一ヶ月
傷病名 うつ病。
○年○月○日より当院加療中。
上記疾病により一ヶ月の休養を要する。
診断書には、そう書かれていた。
たった二行。
あれだけ言葉にできなかった苦しさが、
たった二行で、まとめられている。
「うつ病」
その文字を何度も見た。
重たいのに、どこか他人事みたいだった。
これで休んでいい。
これで説明がつく。
これで“甘え”じゃなくなる。
そう思ったはずなのに。
一ヶ月は、あっという間だった。
最初の数日は、眠るだけで終わった。
目が覚めても、身体が動かない。
天井を見ているだけで、昼になる。
たまに、調子のいい日がある。
起き上がれる日。
洗面所まで歩ける。
お風呂に入れる。
シャンプーの匂いを感じられる。
それだけで、少し達成感がある。
買い置きのカップ麺にお湯を注ぐ。
三分待つ。
湯気が立ちのぼる。
それを食べる。
それだけで、一日が終わる。
何もしていないのに、時間だけが進む。
SNSを開けば、
誰かが働いていて、
誰かが結婚していて、
誰かが旅行している。
普通の大人たち。
ちゃんとしている人たち。
私は、カップ麺を食べている。
一ヶ月なんて、すぐだ。
休んだはずなのに、
元気になった実感はない。
むしろ、
「何もできなかった一ヶ月」という事実だけが残る。
診断書の期限が近づく。
会社に、なんて言おう。
延長?
復帰?
また先生に聞かれるだろうか。
「それで、どうしたいですか?」
病院に行く前より、
絶望している自分に気付いた。
あのときは、まだ「分からなかった」。
なんとなく苦しい。
なんとなく動けない。
なんとなく、自分がおかしい気がする。
でも今は違う。
診断名がついた。
休職した。
一ヶ月休んだ。
それでも、劇的には良くならなかった。
「うつ病」という名前が、
自分の額に貼られたみたいだ。
はっきりしたはずなのに、
逆に逃げ場がなくなった。
治ると思っていた。
休めば、少しは元気になると思っていた。
なのに。
起き上がれない日がある。
シャワーを浴びられない日がある。
スマホの通知を見るだけで、胸がざわつく日がある。
これが、うつ病。
名前がついたぶん、
「ただの疲れ」には戻れない。
病院に行けば、
何かが変わると思っていた。
診断書をもらえば、
理由ができて、
少し安心できると思っていた。
でも実際は、
「私はちゃんと病気なんだ」
と突きつけられただけだった。
元気なフリも、
ただの怠けとも、
言い訳もできない。
本当に、壊れていた。
ベッドに横になりながら、
天井を見つめる。
涙は出ない。
ただ、空っぽだ。
病院に行く前のほうが、
まだ希望があった気がする。
「もしかしたら違うかもしれない」
「気のせいかもしれない」
今はもう、違わない。
診断名が、現実になった。




