どうでもいい嘘(過去)
昔から、どうでもいい嘘を吐いてしまう。
大きな嘘じゃない。
誰かを騙そうとするようなものでもない。
ほんの、小さなもの。
高校のとき。
同じ部活の先輩のことを、かっこいいなって思っていた。
背が高くて、声が低くて、
笑うと目尻が少しだけ下がる人。
体育館の隅でストレッチをしている横顔を、
何度も盗み見た。
でも、仲良しの友達も先輩のことが好きだった。
「どう思う? かっこよくない?」
そう聞かれたとき、
わたしは一瞬だけ本当の答えを飲み込んだ。
——うん、かっこいいよね。
その言葉は喉まで出かかったのに、
違う言葉にすり替わる。
「えー? そうかな。別に興味ない」
笑いながら、肩をすくめる。
どうでもいい嘘。
誰も傷つかないように。
波が立たないように。
“普通のいい子”でいられるように。
でもそのたびに、
小さな本音が胸の奥にしまわれていく。
好きなキャンディも。
文学部も。
背の低さも。
パンプスも。
そして、先輩の横顔も。
わたしはいつも、
自分の「好き」を後回しにする。
本当のことを言って、
誰かに嫌われるのが怖い。
本当のことを言って、
母みたいに「それよりこっち」と否定されるのが怖い。
だから、どうでもいい嘘を吐く。
興味ないふり。
平気なふり。
気にしてないふり。
ふり、ふり、ふり。
嘘は小さいのに、
積み重なると、自分の輪郭がぼやけていく。
あのとき、もし言えていたら。
「うん、わたしも好きかも」
それだけで、
何かが変わったのだろうか。
友達と気まずくなったかもしれない。
気まずくならなかったかもしれない。
でも少なくとも、
自分に嘘はつかなかった。
診察室の前で、思う。
今日こそは。
どうでもよくない本当のことを、
ちゃんと口にできるだろうか。




