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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

これでおしまい

作者: 伊藤純
掲載日:2026/05/06

覚醒した伯爵令嬢が復讐する話

残酷な描写がたくさんあります。ご注意ください

 窓辺に座ったマーガレットは深いため息を吐いた。

 昼と夜が入れ替わる時間。空は燃えるような赤と全てを飲み込もうとする黒が混ざり合い、その中心からは混沌が生まれていた。憎悪、嫌悪、怨念、敵意。負の感情を色で表せば間違いなくあの色だろう。


「まるで私の心みたいな色だね」

 

 マーガレット・ロジャース。ロジャース伯爵家の長女である彼女は、長く伸びた焦茶の髪をくるくると指に巻き付けながら窓の外を見上げていた。


「あらためて見ると部屋も私自身もひとつも手入れされてないんだもんなあ」

 

 最低限の家具しかない部屋は、年頃の娘が生活するというよりは囚人を隔離するための箱のような印象だ。ベッドのリネンはいつ変えたのかわからないほどくたびれているし、クローゼットには学園の制服と時代遅れのドレスが三枚と、普段着らしき地味なワンピースが二枚だけ。

 水分の抜けた髪はごわごわで、肌だって少女とは思えないほど乾燥して荒れている。


「やっぱりこの家にはクズしかいない」


 長い眠りから覚めたマーガレットは、ひどく冷めた表情を浮かべて、だらしなく窓の枠によりかかった。


「あら起きたんですか」


 ノックもなくドアが開かれ、部屋の外から女の声がした。マーガレットを馬鹿にするようなその声音はまるで遠慮というものがなく、伯爵令嬢に対するものではなかった。

 わざとなのかそれとも生まれ持った素行の悪さなのか、どすどすと音を立てながら入ってきた女は、伯爵家のお仕着せを着ている。マーガレット付きの侍女なのだろう。十六歳のマーガレットよりもいくぶん年上に見えるから、おそらくは二十歳前後だろう。


「食事です」


 窓際に座るマーガレットの目の前に乱暴に置かれたのは、湯気の立っていないスープのようなもの。それから見るからに固いパン。

 侍女が投げるように置いたせいで、スープが跳ねて寝巻きの袖口が濡れた。だが侍女は謝ることもせず、それどころか鼻で笑う始末だ。


「病み上がりですから冷ましておきましたよ。パンはスープに浸せば食べられるんじゃないでしょうか」


 クズ野菜が浮かぶスープは、腐ってはいないだろうが数日前に作ったものだろうことは容易に想像がつく。パンだってそうだ。あきらかに焼きたてではない。乾燥してひび割れているのだから。

 よくもまあこんなものを用意したものだ。廃棄する分をわざわざとっておく執念は感服の粋だ。よほどマーガレットを虐げることに喜びを見出しているのだろう。


「早く食べてくださいよ。片付けるのは私なんですから」


 窓の外をぼんやり眺めるだけで返事をしないマーガレットに、侍女は半ば命令のように言いつけた。これが伯爵家の使用人の態度とは恐れ入る。いかにも意地悪をしていますよといった顔でマーガレットを睨みつける侍女は、誰の指示でこのような仕打ちをしているのだろう。本人主導であれば救いようがない。


「ちょっと。早くしてよ」

「……うるさ」

「は? あんた今なんて言った」

「あんたが食べて」

「はあ? ……え、なに」


 侍女の体が操り人形のように動き出す。かくんかくんと関節を折りながら、侍女はゆっくりと背中を曲げていく。


「な、なにっ」

「スープもパンも、あんたが食べればいいよ」

「な、なにいっ……うぶっ」


 床に膝をついた侍女は、テーブルの上に投げ出されたスープ皿に顔を突っ込んだ。がぼがぼ。溺れるような音がする。


「ちゃんと飲まなきゃ溺れるよ。あは。スープで溺れ死ぬって素敵だね」


 何が素敵なのか、マーガレットはうっとりとした表情を浮かべ、皿に顔を突っ込んだままの侍女の頭にそっと手を乗せた。萎びた芋を扱うようなぞんざいな手つきで髪を掴み持ち上げる。ぶはっと息を吐きながら、侍女は顔を上げた。


「パンは食べる?」

「ひっ……いや……」

「じゃあスープにしようか」


 そう言って微笑むと、マーガレットは侍女の頭をスープ皿に戻した。ぐりぐりとこねるように次女の顔をテーブルに押し付ける。「おいしくなあれ」なんて愛らしい声で歌いながら。


「あ、ごめんね強くしすぎた」


 見れば皿は粉々に割れていた。スープの薄茶色にじわじわと赤い液体が混ざっていく。侍女の顔はどうなっているのだろう。それほどひどいことにはなっていないとは思うが。


「ダメじゃん。伯爵家の所有物を壊したら」


 マーガレットは笑っている。侍女が皿を割ったことはどうでもいいのだろう。相変わらず掴んだままの髪を引っ張って、マーガレットは侍女の顔を起こした。


「あら。きれいな顔が台無しだね」

「う……あ……」

「そっか。スープおいしかったんだ。じゃあパン食べよ」


 侍女はふるふると顔を横に振る。だがマーガレットに頭を固定されているせいで、彼女の顔はほとんど動いていなかった。

 マーガレットはスープを吸い込んだパンを持ち上げた。「柔らかくなった」と満足げだ。


「はいどうぞ」


 侍女の口にねじ込んで、今度は咀嚼を促すためだろう、マーガレットは侍女のあごをテーブルにがんがん打ちつけ始めた。侍女は汚い叫び声をあげる。パンの塊が喉に詰まったのか、懸命に吐き出そうとしている姿はとても哀れだ。


