。
性格、気質。そうやすやすと変わりはしないのだろうか。
「わぁ! では、勉強が苦手でも風紀委員には入られるのですね! 私、オープンキャンパスでライズ先輩の不良をボコボコにする姿を見て、憧れてしまったんです。この人と一緒にいたいって!」
「ありがとう」
「でも、風紀委員ってどうやって入るのです? 他の委員会は掲示板などで募集をしているのですけど、風紀委員のものは見たことがありません」
素朴な疑問に、起き上がったリーゼントが笑う。
「はーっはっはっ! 風紀委員は普通の委員会ではないからな。あそこは完全実力制だ。現委員を倒すことで、入れ替わって入会できる。風紀委員にはいい権力が与えられているからな。結構熾烈だぜ?」
挑発するように言っているが、その風紀委員と敵対するスタンスをとっている奴が何を言っているのか。そう呆れてため息をつく。
けれど、そうした挑発をしたいと思う気持ちは、私もよく解ってしまった。気質で言えば、おそらく。私とこいつはよく似ている。
「もしよかったら、私が相手になるよ。憧れている相手を蹴落とすのも、また一興。そうした楽しみも、ここでは受け入れられている」
さぁ、あなたはどうする?
私はにこやかに笑って立ち上がった。優しくて、苛烈で、そして憩いの場でもあるこの天国で、私はもう少し、自由を享受する。いつか転生するときに、かつての人生を誇れるように。




