診断書
「それで、どうしたいですか?」
「え?」
診察室で先生と向き合っている。
目が見られなくて、ずっと俯いていた。
机の木目を数えるみたいに視線を落としていた。
でも、聞かれたことがよく分からなくて、思わず顔を上げた。
「診断書をお出しすることもできますが」
診断書。
その言葉だけが、はっきり聞こえた。
私はまだ、何の病気とも言われていない。
ただ、突然会社に行けなくなって、最近しんどくて、眠れなくて、
過去のことが急に蘇って、動けなくなることがあって。
それだけなのに、診断書が出せるのか。
上司からのメッセージを思い出す。
——とりあえず有給を消化したらどうだ。
——少し疲れたんだろう。
——病院に行ったら結果だけ教えてくれ。
——診断書は郵送で送ってくれていいから。
診断書ありきの話だった。
私がどうしたいか、じゃない。
会社がどう扱うか、の話。
そうか。
診断書、もらわないと。
頭の中で、何かが自動的に決まる。
考えるより先に、口が動く。
「診断書、お願いします」
自分の声が、思ったより小さい。
先生は静かに頷いて、何かを書き始める。
カリカリ、とペンの音。
それを聞きながら、私はまた俯く。
本当は。
本当は、聞いてほしかった。
どうして小さな嘘をついてしまうのか。
どうして「普通」になれない自分が、こんなに苦しいのか。
でも、それは言わなかった。
診断書をもらうための時間に、
余計なことを混ぜちゃいけない気がした。
スニーカーのつま先が、少しだけ視界に入る。
ぺたんとした形。
ヒールじゃない私。
診断書を手にすれば、
少しは正当な理由になるだろうか。
休んでもいい理由。
しんどいと言っていい理由。
“普通じゃない”ことの証明。
診察は、あっけなく終わった。
ドアを開けるとき、
またあの重さが胸に戻る。
でも今度は、紙が一枚増えている。
診断書。
それは免罪符みたいで、
同時に、何かを確定させる紙でもある。
私はそれを鞄に入れて、
静かに廊下を歩いた。
本当はまだ、
何ひとつ話せていない気がした。