「苦しいの? 飲み込めばいいじゃん。あ、水分が足りないのか。ならスープあげる」


 ハンカチを取り出したマーガレットは、テーブルに広がったスープを丁寧に吸い込ませると、それを侍女の口に自分の手ごと突っ込んだ。めりめりと音をたてながら大きく開かれた侍女の口は今にも裂けそうだ。ハンカチを絞り、マーガレットは侍女の口を閉じるために再び彼女のあごをテーブルに打ちつけた。もちろんハンカチは取り出さないまま。

 やがて「疲れた」と呟くと、マーガレットは侍女の髪から手を離した。吊られていた姿勢から放り出されくずおれた侍女は、意識朦朧としたまま床に這いつくばっている。


「ねえ邪魔なんだけど。まだお腹空いてんの?」


 抑揚のないマーガレットの声にびくんっと体を跳ねさせると、侍女は這ったままドアの方へ進み始めた。一秒たりともこの部屋にいたくない。そんな気持ちが背中からひしひしと伝わってくる。哀れな女だ。自分がやってきたことをまとめて返されただけなのに。

 侍女がいなくなりしばらく経って、屋敷のどこかで叫び声が聞こえた。きっとあの侍女の姿を見た他の使用人がパニックに陥ったのだろう。

 マーガレットは我関せずといった様子で再び窓の外を眺めていた。開け放たれたドアの向こうは恐慌状態だろう。顔を血まみれにした侍女が今にも死にそうな姿で現れたのだから。だが誰ひとりとしてこの部屋にはやって来ない。なぜならマーガレットは要らない子だから。


「あと一週間。どんな復讐をしようかなあ」


 空はまだ混沌色に覆われている。


「いい色。私の心と一緒だよ」

 

 マーガレットは笑う。

 高熱により今朝まで寝込んでいたマーガレットは、目覚める前と後では別人になっていた。



 翌朝、たっぷり寝だおかげですっきりと目が覚めたマーガレットは、寝巻きのまま軽やかな足取りでダイニングへ降りていった。

 伯爵の家族が食事をするダイニングには、すでにマーガレット以外の全員が揃っていた。父親であるゴードン・ロジャース伯爵、義母のエルシア・ロジャース伯爵夫人、そして義妹のローズ・ロジャース。マーガレットを除くロジャース家の三人は、仲睦まじく朝の会話を楽しんでいた。


「おはよう」


 マーガレットはにこやかに挨拶をして席に着く。だが使用人の誰ひとりとして動こうとしない。


「ねえ食事を持ってきて」


 誰も答えない。互いの顔を見合わせてから、どうすればいいかと伯爵の動向を窺っている。


「何をしているマーガレット」

「朝食を食べるんだけど」

「誰がお前の同席を許可した」


 伯爵の低い声が音の止んだ食堂に響く。

 伯爵はその声音で示した。ここにマーガレットの席はないと。だがマーガレットは我関せずだ。立ち上がり手を伸ばし、テーブルの真ん中にある果物を掴んだ。それを無造作に口に入れて咀嚼する。新鮮な果汁はマーガレットの渇いた体を潤してくれることだろう。果物を飲み込んだところで、マーガレットは伯爵に微笑んだ。

 

「逆だよ」

「どういう意味だ」

「私が、あんたちの同席を許可してあげたの」

「なんだと……!」


 食堂の空気が一気に冷えた。

 伯爵は怒りに任せて立ち上がり、夫人はあまりのことに目を見開き、マーガレットの目の前に座るローズは忌々しげにマーガレットを睨みつけた。


「お義姉さまは風邪をひいて頭がおかしくなったのではないかしら」

「ねえ私の朝食持ってきてよ」

「そのような野蛮な言葉遣いをするなんて、まるで獣が乗り移ったみたいね」

「早くしてくれない? お腹ぺこぺこ」

「誰もお義姉さまのを求めていないのに哀れなお方」

「紅茶はいらない。毒を盛られたらたまんないから」

「ちょっと——」

「うるさい」


 真正面からやかましく話しかけるローズに苛ついたようで、マーガレットは立ち上がるとテーブルを回り込み、ローズの横に彼女を見下ろす形で立った。


「な、なに」

「お腹が空いてイライラしてるから黙って」


 と言うや否や、マーガレットはローズに蹴りを入れた。小柄なローズは椅子から吹っ飛び、隣にいるエルシアにぶつかった。あまりにも勢いよくぶつかったものだから、ローズとエルシアは二人して床に転がった。なんとも見事な連携だ。


