見つかる(過去)
恋人がいた。
でも、職場ではいないことにしていた。
独身者ばかりの部署。
恋人がいる人も、ほとんどいない。
誰が誰を好きだとか、誰と誰が飲みに行ったとか、
そういう話がすぐ噂になる場所。
相手は社内でも目立つ人だった。
仕事ができて、声も大きくて、
飲み会では真ん中にいるような人。
私は、端のほう。
だから怖かった。
「なんで?」って思われるのが。
「釣り合わない」って笑われるのが。
聞かれたくなかった。
だから、聞かれる前に嘘をついた。
「いないですよ、恋人なんて」
軽く笑って、何度も。
それで守れているつもりだった。
――
「先輩って進藤さんと付き合ってたんですね」
後輩に言われて、呼吸が止まる。
一瞬、意味が理解できなかった。
「金曜日の夜。手、繋いでましたよね?」
視界が、すっと狭くなる。
あの日。
仕事帰り、駅までの道。
人通りが少ないと思って、
ほんの少しだけ手を繋いだ。
ほんの少しだけ、恋人らしく。
それを、見られていた。
「進藤さんのこと、いいなって言ってた私のこと、バカにしてました?」
その言葉が、胸に刺さる。
違う。
バカにしてなんていない。
むしろ逆だ。
羨ましかったのは、私のほうだ。
堂々と「好き」と言える人。
隠さずに笑える人。
自分の気持ちを、嘘で包まない人。
でも、口が動かない。
何か言えば、
嘘が剥がれる。
何か言えば、
本当の自分が出てしまう。
「……ごめん」
それしか言えなかった。
後輩の目が冷える。
「正直に言ってくれればよかったのに」
正論。
正しい。
でも、私にはそれができなかった。
好きな人がいることも、
選ばれたことも、
幸せであることも、
どこか後ろめたかった。
普通じゃない気がした。
目立つ人の隣に立つ自分が、
場違いに思えた。
だから、先に消しておいた。
「いないこと」にしておけば、
奪ったことにもならないし、
羨ましがられることもない。
でも、消したはずのものは、
ちゃんと存在していた。
隠したぶんだけ、
見つかったときの衝撃が大きい。
私はまた、
先に自分を小さくしていた。
棚に戻すみたいに。
でも今回は、
戻しきれなかった。
心臓が早い。
呼吸が浅い。
ああ、これが。
「見つかる」ということ。
嘘が、崩れる音がする。
それから、恋人とはすぐに別れた。
大きな喧嘩をしたわけじゃない。
裏切られたわけでもない。
ただ、何となく気まずくなった。
あの後輩の言葉が、
二人のあいだに薄い膜みたいに張りついた。
「なんで隠してたの?」
進藤さんはそう聞いた。
責める声ではなかったけれど、
少しだけ、寂しそうだった。
「別に……言う必要ないかなって」
本当は違う。
必要がないんじゃない。
怖かっただけだ。
「俺は別に、隠すつもりなかったけど」
そう言われたとき、
胸の奥がひやっとした。
ああ、やっぱり。
合わないな、と思った。
彼は堂々とできる人だった。
好きなら好きと言うし、
付き合っているなら隠さない。
私は、違う。
隠す。
先に引く。
なかったことにする。
並んで歩くたびに、
自分だけが少し縮んでいる気がした。
彼の隣に立つには、
五センチのヒールでも足りない。
別れ話はあっけなかった。
「そっか。わかった」
それだけ。
引き止められなかったことに、
少しだけほっとした自分がいた。
好きだったはずなのに。




