表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライフコース  作者: 只野 唯
退職編
14/38

便り

「自立支援制度?」

病院の受付で差し出された紙を、私は両手で受け取った。

受付のお姉さんは、柔らかく頷く。

「自立支援医療は、治療にかかる医療費の自己負担を軽減するための制度です。長期的な治療は費用がかさみますから、ぜひ申請してみてください」

長期的。

その言葉が、静かに胸に沈む。

私はまだ、どこかで「すぐに治るはず」と思っていた。いや、思おうとしていたのかもしれない。

二週間ごとの通院。今日で三度目の受診。

診察室の前の椅子に座りながら、白い壁を見つめる。消毒液の匂い。静かな足音。遠くで聞こえるプリンターの音。

一ヶ月経っても、私は会社に行けなかった。

朝になると体が固まる。電車を想像すると息が浅くなる。セキュリティーゲートの前で立ち尽くす自分の姿が、何度も頭に浮かぶ。

今日は、求職延長の診断書をもらいに来た。

本当は、そんな紙をもらわずに済む自分でいたかった。

このままじゃ駄目なことは分かっている。

分かっているけど、どうしようもない。

診察室で先生に状況を話すと、先生は静かに頷き、キーボードを打った。

「焦らなくていいですよ。今は回復を優先しましょう」

優しい言葉なのに、少しだけ苦しい。

焦っているのは、たぶん私だけじゃない。

上司とは、定期的にやり取りをしている。

電話はできない。

着信音を想像しただけで、心臓が跳ねる。声を出そうとすると喉が詰まる気がする。

だから、メッセージだけ。

『傷病手当の申請書類送りました』

『後日返送します』

『診断書はいつ頃になりそうですか』

『次回受診時にいただける予定です』

最近の連絡は、どんどん事務的になってきていた。

以前は、「体調はどう?」と一言あった気がする。それがなくなったのは、私が長引かせているからだろうか。期待を裏切っているからだろうか。

スマホの画面に並ぶ、短い文章。

そこに感情はない。

いや、あるのかもしれないけれど、読み取る余裕がない。

診断書の入った封筒を受け取る。

ずしりと重い気がするのは、中身の紙のせいじゃない。

自立支援制度の案内も、バッグに入れた。

長期的な治療。

その言葉が重かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