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ライフコース  作者: 只野 唯
退職編
11/37

見つかる(過去)

恋人がいた。

でも、職場ではいないことにしていた。

独身者ばかりの部署。

恋人がいる人も、ほとんどいない。

誰が誰を好きだとか、誰と誰が飲みに行ったとか、

そういう話がすぐ噂になる場所。

相手は社内でも目立つ人だった。

仕事ができて、声も大きくて、

飲み会では真ん中にいるような人。

私は、端のほう。

だから怖かった。

「なんで?」って思われるのが。

「釣り合わない」って笑われるのが。

聞かれたくなかった。

だから、聞かれる前に嘘をついた。

「いないですよ、恋人なんて」

軽く笑って、何度も。

それで守れているつもりだった。

――

「先輩って進藤さんと付き合ってたんですね」

後輩に言われて、呼吸が止まる。

一瞬、意味が理解できなかった。

「金曜日の夜。手、繋いでましたよね?」

視界が、すっと狭くなる。

あの日。

仕事帰り、駅までの道。

人通りが少ないと思って、

ほんの少しだけ手を繋いだ。

ほんの少しだけ、恋人らしく。

それを、見られていた。

「進藤さんのこと、いいなって言ってた私のこと、バカにしてました?」

その言葉が、胸に刺さる。

違う。

バカにしてなんていない。

むしろ逆だ。

羨ましかったのは、私のほうだ。

堂々と「好き」と言える人。

隠さずに笑える人。

自分の気持ちを、嘘で包まない人。

でも、口が動かない。

何か言えば、

嘘が剥がれる。

何か言えば、

本当の自分が出てしまう。

「……ごめん」

それしか言えなかった。

後輩の目が冷える。

「正直に言ってくれればよかったのに」

正論。

正しい。

でも、私にはそれができなかった。

好きな人がいることも、

選ばれたことも、

幸せであることも、

どこか後ろめたかった。

普通じゃない気がした。

目立つ人の隣に立つ自分が、

場違いに思えた。

だから、先に消しておいた。

「いないこと」にしておけば、

奪ったことにもならないし、

羨ましがられることもない。

でも、消したはずのものは、

ちゃんと存在していた。

隠したぶんだけ、

見つかったときの衝撃が大きい。

私はまた、

先に自分を小さくしていた。

棚に戻すみたいに。

でも今回は、

戻しきれなかった。

心臓が早い。

呼吸が浅い。

ああ、これが。

「見つかる」ということ。

嘘が、崩れる音がする。



それから、恋人とはすぐに別れた。

大きな喧嘩をしたわけじゃない。

裏切られたわけでもない。

ただ、何となく気まずくなった。

あの後輩の言葉が、

二人のあいだに薄い膜みたいに張りついた。

「なんで隠してたの?」

進藤さんはそう聞いた。

責める声ではなかったけれど、

少しだけ、寂しそうだった。

「別に……言う必要ないかなって」

本当は違う。

必要がないんじゃない。

怖かっただけだ。

「俺は別に、隠すつもりなかったけど」

そう言われたとき、

胸の奥がひやっとした。

ああ、やっぱり。

合わないな、と思った。

彼は堂々とできる人だった。

好きなら好きと言うし、

付き合っているなら隠さない。

私は、違う。

隠す。

先に引く。

なかったことにする。

並んで歩くたびに、

自分だけが少し縮んでいる気がした。

彼の隣に立つには、

五センチのヒールでも足りない。

別れ話はあっけなかった。

「そっか。わかった」

それだけ。

引き止められなかったことに、

少しだけほっとした自分がいた。

好きだったはずなのに。


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