音声通話
『復職が難しい場合は、今後の選択についてもご相談できればと思います』
その一文が、ずっと頭の中で反響していた。
“今後の選択”。
言葉は柔らかいのに、意味は冷たい。
遠回しな最終通告。そうとしか思えなかった。
面談の時間が近づくにつれて、体が鉛みたいに重くなる。
指先までしびれて、自分のものじゃないみたいだった。
画面越しに顔を見られるのが怖くて、音声通話にしてもらった。
自分の顔を確認する勇気もなかった。
きっと疲れ切って、覇気がなくて、情けない顔をしている。
「今日はありがとうございます」
上司の声はいつも通り、丁寧で平坦だった。
その“いつも通り”が、逆に残酷に感じる。
悪いことばかりが浮かぶ。
復職できない私は価値がない。
迷惑をかける存在。
会社のお荷物。
0か100。
復職するか、死ぬか。
その二択しか、頭にない。
「今の体調はいかがですか」
聞かれても、言葉にならない。
“悪いです”の一言に、どれだけの説明を詰めればいいのかわからない。
しばらく沈黙が流れたあと、私は言った。
「……退職します」
自分の声が、遠い。
誰か別の人が話しているみたいだった。
メンタルクリニックの先生は言っていた。
「今は重大な決断をしないほうがいい」
わかっている。
でも、この宙ぶらりんの状態に耐えられなかった。
保留でいることが、一番つらかった。
「承知しました」
上司は責めなかった。
淡々と手続きの説明をする。
そのときだった。
少しだけ、音声の向こうがざわついた。
マイクが拾った、小さな囁き。
『メンヘラちゃんの相手は大変ですね』
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
次の瞬間、血の気が引いた。
ああ。
私のことだ。
耳の奥がじんと熱くなる。
恥ずかしい。
情けない。
悔しい。
泣きそうになるのを必死でこらえながら、私は「ありがとうございました」と言った。
通話が切れる。
部屋は静かだった。
さっきまで人生を決める話をしていたのに、カーテンは同じように揺れているし、冷蔵庫も同じ音を立てている。
私は床に座り込んだ。
“メンヘラちゃん”。
その言葉が、胸の奥で何度も反響する。
でも本当は、傷ついたのは言葉そのものじゃない。
「やっぱりそう見えてるんだ」という確信だった。
私は弱い。
私は壊れている。
私は面倒な人間。
そう思っていたものを、他人の口から確認してしまっただけ。
涙がこぼれた。
だけど、涙は死を選ばなかった。
ただ、床に落ちただけだった。
0か100しか見えない頭の中で、
その涙だけが、少しだけ別の数字を教えていた。
0でも100でもない。
いまは、ただ傷ついているだけの人間だということ。
退職という選択が正しかったかどうかは、まだわからない。
でも、少なくとも今、私は生きている。




