こもれび
ピンポーン。
思ったより大きな音が、静かな廊下に広がった。
心臓が一瞬、跳ねる。
少し間があって、ガチャ、と電子錠の外れる音がした。
扉が、ゆっくりと内側から開く。
「こんにちは、高橋さん」
迎えてくれたのは、心理士の佐藤さんだった。
今日でまだ二回目。
名前も、声も、完全に馴染んでいるわけじゃない。
それでも、“知っている顔”がそこにあるだけで、体の強張りが少しほどける。
「こんにちは……」
自分の声は少しかすれていた。
室内は、想像よりも普通だった。
白い壁。木目の床。丸いテーブル。
観葉植物がひとつ。
どこかの誰かの家のリビングみたいで、病院らしさはほとんどない。
数人の利用者さんが、思い思いの距離で座っている。
誰もこちらをじっと見ない。
ちらっと視線が動いて、すぐに戻る。
値踏みされる感じがないことに、驚く。
「今日は見学なので、座っているだけでも大丈夫ですよ」
佐藤さんは、私の少し後ろに立ちながら言う。
背中を押さない。
前にも立たない。
絶妙な距離。
丸テーブルの端の席に案内される。
椅子に座ると、足の震えがやっと自分にだけ分かる程度になる。
ここにいる人たちは、どんな人なんだろう。
どんな理由で、ここに来ているんだろう。
でも、不思議と聞きたくはならなかった。
自分のことも、まだ話せないのだから。
部屋の空気は静かで、無理に明るくもなく、暗くもない。
まさに、こもれび。
強すぎない光の中で、私はただ座っている。
できていることは、それだけ。
でも、それだけで十分だと、今は思えた。




