35/38
インターフォンの前で
ショートケアのプログラムが行われているのは、メンタルクリニックの隣のビル――というより、ほとんど普通のマンションの一室だった。
ここで本当に合っているのか、何度も住所を確認する。
中から物音はしない。
ドアの横に、小さな看板。
ショートケア こもれび
その下に、控えめな文字で
「ショートケアご利用の方はインターフォンを鳴らしてください」
その表示がなければ、私は一生ここに入れなかったと思う。
誰かの家の玄関を間違えて押してしまうみたいで、指が止まる。
こもれび。
木漏れ日。
強すぎない光。
直射日光じゃなくて、葉っぱ越しのやわらかい光。
胸の奥が、少しだけざわつく。
ここに入ったら、もう「見学前の私」には戻れない気がする。
でも、帰ったらまた、ぐるぐるする。
エレベーターの鏡に映る自分は、少し青かった。
手のひらが湿っている。
大丈夫。
途中で帰ってもいい。
臨床心理士の佐藤さんの声が頭の中で再生される。
七十の不安は、そのまま。
ゼロにしなくていい。
私は深呼吸を一つして、
インターフォンのボタンに指を伸ばした。




