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ライフコース  作者: 只野 唯
退職編
7/40

5センチ分のわたし(過去)

「そのサイズだと大きいわね」

 試着室のカーテンの向こうで、母がぽつりと零す。

「お母さんもお父さんも平均身長なのに、なんであんたは背が低いのかしら」

 鏡の前で、わたしは黙る。

 ワンピースの裾が、少し長い。

 ほんの数センチ。

 けれど、その“ほんの”が、いつも問題になる。

 母は「普通」が好きだった。

 平均点。

 標準サイズ。

 みんなと同じ。

 わたしの身長は、その枠から少しだけはみ出していた。

 低いだけ。

 健康だし、日常生活に支障もない。

 でも、母の口からこぼれる「どうしてかしら」は、わたしの身体を“足りないもの”に変えていく。

 オトナになっても、背は伸びなかった。

 だから五センチのヒールを履く。

 五センチ分、平均に近づくために。

 五センチ分、母の安心に近づくために。

 五センチ分、わたし自身を納得させるために。

 コツ、コツ、と駅のホームを歩く音。

 その高さで見える世界は、ほんの少しだけ違う。

 電車の窓に映る自分は、

 “ちゃんとしている人”に見える気がする。

 でも、家に帰って靴を脱ぐと、

 急に世界が元の高さに戻る。

 フローリングに触れる足裏の感触。

 ぺたり、と音を立てる。

 五センチ分のわたしが、すっと消える。

 途端に足元が不安定になる。

 自分の存在まで不安定に感じる。

 だからいつも私は普通を意識している。

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