「マーガレット!」

「もういいわ自分で用意するから」

「待てマーガレット!」

「なにうるさいな」

「なに……だと……おまえ、自分が何をしたかわかっているのか」

「うるさい猿を黙らせただけじゃん。知能が低いやつは調教が必要だからね」

「なんだと……!」


 テーブルを挟んで向かい合う父娘の間には、痛々しいほど張り詰めた空気が満ちている。だがマーガレットは怯えても恐れてもいない。それどころかへらへらと笑みを浮かべている。


「べつに要らない子扱いを続けてあげてもいいんだけどさあ、どうせあと一週間なら今までの分をお返ししたいじゃん」

「何を言っているんだ」

「あんたらずっと私のこと無視してきたじゃん。あんたが再婚してこの寄生虫二人を連れてきてからずっとだからもう八年ぐらい? そのうち五年はあの部屋に押し込んでさあ。おかげで使用人にも軽んじられる始末だよ。子どもがかわいそうだと思わないかね。まあ思っていたら放置するなんて鬼畜の所業ができるわけないんだけどさ」

「マーガレット!」

「うるさ。あんたも殴ろうか? ん?」


 威嚇行為のようにマーガレットがぴょんぴよん跳ねて見せると、伯爵は顔を真っ赤にして家令のトマスを呼んだ。「今すぐこいつを連れ出せ。部屋に閉じ込め外に出さぬように」


「うわあ子どもに対して暴力を振るう気だ。どこまでもクズ。キングオブクズ。でも大丈夫。目には目を、暴力には暴力を」


 ダイニングにやって来た伯爵家の警備兵を一瞬のうちに叩きのめしたマーガレットは、いい運動をしたと言いたげに体を伸ばした。それからぐるりと周囲を見渡して、伯爵のうしろに控える使用人のひとり、侍女のお仕着せを着た女に「マリーはどこに行ったの?」と問いかけた。マリーは昨夜マーガレットの部屋に来た女だ。


「マ、マリーは、昨夜のうちに、出ていきました……」

「へえ。たった一回で。根性ないね。まあいいや。じゃあ今日はあんたが私の世話して」

「わ、わたしは」

「いつも通りやればいいんだよ。昔からあんたとマリーが私の担当なんだから」


 あんたと呼ばれた侍女は蒼白な顔で立っている。昨夜のマリーの無惨な姿を見て、そして今この場での出来事を目の当たりにして、次は自分がああなる番だと悟ったのだろう。マーガレットはガタガタ震える侍女にはそれ以上何も言わず、すたすたと調理場へと足を向けた。もちろん背後でにぎやかに叫ぶ家族は無視して。


 腹を満たしたマーガレットは件の侍女を連れて部屋に下がった。ちなみに長年に渡り丹精込めて腐った食事を提供してくれた調理人には、感謝の気持ちとして全ての指を折っておいた。包丁で切り落としてもよかったが、それは疲れるからやめたらしい。いずれにせよ食べ物の恨みは恐ろしい。

 風呂に入りさっぱりしたのか、マーガレットはご機嫌だった。


「学園へ行くから支度して」

「は、はい」


 恐怖で今にも気を失いそうな侍女は、涙を浮かべながらマーガレットの髪をとかす。


「ねえ。なんで今日は無理やりとかさないの」

「は、はい」

「いつもみたいにやってよ。櫛でさあ、頭皮を削ってさあ、痛いって言っても笑いながら続けてさあ、髪の毛だって思いっきり引っ張って力任せに結い上げてよ。優しくされると調子狂っちゃう」

「いえ、そんなことは」

「できないの? やり方忘れちゃったかな。じゃあ私がやってあげる。座って座って」


 いいことを思いついたとばかりに笑顔で立ち上がったマーガレットは、固まる侍女を鏡の前に座らせて、自分は彼女の背後に立った。頭頂部でひとつにくくられた髪をほどき、櫛を手に取り侍女の頭皮にやわらかく当てる。


「あんた上手だったもんね。髪をとかすの」

「ひっ……」


 櫛の先端がぐっと押し付けられる。侍女の体がわかりやすく硬直した。マーガレットは聖母のような笑みを浮かべ、ぐっぐと頭皮を揉むように櫛をすべらせていく。上から下へ、位置を変えてまた上から下へ。マーガレットは懸命に腕を動かしていく。とかし終わるころには、マーガレットの持つ櫛には侍女の長い髪が何本も絡まっていた。マーガレットは満足そうに微笑み、侍女の髪をゆるく掴んだ。


「ん? 大変だ枝毛がある」

「ひっ……」

「待ってていま切ってあげる」

「い、いやっ……」


 ライティングデスクの引き出しからハサミを取り出すと、マーガレットは枝毛部分に刃を当てた。


「ここにも……わ、ここにもある。女の人って大変だよね。長くてきれいな髪を維持しなきゃいけないんだから。あんたの髪って本当にきれいね。私の髪はばっさばさだから羨ましいよ」


 マーガレットが手を動かすたびに、ざくざくと大きな音がする。


「やっ、やめて」

「動くと怪我するよ」


 マーガレットの手は止まらない。ここにも枝毛がある、と嬉しそうに侍女の髪を手入れしている。鏡に映る自分の髪がどんどん短くなっていくのを、侍女は震えながら見守っていた。


