地面に触れる
パーカーにGパン。
スニーカーを履いて、深呼吸をひとつ。
玄関のノブを握る。
病院に向かう気持ちは鉛みたいに重いのに、
ドアは押したら、あっけなく開いた。
こんなものだ。
重たいのは、いつも外じゃなくて、中だ。
本当はパンプスを履きたかった。
五センチのヒール。
少しだけ“ちゃんとした大人”に近づけるあの靴。
でも今日は、化粧をする気力も、服を選ぶ余裕もなかった。
部屋にかかっていた服を引ったくって、そのまま着た。
鏡を見るのも億劫で、髪の毛の先がはねている気がする。
普通の、ちゃんとした大人は、
こんな格好で外に出たりしない。
母の声が、頭の奥で再生される。
――みっともない。
――ちゃんとしなさい。
――人からどう見られるか考えなさい。
スニーカーの紐をきつく結ぶ。
久しぶりに履いたそれは、地面との接着面が広い。
安定しているはずなのに、わたしの心みたいにぐらつく。
階段を降りる。
コツコツじゃない。
ぺた、ぺた、という音。
ヒールの音は、鎧みたいだった。
スニーカーは、素足に近い。
守りが薄いぶん、不安もそのまま伝わってくる。
外の空気は冷たくて、少しだけ肺が痛い。
でも、足裏は確かに地面を踏んでいる。
一歩。
また一歩。
「普通」じゃなくても、
「ちゃんと」していなくても、
今日、わたしは外に出た。
それだけで十分じゃないか、と
誰かが言ってくれたらいいのに。
言ってくれる人がいないなら、
自分で言うしかない。
大丈夫。
ヒールがなくても、
化粧をしていなくても、
髪がはねていても、
わたしは、ここにいる。
スニーカーの底が、
アスファルトを確かに踏みしめる。
ぐらつきながらでも、
ちゃんと前に進んでいる。




