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ライフコース  作者: 只野 唯
退職編
12/40

一ヶ月

傷病名 うつ病。

○年○月○日より当院加療中。

上記疾病により一ヶ月の休養を要する。

診断書には、そう書かれていた。

たった二行。

あれだけ言葉にできなかった苦しさが、

たった二行で、まとめられている。

「うつ病」

その文字を何度も見た。

重たいのに、どこか他人事みたいだった。

これで休んでいい。

これで説明がつく。

これで“甘え”じゃなくなる。

そう思ったはずなのに。

一ヶ月は、あっという間だった。

最初の数日は、眠るだけで終わった。

目が覚めても、身体が動かない。

天井を見ているだけで、昼になる。

たまに、調子のいい日がある。

起き上がれる日。

洗面所まで歩ける。

お風呂に入れる。

シャンプーの匂いを感じられる。

それだけで、少し達成感がある。

買い置きのカップ麺にお湯を注ぐ。

三分待つ。

湯気が立ちのぼる。

それを食べる。

それだけで、一日が終わる。

何もしていないのに、時間だけが進む。

SNSを開けば、

誰かが働いていて、

誰かが結婚していて、

誰かが旅行している。

普通の大人たち。

ちゃんとしている人たち。

私は、カップ麺を食べている。

一ヶ月なんて、すぐだ。

休んだはずなのに、

元気になった実感はない。

むしろ、

「何もできなかった一ヶ月」という事実だけが残る。

診断書の期限が近づく。

会社に、なんて言おう。

延長?

復帰?

また先生に聞かれるだろうか。

「それで、どうしたいですか?」


病院に行く前より、

絶望している自分に気付いた。

あのときは、まだ「分からなかった」。

なんとなく苦しい。

なんとなく動けない。

なんとなく、自分がおかしい気がする。

でも今は違う。

診断名がついた。

休職した。

一ヶ月休んだ。

それでも、劇的には良くならなかった。

「うつ病」という名前が、

自分の額に貼られたみたいだ。

はっきりしたはずなのに、

逆に逃げ場がなくなった。

治ると思っていた。

休めば、少しは元気になると思っていた。

なのに。

起き上がれない日がある。

シャワーを浴びられない日がある。

スマホの通知を見るだけで、胸がざわつく日がある。

これが、うつ病。

名前がついたぶん、

「ただの疲れ」には戻れない。

病院に行けば、

何かが変わると思っていた。

診断書をもらえば、

理由ができて、

少し安心できると思っていた。

でも実際は、

「私はちゃんと病気なんだ」

と突きつけられただけだった。

元気なフリも、

ただの怠けとも、

言い訳もできない。

本当に、壊れていた。

ベッドに横になりながら、

天井を見つめる。

涙は出ない。

ただ、空っぽだ。

病院に行く前のほうが、

まだ希望があった気がする。

「もしかしたら違うかもしれない」

「気のせいかもしれない」

今はもう、違わない。

診断名が、現実になった。


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