「はいできた。ちょっと短くなっちゃったけど」


 無理やり刈り込まれた、ところどころ長さの違う坊主頭になった侍女は、「頭に虫が湧いた浮浪児みたい」というマーガレットの言葉が決定打になったのか、その場にふらふらと倒れ込んだ。伯爵家に勤める侍女はほとんどが男爵か子爵の令嬢だ。命にも等しい髪を無惨に刈られ、もはや立つことすらできなくなってしまった。彼女もまた自分がしたことをまとめて返されただけなのに、愚かなものだ。


「ねえ学園に行きたいから準備してほしいんだけど。できないなら出てってくれない?」

「ひどい……」

「あれ。まだしゃべる元気あるんだ」

「ひどい……ひどいひどいひどいひどい」

「こわあ。狂っちゃった」

「どうしてこんなひどいこ——おぶっ」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔面を、ルームシューズ裏が捉えた。床にぺたりと座り込んだ侍女の顔がちょうどいい位置にあったから。マーガレットはそう思ったはずだ。侍女の形のいい鼻が押しつぶされる。そのまま後ろに倒れた侍女は、醜い姿を晒したまま気を失った。


 侍女を放置したマーガレットは、自分でできる範囲の支度をして家を出た。いつもは義妹のローズと一緒に伯爵家の馬車で向かうが、今日はひとりになりたい気分だったらしく、マーガレットはすでに馬車に乗り込んでいたローズを引きずり下ろし、さっさと乗り込むとドアを閉めた。


「出して」

「し、しかし……」

「しかし、何」

「ローズ様は、いかがなさいますか」

「歩いて行くみたいよ」


 昨夜からの変貌ぶりに恐れをなしたのか、伯爵家の使用人はマーガレットの言うことを聞くことで意見が一致したようだ。ローズを置いて走り出した馬車は定刻通りに学園に着いた。

 学園もまた昨日までのマーガレットにとっては地獄のような場所だった。なぜならマーガレットはいじめられていたから。


「あらマーガレット様ごきげんよう。今日も変わらずみすぼらしいこと」


 さっそく近寄ってきたのはカニガン伯爵家のリリー嬢だ。この女は常にマーガレットをおもちゃのように扱い、一挙手一投足を貶しては笑いものにしてきた。マーガレットをいじめることで日頃の鬱憤を晴らしているのだろう。今日も人形のような美しい顔を器用に歪ませ、リリーはマーガレットの進行を邪魔するように立っていた。


「ああリリーおはよう。あんたは今日も変わらず美人だね」

「は?」


 いつもだったらマーガレットはおどおどと怯えた様子を見せるのに、今日はなぜか笑っている。しかも言葉遣いまで変わっている。リリーにはそれが不気味に映る。

 リリーのリアクションが遅れた隙に、マーガレットはリリーの脇を通り抜けようとして、やっぱり一発かましておこうと思い直し、右肘をリリーの頬に打ち込んだ。


「ぶへっ」

「虫がほっぺにたかってた」


 マーガレットの渾身の一撃で床に吹き飛ばされたリリーは、何が起こったのかもわからないまま、あまりにも強烈な痛みで感覚がなくなった頬を押さえるしかできなかった。

 床にはまっ白い歯がひとつ落ちていた。

 

 授業を受ける気はさらさらなかったマーガレットは、どこか寝て過ごせる場所はないかとしばらく学園内をうろついていた。まだリリーの惨劇を知らない一部の学生は、マーガレットを見つけるといつものようにいじめてやろうと近寄ってきたが、それぞれ窓ガラスに顔面から突っ込んだり、見事な回し蹴りを喰らって失禁したり、鼻の骨を折られたりと、まあまあな仕返しを喰らっていた。マーガレットには敵が多い。


「やっぱり寝るのはやめとこう」


 何を思ったのかマーガレットはリリーを探すことにした。肘鉄一発だけではすっきりしなかったのだろう。限られた時間を有効活用することが、眠りから目覚めたマーガレットの命題だった。


「あ、いたいた。リリー元気?」

「ひいっ」

「やっぱり医務室だろうと思った。家から迎えが来るの?」

「そ、そうよ! 近寄らないで!」


 ベッドに腰かけたリリーの隣に腰を下ろし、マーガレットは湿布を貼ったリリーの顔を覗き込んだ。

 

「顔すごいことになってるね。めちゃくちゃブスだ。これじゃあ誰もお嫁にもらってくれないよ。こんなブス視界に入れたくないもん」

「なっ! 誰のせいだと」

「んー虫?」


 マーガレットはリリーの艶やかな髪に指を伸ばした。毎晩念入りに世話をされているのだろう。リリーの髪は絹のようになめらかに見える。


「あ、枝毛」

「えっ?」

「切ってあげる。今朝も侍女のをやってあげたから」

「は? いい! やめて!」

「まあまあそう言わずに。私に任せてくれればいいよ」

「ちょっと! やめて! だれか! 誰か来て!」

「誰も来ないよ。誰にもあんたの声は聞こえない」

「は? どう言う意味よ」

「んーそうなるようにしてんの。今私にはめちゃくちゃ強い加護があってね、なんというか、念じればだいたいのことは叶うんだよ。だからここは私とあんただけの秘密の場所ってこと」


