5センチ分のわたし(過去)
「そのサイズだと大きいわね」
試着室のカーテンの向こうで、母がぽつりと零す。
「お母さんもお父さんも平均身長なのに、なんであんたは背が低いのかしら」
鏡の前で、わたしは黙る。
ワンピースの裾が、少し長い。
ほんの数センチ。
けれど、その“ほんの”が、いつも問題になる。
母は「普通」が好きだった。
平均点。
標準サイズ。
みんなと同じ。
わたしの身長は、その枠から少しだけはみ出していた。
低いだけ。
健康だし、日常生活に支障もない。
でも、母の口からこぼれる「どうしてかしら」は、わたしの身体を“足りないもの”に変えていく。
オトナになっても、背は伸びなかった。
だから五センチのヒールを履く。
五センチ分、平均に近づくために。
五センチ分、母の安心に近づくために。
五センチ分、わたし自身を納得させるために。
コツ、コツ、と駅のホームを歩く音。
その高さで見える世界は、ほんの少しだけ違う。
電車の窓に映る自分は、
“ちゃんとしている人”に見える気がする。
でも、家に帰って靴を脱ぐと、
急に世界が元の高さに戻る。
フローリングに触れる足裏の感触。
ぺたり、と音を立てる。
五センチ分のわたしが、すっと消える。
途端に足元が不安定になる。
自分の存在まで不安定に感じる。
だからいつも私は普通を意識している。




