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ライフコース  作者: 只野 唯
退職編
18/40

署名欄の空白

会社に提出した傷病手当の申請書が、返送されてきた。

見慣れた社名の入った封筒。

嫌な予感がして、少しだけ開けるのをためらう。それでも、放っておくわけにもいかなくて、はさみで端を切った。

中から出てきた書類。

付せんが一枚、貼られている。

「記載漏れ」

心臓が、ひゅっと縮む。

どこ。何を。

紙をめくる。確認する。視線が行き来する。

――署名欄。

ぽっかりと空白。

ただの、単純なミスだった。

名前を書き忘れただけ。

それだけなのに。

仕事でだって、こんなミスをしたことがない。少なくとも、覚えている限りでは。書類の署名欄なんて、一番最初に確認する場所だったはずだ。

「基本だよ」

昔、誰かに言われた言葉が浮かぶ。

基本もできない。

封筒を持ったまま、しばらく動けなかった。

会社に余計な手間をかけさせてしまった。送り返す作業、付せんを書く手間、再送の準備。

たった一行の署名なのに。

たったそれだけのことなのに。

また一つ、「自分が嫌いな理由」が増えた気がした。

ほらね、やっぱり。

ちゃんとできない。

会社に行けないだけじゃなくて、書類もまともに出せない。

胸の奥で、責める声が重なる。

でも、紙の上の空白は、ただの空白だ。

そこに、意味は書いていない。

無能、とも。

迷惑、とも。

それは、私が勝手に書き足している言葉だ。

ペンを取り出す。

少し震える手で、署名欄に自分の名前を書く。

いつもと同じ字。

それを見つめながら、思う。

今の私は、治療中の人だ。

完璧な事務処理を求められている会社員ではなく、休んでいる人。

ミスをゼロに保つことより、今日をやり過ごすことのほうが大事な人。

それでも、申し訳なさは消えない。

「また1つ自分が嫌いな理由ができた」

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