 要するにマーガレットが念じて結界を生んだのだ。だからどんなにリリーが叫んだところで、それが誰かに届くことはない。

 にっこり笑うとマーガレットはとてもかわいらしい。たとえ相手には悪魔の笑みに見えたとしても、マーガレットの笑顔は愛らしいのだ。

 やめてと震えるリリーの髪を掴み、マーガレットは今朝と同じように大胆に枝毛にハサミを入れた。家にあるハサミよりも切れ味がいいのか、今度はジャキジャキと軽快な音がした。


「あんたぐらい丁寧に世話してもらっても枝毛ってできるんだね」


 あはは〜とマーガレットは笑う。貴族の娘が口をあけて笑うなんて言語道断だが、マーガレットはもう貴族ではない。だから好きなようにすればいいのだ。


「私さあ今までみんなにしてもらったことにお返しをしてるの。だからあんたにも色々としたくてさ。ほら、入学してからずっと気遣って構ってもらってたでしょ」

「い、いい……いらない……」

「そんなこと言わないで。あんなたにはたくさんお返ししなきゃだから。髪の毛を切られたり、物を隠されり、それから悪口に人格否定でしょ。水をかけられたこともあったね。あとはランチもひっくり返されたし、ああそういえば強姦魔を送ってくれたじゃん」


 リリーがひゅっと息を呑んだ。


「あれで高熱を出して三日三晩寝込んだんだ。昨日やっと目が覚めてさあ」

「そ、そう、なの」

「うん。だからいちばんにあんたに会いたくて、まだ本調子じゃないけど来ちゃった」


 マーガレットの手は止まらない。

 リリーの震えも止まらない。


「そろそろ迎えが来たかな。行こう」

「どっ、どこへ」

「あんたを送るんだよ、私が」

「いいっ! いらない!」

「まあまあそう言わないで」


 リリーの肩をに手を回すと、マーガレットは引っ立てるようにしてリリーを医務室から連れ出した。可憐な少女のどこにこんな力があるのだと、以前のマーガレットを知る人なら思うだろう。だがマーガレットはもはや以前のマーガレットではない。だからリリーごとき簡単に拘束できるのだ。

 正門前に堂々と停まっていたロジャース伯爵家の家紋が入った馬車に二人が乗り込むと、馬車はすでに目的地を把握しているかのようなスムーズな動きで出発した。


「どこに行くのよっ!」

「だから、あんたに今でのことをお返しできる場所だよ」

「帰る! 降ろして!」

「だめ〜。ちなみにこの馬車も私が念じれば叶っちゃう系のやつだからドアは開かないよ」

「意味がわからない!」

「だろうね。あんたのお粗末な頭じゃ理解できないよ。だって見下してる私に学力じゃ一度だって勝てなかったもんね。まあさ、私は常に学年五位以内であんたは頑張っても真ん中ぐらいだったから、そもそも勝負にもならなかったけどね」


 マーガレットが襲われたのはそこらへんが理由だろう。真実はリリーにしかわからないが、頭の悪い彼女は考えていることがすべて顔と態度に出るからほぼ確定だ。

 リリーは最後の最後で運が悪かった。マーガレットがあのまま目覚めなかったら、散々働いてきた悪事がばれることもなく、伯爵令嬢として何ひとつ不自由ない生活が送れていたのに。

 後日、街の肥溜めと呼ばれる貧民街で、坊主頭の若い女がぼろぼろの姿で発見されたが、そのニュースは新聞の一面を飾ることなくひっそりと葬り去られた。


 さて、リリーを無事に送り届けたマーガレットは、意気揚々と伯爵邸に帰還した。


「お嬢様。旦那様がお呼びです」

「はあい」


 家令のトマスはさすが伯爵家に仕えて長いからなのか、マーガレットの豹変にも表向きは冷静に対応している。トマスに何かされたという認識を持たないマーガレットは、とくに何をするでもなくトマスの脇を通り抜けて自室へ向かう。もちろん父親の呼び出しは無視した。必要があれば向こうから来るはずだから、わざわざ遠回りしてまで父親の執務室に行く気はないのだ。


 朝の惨劇がうそのようにすっかりきれいになった部屋で制服を脱ぎ、これまた新調された寝巻きに着替えると、マーガレットは昨日と同じように窓際に腰を下ろしてぼうっと空を見上げた。夕闇が迫る空は今日もよく燃えていて、マーガレットは地獄の景色はきっとああいう色をしているのだろうと考えていた。


「もう学園には行かなくていいなあ」


 だがずっと家にいるのも退屈だろう。マーガレットには一週間という時間があるのだ。


「明日から何したらいいの。とりあえず夕飯食べてから考えるべき?」


 待っていれば食事は運ばれてくる。だがマーガレットはダイニングに降りた。家族ごっこを見学しようという純粋な好奇心を満たすために。

 今朝と同じ位置に同じ顔ぶれがあり、唯一マーガレット付きの侍女だった女がいないだけで、あとは何も変わらない伯爵家の食事の光景だ。と、マーガレットは推察した。なぜならマーガレットはこの五年間ずっと自室で食事を摂っていたから、ここ最近の伯爵家の食事風景を知らないのだ。

