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ライフコース  作者: 只野 唯
退職編
19/38

得意と好きのあいだ(過去)

経済学部では、毎日数字を追っていた。

関数を使って、マクロを組んで、仮説を立てて検証する。エラーを一つずつ潰していく。ピタリと数字がきれいに並ぶ瞬間は、たしかに気持ちよかった。

整う、という感覚。

高校生のときから数学は得意だった。模試の偏差値は安定して高くて、解答用紙の途中式まで褒められた。

高校二年の文理選択のとき、担任が笑いながら言った。

「お前は理系だろ」

教室も、なんとなく頷く空気だった。

家に帰ると、珍しく父が聞いてきた。

「理系にしないのか?」

昔から家にいない人だった。仕事人間で、私にも母にも、どこか無関心な父。その問いは、関心というより確認に近かった。

私は少し、期待した。

やりたいことを言ってもいいのかもしれない、と。

その瞬間、母が口を挟んだ。

「女の子なんだから、文系の方がいいでしょ」

軽い口調だった。決定事項のように。

私は何も言えなかった。

理系か文系か、ではなかった。

本当は、文学部に行きたかった。

小説を読むのが好きだった。物語の行間を考える時間が好きだった。言葉を選ぶ作業が好きだった。

でも、それは「得意」ではなかった。

点数にならない。偏差値で測れない。将来がぼんやりしている。

得意な数学を選べば、周りは納得する。

「もったいない」と言われない。

「普通」に見える。

希望から少しズレた進路は、意外なほど順調に滑っていった。

経済学部の講義は理解できた。レポートも評価がよかった。ゼミでも困らなかった。

得意なことをやっているから、うまくいく。

でも、好きかと聞かれると、少し黙ってしまう。

私は、得意と好きが一緒じゃなかった。

数字がきれいに並ぶ快感と、物語に触れたときの胸のざわめきは、まったく別のものだった。

どちらも本当。

でも、選んだのは「得意」だった。

選ばなかった「好き」は、どこに置いてきたのだろう。

関数の式を解きながら、ときどき思う。

あのとき、母の言葉にかぶせて、自分の声を出せていたら。

「文学部に行きたい」と。

今とは違う景色があったのだろうか。

それとも、結局また、どこかで「普通」に寄せていたのだろうか。

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