表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライフコース  作者: 只野 唯
ショートケア編
34/38

はじめの一歩


「はじめまして、臨床心理士の佐藤です」

軽く頭を下げた人は、とても穏やかな目をしていた。

左手にはシルバーのシンプルな結婚指輪。生活感のある指。きっと休日は公園で子どもを追いかけているような、そんな人。


主治医の言ったとおりだな、と少しだけ肩の力が抜けた。

ショートケアに通いたい気持ちはあった。

でも、人が怖い。

他の利用者さんもいる。

人と関わる練習の場だと分かっているからこそ、怖い。

ちゃんと挨拶できるだろうか。

変なことを言わないだろうか。

浮かないだろうか。

胸の奥がざわつく。

「主治医の先生からお話は聞いていますよ。まずは見学だけでも大丈夫です」

佐藤さんは、こちらの不安を急かさず、ゆっくり言葉を置く。

「ショートケアは、“できるようになる場所”というより、“できなくても大丈夫な場所”なんです」

思わず顔を上げた。

できなくても、大丈夫。

会社ではできないことは許されなかった。

普通でいること、普通以上であること。

ミスをしないこと。

役に立つこと。

できない自分は、いない方がいい。

そんな前提で生きてきた。

「最初は、部屋の隅で座っているだけの方もいますよ。途中で帰る方もいます。ここは練習の場なので、それでいいんです」

優しさが怖い。

でも、少しだけ、あたたかい。

「今、不安はどのくらいですか?」

急にテストをされている気分になる。

でも、佐藤さんの目は評価ではなく確認の目だった。

「……七十、くらいです」

「じゃあ、今日は七十のままで大丈夫です。ゼロにしなくていい」

ゼロにしなくていい。

私はずっと、不安をゼロにしてから動こうとしていたのかもしれない。

「来週、1時間だけ体験してみませんか。途中で帰ってもいいし、僕もいます」

“僕もいます”

その一言が、不思議と支えになる。

人が怖い。

でも、人がいないと生きていけない。

ショートケアは、社会に戻るための場所だと思っていた。

でももしかしたら、自分を取り戻すための場所なのかもしれない。

緑が基調のホームページを思い出す。

落ち着いた色。

全部に当てはまったチェック項目。

私は小さく頷いた。

「……行ってみます」

不安は七十のまま。

でも、ゼロにしなくていいなら、歩けるかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