 家族と囲む食事は実に五年ぶりだ。まあマーガレットは席につくつもりはないのだが。


「ねえトマス。アデルは?」


 アデルとは今朝マーガレットに枝毛を処理してもらっていた女の名前だ。

 

「アデルは退職いたしました」

「殺したの?」

「なっ!」


 これには冷静沈着な家令も声を荒げざるを得なかった。


「何をおっしゃるのですかお嬢様」

「行儀見習いの名目で伯爵家に行った貴族のお嬢さんがさあ、あんな姿になって無事に家に帰れるわけがなくない? 馬鹿でもわかるよ。だから証拠隠滅のために殺したのかなあって」

「そのような非道なことは、ロジャース伯爵家はいたしません」

「ふうん。実の子どもはろくに世話もしないまま放置するくせに? 人は殺さないの? 同じことだと思うんだけどなあ。ま、どうでもいいけど」


 侍女なんてどうでもいいのだ。今は何より夕食だと、マーガレットの足は調理場に向かう。ところで調理師の指は使い物にならなくなったが、誰が何をどう拵えたんだろう。だがマーガレットは深くは考えない。人間が食べるものがあればそれでいいのだ。

 父親のうしろを通り過ぎようとしたところで、「待ちなさい」と伯爵の声がしたが、マーガレットに止まる様子はない。


「マーガレット座りなさい」

「食事の用意が済んだらね」


 どこまでも家族を馬鹿にするマーガレットに、伯爵家の三人はうすら寒さを覚えた。寝込む前のマーガレットにとって父親の命令は絶対だった。歩けと言われたら歩いたし、止まれと言われたら止まった。姿を見せるなと言われたから部屋にいるようにしたし、食事は自室で済ませろと言われたから、五年間もひとりで食事を摂る生活を送ってきた。だが今のマーガレットにとって、父親など単に身近にいる男というだけだ。マーガレットは自分の都合で食事を用意し、自分の都合で席についた。


「学園から連絡がきた。何をした」

「連絡がきたなら知ってんでしょ? 人の食事の邪魔をしてまで言わせることでもないんじゃない?」

「おまえっ!」

「あーうるさ。怒鳴れば言うこと聞くとかないからね。あと唾が飛ぶの。汚い。おじさんの唾まじきったない。自分の口臭がどれほどのものか理解してる? ドブみたいだよ」

「んなっ……!」


 慌てて口を押さえる父親の姿は哀れを通り越して滑稽だった。


「そんなことよりお父様聞いてください! お義姉さまは今日私を馬車から引きずり下ろして自分ひとりで学園に行ったのよ! 私は足を怪我したの! 今朝だって頬を張られてどれほどショックだったか……!」

「ああごめんごめん。汚物とは一緒の馬車に乗りたくなくてさ」

「な、なななんですってえっ!」


 まるでキャンキャン吠える小型犬だ。ローズは怒りで顔を真っ赤にしてぶるぶる震えている。対するマーガレットは「本物の子犬ならかわいいのにねえ」などと言って火に油を注ぎながら食事を堪能している。


「マーガレット。あなたいったいどうしたというの。以前のあなたはそのような振る舞いをする子ではありませんでした」

「以前の私を知るほどの接点てあった?」

「ありました。義理とはいえ私はあなたの母親です」

「へえ母親なんだ」

「何が言いたいの」

「べつに何も。正直あなたに対してはほとんど何も思ってないんだ。家の中では夫の言うことを聞いて縮こまって、外では夫の金で偉そうにして、血のつながった娘は容姿しか誇れるところがない、哀れでかわいそうな人ってだけ。外部から見たら裕福な伯爵家に嫁いでかわいい娘がいる幸福な夫人だけど、実際は自分で誇れるものが何もないつまらない女じゃん。この男が若い女に入れ込んだらどうするの? 家を追い出されたらおしまいだよ。なんだかんだ言いくるめられて無一文で追い出されるよ」


 エルシアは夫の富にぶら下がるだけの女、というのがマーガレットの見解だ。良妻、良母として務める姿勢がなければ、いずれは捨てられる運命だろう。いずれにせよそんな未来は来ないが。


「最後に頑張りなよお義母さん。今からでも夫に尽くしな」

「あっ、あなたに何がわかるのっ!」


 エルシアがテーブルを叩いた。どうやらマーガレットは彼女の心の暗い部分をぐさぐさと刺したようだ。母親の豹変にローズが怯えた表情を浮かべている。ゴードンは時が止まったかのように動かない。

 

「私の母はさ、結婚して私を産んでも仕事は辞めなかったよ。いつ何があってもいいように、ひとりでも生きていけるようにっていつも言ってた。そんな母親を見て育ったから私も手に職をつけた。まあ私の場合はかなり特殊な職業になっちゃったから母には申し訳ないけどね。でも母の教えのおかげで金には困らなかったし、こうしてあんたたちにお返しもできてるし、後悔はしてない。だからね、私からしたらエルシアみたいな、男に寄生することでしか生きられない女は哀れなんだよ。あ、だからあんたの気持ちはわかんないってことね」

