好きなお菓子(過去)
日曜の午後、スーパーの蛍光灯がいつもより明るく見えた。
レジ袋を片手に持ったまま、母が振り向いて言った。
「ひとつだけ、好きなお菓子買っていいよ」
その言葉が、七歳のわたしの胸をふわっと浮かせた。
好きなお菓子を選んでいい——その特別感に、心臓が跳ねる。
わたしはお菓子売り場へ小走りで向かった。色とりどりの袋が並ぶ棚の前で立ち止まり、目線を右へ左へ。
今日は、いつも我慢していた“あの”キャンディにしよう。
袋の中で宝石みたいに光る、いろんな味の飴が入っているやつ。
学校の友だちがよく持ってきていて、羨ましかった。
指先でそっと袋を持ち上げ、胸の前に抱きしめるようにして母のところへ戻った。
「これがいい」
そう言うと、母はちらりと袋を見て、すぐ横にあった別のチョコ菓子を手に取った。
「え?こっちのほうがいいでしょ。好きでしょ?」
わたしは首を振った。
でも母はにこにこと、当然のようにチョコを買い物カゴへ入れた。キャンディの袋は、ひょいと元の棚に戻される。
「今日はこれにしなさい。ほら、こっちのほうが人気なんだから」
わたしは何も言えず、そのまま母の後ろを歩いた。
胸の奥が、しゅるしゅると小さくしぼんでいくのを感じた。
母が悪気がないことは分かっていた。
わたしの“好き”より、「きっとこれが喜ぶだろう」を優先するのが母だと、子どもなりに知っていた。
でも——。
レジでチョコ菓子がピッと音を立てて読み取られた瞬間、
わたしは、自分の声がどこかへ落ちてしまったみたいに感じた。
帰り道、袋の中でカサカサと鳴るチョコの音。
それを聞くたび、さっきのキャンディの鮮やかな色が頭に浮かんで、胸がひんやりした。
ただただ、「選んでいいよ」の言葉を信じた自分が、少しだけ馬鹿みたいに思えた。
けれど、大人になって気づく。
あのときの母は、わたしを思って選んだつもりだったのだと。
喜ばせたくて、失敗しただけだったのだと。
それでも、七歳のわたしの小さな「好き」は、あの日、棚に置き去りにされたままだ。




