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ライフコース  作者: 只野 唯
退職編
3/40

好きなお菓子(過去)

 日曜の午後、スーパーの蛍光灯がいつもより明るく見えた。

 レジ袋を片手に持ったまま、母が振り向いて言った。

「ひとつだけ、好きなお菓子買っていいよ」

 その言葉が、七歳のわたしの胸をふわっと浮かせた。

 好きなお菓子を選んでいい——その特別感に、心臓が跳ねる。

 わたしはお菓子売り場へ小走りで向かった。色とりどりの袋が並ぶ棚の前で立ち止まり、目線を右へ左へ。

 今日は、いつも我慢していた“あの”キャンディにしよう。

 袋の中で宝石みたいに光る、いろんな味の飴が入っているやつ。

 学校の友だちがよく持ってきていて、羨ましかった。

 指先でそっと袋を持ち上げ、胸の前に抱きしめるようにして母のところへ戻った。

「これがいい」

 そう言うと、母はちらりと袋を見て、すぐ横にあった別のチョコ菓子を手に取った。

「え?こっちのほうがいいでしょ。好きでしょ?」

 わたしは首を振った。

 でも母はにこにこと、当然のようにチョコを買い物カゴへ入れた。キャンディの袋は、ひょいと元の棚に戻される。

「今日はこれにしなさい。ほら、こっちのほうが人気なんだから」

 わたしは何も言えず、そのまま母の後ろを歩いた。

 胸の奥が、しゅるしゅると小さくしぼんでいくのを感じた。

 母が悪気がないことは分かっていた。

 わたしの“好き”より、「きっとこれが喜ぶだろう」を優先するのが母だと、子どもなりに知っていた。

 でも——。

 レジでチョコ菓子がピッと音を立てて読み取られた瞬間、

 わたしは、自分の声がどこかへ落ちてしまったみたいに感じた。

 帰り道、袋の中でカサカサと鳴るチョコの音。

 それを聞くたび、さっきのキャンディの鮮やかな色が頭に浮かんで、胸がひんやりした。

 ただただ、「選んでいいよ」の言葉を信じた自分が、少しだけ馬鹿みたいに思えた。

 けれど、大人になって気づく。

 あのときの母は、わたしを思って選んだつもりだったのだと。

 喜ばせたくて、失敗しただけだったのだと。

 それでも、七歳のわたしの小さな「好き」は、あの日、棚に置き去りにされたままだ。

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