「何を言っているの……? あなたの母親は、仕事なんてしていなかったはずよ……?」

「ああごめんごめん。今生の母ではないよ。あの人はさっさと死んじゃったからほとんど覚えてない」

「今生……?」


 マーガレットの顔にはそろそろ面倒になってきたと書いてある。目覚めてからのマーガレットは自分の感情や思考を隠すことをやめた。だがそれは相手に対して懇切丁寧に説明する、ということではない。一週間後には永遠の別れをする相手に心を砕く必要はないし、何よりも腹が満たされたマーガレットが次に求めるものは良質な睡眠だった。


「じゃあ私はそろそろ」

「まだ話は終わってない」

「終わったよ。私付きの侍女二人は処分したんだからこれ以上の進展はない。私が学園で起こした問題はあんたが親として責任を持って処理すればいい。ローズの怪我? 唾つけときゃ治るでしょ。それとあいつのわがままは病気だから一度拳でわからせた方がいい。エルシアはかわいそうな女だから優しくしてあげな。他にある? ないよね? じゃ。おやすみ」


 自室に戻ると、マーガレットは自力で風呂の支度をして自力で入浴した。無敵になったマーガレットはもう誰の手も借りずに生きていけるのだ。


「結局明日から何をすればいいんだ」


 いつの間にか洗いたてのシーツに交換されていたベッドに寝転んで、マーガレットはため息を吐いた。


「ねえどうしたらいい? もうやることなくなった。一週間もらったけど長すぎるかも」


 顔を横に向け、マーガレットは暗闇に目をこらしている。そこに誰かがいることを確信しているように。


「ねえヴァル聞いてる?」

 

 まったく、期間内は話しかけるなと言ったのに。


「後悔しねえのか」

「お。やっと答えてくれた。話しかけても無視されるから寂しかったよ。ねえ姿も見せて」

「ったく。俺は監視役とサポートに徹するって言っただろうが」

「そうだけど。ひとりじゃつまんないよ」


 暗闇の中で神経を集中させる。闇の粒子を集めて少しずつ人型に成形していく。こんなもの朝飯前の作業だが、人間の住む世界は夜でも明るいから体力も精神力も多く使う。だからできるだけ本来の姿は隠しておきたいが、かわいい女の頼みは断れない。


「これでいいか」

「うん。ありがとう。へへ。やっぱりヴァルはイケメンだ」


 どうや俺はかなりイケている容姿らしい。黒い髪に黒い瞳はどこにでもいそうなものだが、顔パーツの完璧な配置と股下五メートルは神の采配だそうだ。そう言われれば悪い気はしない。

 ベッドに腰掛けて、月明かりに照らされた白い頬をなでてやる。そうすれば猫みたいに目を細めて恍惚の表情を浮かべてくれる。


「たまんねえなその表情。早く連れて帰りてえ」

「もういいよ連れ帰っても。やりたいことはやったし」

「家族への復讐はいいのかよ」

「うーんなんかさあ、個別に復讐するほど何かされたわけでもないんだよね。ずっといない存在として扱われてきたけど、直接的な攻撃って侍女とか学園の同級生が主だったし。それが済んだからお返しはもういいかなって」

「ふうん。おまえが望むなら今これから行くこともできるけど、どうする?」

「行く行く! 連れてって!」

「おまえって本当に変な女だよな。地獄が楽しみとかありえねえだろ」

「そうかな。でも私ってろくでもない女だったし生きてるときから地獄行きは確定してたからさ、どんなところなのかなあってわくわくしてたよ。それに向こうでも仕事ができるなんて最高じゃん。けっこう天職だと思うんだよ」


 マーガレットの人格は本来のマーガレットではない。今彼女の体の中に入っているのは、アカリという女だ。


 リリーの放った破落戸に手籠にされる前からすでに、マーガレットは壊れかかっていた。そこに最後のダメ押しとして事件が起こった。そしてマーガレットの心は死んでしまった。これで体も一緒に生命活動を止めてくれれば通常の死として扱われるが、マーガレットの場合、なぜか体の機能は残ってしまった。

 魂が抜けた体はただの空っぽの器だ。そこに何が入るのかはその時にならないと誰にもわからない。そして今回マーガレットの器に収まったのが、別の世界で同時刻に命を落としたアカリの魂だった。

 というのは語弊があるので訂正する。俺が、地獄に落ちてきたアカリを気に入り、そばに置くためにわざわざマーガレットの中に入れたのだ。

 その方法は以下。

 通常の死を迎えて地獄に落ちてきたアカリの体から魂だけを取り出しマーガレットの器に入れ、空いたアカリの体にマーガレットの魂を入れた。ちなみにマーガレットの魂ぐらい、俺の手にかかれば三秒で見つけられる。天国直行便に乗る直前に捕まえられたのは俺の日頃の行いがいいからだろう。

