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ライフコース  作者: 只野 唯
退職編
23/38

昼下がりのファミレス(過去)

窓際の席に座ると同時に、ふたりして無言でメニューを開いた。油膜のついたビニールの感触さえ、もう慣れ親しんだものだ。

「どうする?」

ページをめくりながら彼氏が言う。

私は写真の中央に大きく載った“おすすめオムライス”に視線を止めた。

特別に好きなわけじゃない。けれど、見慣れた黄色が、迷わなくていい色をしていた。

「オムライスにしようかな」

そう言うと、彼氏はふっと笑った。

「また? オムライス好きだね。いつもそれじゃん」

そう言われて、私はメニューの角を指先でつまんだまま、小さく頷いた。

“好きだから”じゃなくて、“間違えないから”。

そう言い返せばよかったのかもしれない。でも、わざわざ伝えるほどの話でもない気がして、喉の奥に押し込む。

私の好きなものが、ほんとは何なのか、自分でもよくわからない。

でも、この店のオムライスは、いつだって想像した通りの味で、私を裏切らない。

「そっちは?」

聞き返すと、彼氏は迷いなく指さした。

「ハンバーグ。ほら、新メニュー出てるし」

その軽さが少し眩しかった。

やがて店員が注文を取りに来て、トマトソースの香りが漂うのを想像しただけで、心の中に小さな安全地帯が灯る。

私は今日もオムライスを頼む。

ただ、安心したいから。

いつもの味で、今日の私をつなぎとめたいだけ。

彼氏は知らない。

私が“いつも”を選んでしまう理由を。

そして、あの時の私は、知られないままの方が、楽だった。

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