それでも生きている(過去)
「高橋さんって生きづらそう」
軽い声だった。
冗談みたいな、世間話みたいな、
角のない言い方。
でも、その言葉はまっすぐ飛んできて、
額に当たって、床に落ちた。
——生きづらそう。
私は一瞬、息を止める。
それって、どういう意味だろう。
心配してくれてる?
気づいてくれてる?
それとも、遠回しに「めんどくさい」って言ってる?
考える。
ぐるぐる、ぐるぐる。
言葉の裏を探す。
トーンを思い出す。
表情を再生する。
何気ない一言なのに、
頭の中では大事件になる。
「そんなことないですよ」
私は笑った。
いつもの、角のない笑い方で。
本当は、
「どういう意味ですか?」って聞きたかった。
「そう見えますか?」って聞きたかった。
でも、怖かった。
もし悪意だったら。
もし本音だったら。
だから、何でもない風を装う。
空気を壊さない大人の対応。
波風を立てない優等生。
そのあと、トイレの鏡の前で、
自分の顔を見る。
ちゃんと笑えていた。
ちゃんと普通だった。
でも、胸の奥だけがざらざらしている。
どうして私は、
言葉をそのまま受け取れないんだろう。
どうして私は、
裏の意味を探してしまうんだろう。
そんな自分が嫌いだ。
疑い深くて、
傷つきやすくて、
強くなれない自分。
でも本当は。
「生きづらそう」って言われて、
一番引っかかったのは、
——当たっているかもしれない
と思ってしまったからだ。
私は生きづらい。
それを必死に隠して、
隠して、
隠してきた。
なのに、見透かされた気がして、
恥ずかしくなった。
笑って誤魔化した自分も、
裏を読んでしまう自分も、
どちらも私なのに。
嫌いだ、と思うたびに、
またひとつ、自分を遠ざける。
もしあのとき、
ほんの少し勇気があったなら。
「そうかもしれませんね」って、
言えただろうか。
生きづらいけど、生きている。
それだけは、嘘じゃないのに。




