最終学歴
来院前にホームページから問診票をダウンロードしてください、と書いてあった。
プリンターから出てきた紙は、思ったよりも白くて、薄かった。
ペンを持つ指が少し震えているのを、自分だけが知っている。
名前、生年月日、住所。
そこまでは機械みたいに書けた。
けれど「学歴」の欄で、手が止まる。
出身校名。
学部。
文字を書きながら、あの夏の空気が戻ってくる。
蝉の声、消した進路希望調査、へこんだ紙の跡。
——文学部。
結局、私は母の言う通りの学部に進んだ。
就職に有利な、安心な道。
けれど、その文字を書くたびに、胸の奥の小さな棚がきしむ。
温度が、すうっと下がる。
過去はもう変えられないのに、身体だけがその場に引き戻される。
ペン先が止まる。
でも、今は違う。
ここはスーパーでも、食卓でもない。
これは誰かの“より良い選択”を書く紙じゃない。
自分の状態を、正直に書くための紙だ。
「現在困っていること」の欄に目を移す。
そこには空白が広がっている。
深呼吸をひとつ。
目の前にやることがあるうちは、動ける。
ひとつ書く。
またひとつ書く。
過去に引きずられそうになっても、
今この瞬間、ペンを動かすのは自分だ。
書くということは、
誰かに選ばれることじゃない。
自分の言葉を、自分の手で置くことだ。
白い紙の上に、少しずつ文字が増えていく。
棚に置かれたままだった声が、
今度は、ちゃんとここに残る。