 アカリの器がマーガレットでよかった。だってめちゃくちゃかわいいし、年齢的にもいい感じだし。これがおっさんだったら目も当てられない。まあその時はもう少し時間をかけて最高の器を用意するだけだが。

 とにかく俺は、アカリを手に入れた。


 マーガレットの中身がアカリなら、なぜアカリがマーガレットを虐げた人間どもに復讐をしているんだ? と思ったやつもいるだろう。答えになるのかはわからねえが、人間てのはめんどくせえ生き物だ。魂は抜けても記憶は残る。その記憶に引っ張られて感情が動く。そういうことは多々ある。アカリもまたマーガレットの記憶に動かされた。強姦されて三日三晩うなされて、目覚めたときにはマーガレットの記憶とアカリの人格を持つハイブリットの誕生だ。絶対に復讐してやると心に決めたのは当然の帰結だろう。

 復讐が終わったあともマーガレットとして生きていくことはできた。だがアカリはそれを望まなかった。人間なんてくだらないから転生してまで長生きしたくない、とアカリは言ったのだ。だから俺はアカリが満足いく復讐ができるよう、一週間という期限付きで力を貸す約束をした。

 そして復讐が終わったら地獄へ行く。これがアカリとの約束だった。


「私さあ前世? で合ってる? わかんないけど、向こうの世界で殺し屋やっててよかったって思う。ためらいなく人を壊せるから復讐にはもってこいだよね。マーガレットの弔い合戦になったかはわかんないけど、私は満足してる」

「そうだな。見事な復讐だったよ」

「ヴァルが力を貸してくれたおかげ。ありがとう」


 ぎゅっと抱きつくアカリはやわらかくていい匂いがする。早く地獄に帰りてえな。帰ってでろでろに甘やかしたい。アカリの頭のてっぺんからつま先まで全身かわいがりたい。

 

「今ごろマーガレットは天国に着いたかな」

「着いたんじゃねえか? あいつの魂ってまじできれいだったから何の審査もなく天国直行便に乗った。あまりにもきれいすぎて、さわったら浄化されそうになったもん」

 

 天国生き地獄行きは魂の質で決まる。もともと清らかだったマーガレットの魂は、アカリの体に入ったところで影響を受けるはずもなく、なんの障害もなく無事に天国へと旅立った。めでたしめでたし。


「ということで、帰るか」

「何が『ということで』なのかはわからないけど、よろしくお願いします」


 アカリを横抱きにして、俺は月明かりが差し込む窓辺に立った。


「最後に何かしとくか?」

「うん。燃やす」

「あそうなの?」

「うん。だって忌々しい家名は消さないと」

「てっきり見逃すつもりなのかと思った」

「えーまさかあ。あれだけ酷い扱いをしておいてお咎めなしってのはさすがにねえ。個別には復讐しないけど、伯爵家としてそれ相応の報いは受けてもらいますよ」

「全員?」

「もちろん。使用人もずっと見て見ぬふりだったし。全員一緒に燃やすよ。それでおしまい一件落着」


 ちゃんちゃん♪とへんなリズムで両手をひらいて小首をかしげるアカリは、控えめに言って食べたいほどかわいかった。


「強姦された記憶っておまえの精神に何かしらの影響を与えてるか?」

「それはない。あれはマーガレットであり私ではないと思ってる」

「じゃあ帰ったらまず抱いてもいいか?」

「わはっ! いいねいいねめちゃくちゃに抱いてほしい」

「わ〜おまえのそのノリすげえ好き」

「えへへ〜ほめられちゃった」

 

 何百年も地獄にいるけど、はじめて管理職をやっててよかったと思った。今の仕事をしているおかげでアカリという女を手に入れることができたんだから。

 アカリはこれから俺の側近としてまあまあ悪どいことをしてもらう。人でも魂でも罪悪感なく処分できる有能な人材を求めてたんだ。ついでと言っちゃあなんだが、俺の妻としても頑張ってもらう予定だ。ほら、管理職って後継を育てなくちゃならねえから。後継問題って地獄でもけっこうシビアなわけ。その点で言うと俺とアカリの子どもならスーパーサラブレッド間違いなしだ。出世街道を爆走してくれるだろう。きっと、というか絶対にかわいいし。


「じゃ、帰りますか」

「はあい」


 アカリの気の抜けた返事にキスで応答して、部屋の窓を粉々に破壊した。窓枠に足をかけ、ひょいっと空に飛び出れば、あとは一直線に愛の巣を目指すだけだ。もちろん伯爵邸に火をつけることも忘れない。邸中のドアというドアを開かないようにして、最大火力で焼き上げる。ごうごうと燃え盛る炎を見て、アカリはきれいだと目を輝かせている。おまえの方がきれいだよ、なんて言ったら笑われるかな。なんてことを考えていたら、「おまえの方がきれいだよって言ってよ」と頬をつねられた。

 なんてかわいいんだ俺の妻(未来)は!


「まじで抱き潰してやるからな」

「期待しちゃうからね」


 これでおしまい一件落着。そう言うと、腕の中のアカリは「ちゃんちゃん♪」と両手をひらいた。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

楽しんでもらえたら幸いです。

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