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ライフコース  作者: 只野 唯
退職編
29/37

それでも生きている(過去)

「高橋さんって生きづらそう」

軽い声だった。

冗談みたいな、世間話みたいな、

角のない言い方。

でも、その言葉はまっすぐ飛んできて、

額に当たって、床に落ちた。

——生きづらそう。

私は一瞬、息を止める。

それって、どういう意味だろう。

心配してくれてる?

気づいてくれてる?

それとも、遠回しに「めんどくさい」って言ってる?

考える。

ぐるぐる、ぐるぐる。

言葉の裏を探す。

トーンを思い出す。

表情を再生する。

何気ない一言なのに、

頭の中では大事件になる。

「そんなことないですよ」

私は笑った。

いつもの、角のない笑い方で。

本当は、

「どういう意味ですか?」って聞きたかった。

「そう見えますか?」って聞きたかった。

でも、怖かった。

もし悪意だったら。

もし本音だったら。

だから、何でもない風を装う。

空気を壊さない大人の対応。

波風を立てない優等生。

そのあと、トイレの鏡の前で、

自分の顔を見る。

ちゃんと笑えていた。

ちゃんと普通だった。

でも、胸の奥だけがざらざらしている。

どうして私は、

言葉をそのまま受け取れないんだろう。

どうして私は、

裏の意味を探してしまうんだろう。

そんな自分が嫌いだ。

疑い深くて、

傷つきやすくて、

強くなれない自分。

でも本当は。

「生きづらそう」って言われて、

一番引っかかったのは、

——当たっているかもしれない

と思ってしまったからだ。

私は生きづらい。

それを必死に隠して、

隠して、

隠してきた。

なのに、見透かされた気がして、

恥ずかしくなった。

笑って誤魔化した自分も、

裏を読んでしまう自分も、

どちらも私なのに。

嫌いだ、と思うたびに、

またひとつ、自分を遠ざける。

もしあのとき、

ほんの少し勇気があったなら。

「そうかもしれませんね」って、

言えただろうか。

生きづらいけど、生きている。

それだけは、嘘じゃないのに。

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