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ライフコース  作者: 只野 唯
退職編
17/37

終電の後で(過去)

大学生になって、サークルに入った。

友達に誘われた、グルメサークル。

都内のお店を食べ歩いたり、学校の調理室を借りて簡単な料理を作ったりする、ゆるい集まりだった。レポートに追われる日々の合間に、みんなでパスタを茹でたり、ホットプレートを囲んだりする時間が、思っていたよりも楽しかった。

文化祭では焼きそばを出店した。

鉄板の前に立って、汗だくになりながら麺を炒める。ソースの匂いが服に染みつく。呼び込みの声、笑い声、売り切れた瞬間の拍手。

「楽しいね」

その一言を、何の躊躇もなく言えたのは久しぶりだった。

文化祭の打ち上げで、二次会まで参加したのは初めてだった。

これまでなら、「遅くなるから」と一次会で帰っていた。母の顔が浮かんで、電車の時間を気にして、途中で席を立っていた。

でもその日は、四年生の引退式も兼ねていて、みんなの熱量が高かった。

「最後だよ?帰るの?」

引き止められて、少し迷って、残った。

乾杯の音頭。寄せ書き。先輩の挨拶。泣きながら笑う人たち。

楽しい夜は、あっという間だった。

時計を見ると、終電の時間だった。

「やばい、走ろう」

その場にいた人はみんな終電。駅まで小走りで向かう。笑いながら、転びそうになりながら、電車に滑り込む。

心臓がどきどきしていた。

怒られるかもしれない。

でも、今日は楽しかった。

それでいいじゃないか、と、ほんの少し思えた。

家の玄関の扉を、静かに開ける。

電気は消えているはずだった。

なのに、リビングの明かりがついていた。

母が、ソファに座って待ち構えていた。

「どうしてこんなに遅いの」

低い声。

責めるというより、咎める声。

私は一瞬で、さっきまでの高揚を失った。

「文化祭の打ち上げで……二次会があって……みんな終電で」

説明しながら、自分の声が小さくなっていくのが分かる。

母はため息をついた。

「女の子なんだから、そんな遅くまでいるものじゃないでしょう」

女の子。

その言葉は、いつも私を小さくする。

さっきまで、ただの一人の大学生だったのに。

ただ、楽しい夜を過ごしていただけなのに。

私は靴をそろえながら、「ごめん」と言った。

楽しかった、とは言えなかった。

胸の奥で、さっきまで灯っていた小さな火が、ふっと弱くなる。

終電で帰ることも。

みんなと笑うことも。

二次会に残ることも。

本当は、そんなに悪いことじゃないはずなのに。

部屋に戻って、スマホを見る。

サークルのグループLINEには、「今日は最高だったね!」とメッセージが並んでいる。

私はしばらく画面を見つめてから、スタンプを一つだけ送った。

楽しい夜の余韻と、母の言葉。

その間で、また少しだけ、自分の輪郭が揺れている気がした。

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